名人戦第6局の検討室で知ったこと

第48期名人戦は4勝2敗で芝野虎丸名人が井山裕太王座を下し、初防衛を果たしました。決定局となった第6局、現地の控室できいたトップ棋士の話を少しご紹介しましょう。芝野名人は不調ではなかった8月下旬から始まった第48期名人戦七番勝負。第1局から第3局で芝野名人が怒濤の3連勝をあげ、一気に井山王座をカド番に追い込みました。第4、5局は井山王座が完勝で連勝し、はっきり流れを変えました。第3局と第4局の間にアジア大会があり、芝野名人は単純な見損じをするなど調子を落としたように見え、第6局に向けて、芝野名人がどれだけ復調するかがポイントかと思っていたのですが、トップ棋士の見方はだいぶ違いました。第6局の新聞解説は河野臨九段でした。1日目の午前中、対局者の長考中にじっくり話すチャンスがありました。河野「布石のAI研究は進んでいます。なりそうなパターンの布石を追求しておくのですが、なかなか研究どおりにはなりません。井山さんは人があまり打たない布石を研究し、それに誘導していくのがうまい感じがします。第4局も第5局も、井山さんが研究していた布石に芝野さんがはまってしまった形です」芝野名人が不調というわけではなかったというのです。第6局は芝野名人、井山王座の研究にはまらず布石を切り抜けました。しかしその後、中盤の封じ手あたりで絶望的な形勢に陥るのですが、じりじり追い込み、最後は井山王座が放心の一手でヨセを誤り、大逆転で防衛を果たしました。第6局の立会人は張栩九段でした。挑戦手合では、分厚い対局資料が配られます。対局者の成績だけでなく、これまでの名人戦の記録などが掲載されています。第4局は92手完だったのですが、それは名人戦史上歴代2位(1位は第21期第1局武宮正樹名人-趙治勲棋聖戦の61手)の短手数となりました、というような記録です。もちろん逆の長手数記録もあります。第31期第4局張栩名人-高尾紳路本因坊戦の364手です。この碁は、珍しく「アゲハマ交換」が行われたこと、さらに高尾本因坊が半目勝ったのですが、両対局者とも張名人の半目勝ちと判断していて、張名人が座布団をひっくり返してアゲハマが落ちていないかを確かめたことなど、珍プレーが多く、印象に残る一局となっています。この件で張栩九段本人の話を初めてじっくり聞くことができました。当日検討室では、340手くらいのタイミングで石が足りなくなることに気がつき、武宮正樹立会人が対局室に入り、アゲハマ交換を行ったのですが、「半目勝負の際どいコウ争いの最中で、武宮先生が入ってきて、一瞬、集中力が削がれて。その直後に敗着を打った。対局室に入るタイミングは難しいのですが、考えて欲しかった」と張九段。その碁は私が観戦記担当で、武宮九段と一緒のタイミングで対局室に入ったのですが、そのときの張九段のちょっと泣きそうというかなんともいえない表情は今でも思い浮かぶほど印象に残っています。あれは集中が削がれた表情だったのですね。そのとき武宮九段は対局の内容の状況よりも「打つ石がなくなる前に行かなくちゃ」としか考えてなかったと思います。張九段は、対局者の気持ちに沿っていろいろ意見をおっしゃいます。目立たないことをよしとする立会人もいますが、こんな体験からも張九段は対局者にきを配っておられるのでしょう。名人戦第6局の検討室で知ったこと
第48期名人戦は4勝2敗で芝野虎丸名人が井山裕太王座を下し、初防衛を果たしました。
決定局となった第6局、現地の控室できいたトップ棋士の話を少しご紹介しましょう。
芝野名人は不調ではなかった
8月下旬から始まった第48期名人戦七番勝負。
第1局から第3局で芝野名人が怒濤の3連勝をあげ、一気に井山王座をカド番に追い込みました。
第4、5局は井山王座が完勝で連勝し、はっきり流れを変えました。
第3局と第4局の間にアジア大会があり、そのときから芝野名人は単純な見損じをするなど調子を落としたように見えていました。第6局に向けて、芝野名人がどれだけ復調するかがポイントかと思っていたのですが、トップ棋士の見方はだいぶ違いました。
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