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『らんまん』や『ブギウギ』とはひと味違う、『虎に翼』から「目が離せない」理由とは?

碓井広義メディア文化評論家
『虎に翼』猪爪寅子を演じる伊藤沙莉さん(番組サイトより)

NHK連続テレビ小説(朝ドラ)の主人公には二つのタイプがあります。

一つは架空の人物。もう一つが実在の人物をモデルにしたものです。

最近は後者が続いていますね。『らんまん』は植物学者の牧野富太郎。『ブギウギ』は歌手の笠置シヅ子でした。

放送中の『虎に翼』は、三淵嘉子(みぶち よしこ)がモデルです。

大正3年生まれの嘉子は、昭和13年に現在の「司法試験」に合格。

日本初の女性弁護士・判事であり、司法界の「ガラスの天井」を次々と打ち破ってきた女性です。その軌跡は戦前・戦後を貫く、試練の「女性史」でもあります。

実は放送開始前、朝ドラのヒロインとしては「堅苦しくないか」と懸念していたのですが、それは杞憂でした。

第一の功績は、主人公・猪爪寅子(いのつめ ともこ)を演じる伊藤沙莉さんです。

世間の常識が、まだ「女性の幸せは結婚にあり」だった時代。自己主張する女性が疎(うと)まれていた時代。寅子は自然体で自分の道を切り拓いていきます。

納得がいかない事態や言動に接したときに、寅子が発する「はて?」という疑問の声は、彼女の生き方の象徴でしょう。

芯は強いのですが、どこか大らかな寅子のキャラクターを、伊藤さんが全身で表現しています。

「社会性」と「共感性」の朝ドラ

次に、この作品がヒロインだけを追う朝ドラではなく、同時代を生きる人たちも丁寧に描く「群像劇」になっていることです。

これまで、寅子と共に学ぶ女性たちの人物像をきちんと造形してきました。

華族の令嬢である桜川涼子(桜井ユキ)。弁護士の夫がいる大庭梅子(平岩紙)。

朝鮮半島からの留学生、崔香淑(ハ・ヨンス)。そして、いつも何かに怒っている勤労学生の山田よね(土居志央梨)。

単なる「周囲の人」ではない彼女たちの存在が、物語に広がりと奥行きを与えています。

しかし、最終的に弁護士の資格を得たのは寅子だけでした。

大学が主催した祝賀会。新聞記者たちの前で、寅子は抑えてきた思いを口にします。

「高等試験に合格しただけで、女性の中で一番だなんて口が裂けても言えません」

続けて・・・

「志(こころざし)半ばで諦めた友。そもそも学ぶことができなかった、その選択肢があることすら知らなかった、ご婦人方がいることを私は知っているからです」

さらに・・・

「生い立ちや信念や格好で切り捨てられたりしない、男か女かでふるいにかけられない社会になることを、私は心から願います……いや、みんなでしませんか? しましょうよ!」

寅子は、そう呼びかけました。

ユニークな主人公“個人”が際立っていた『らんまん』や『ブギウギ』とはひと味違う、見る側を引き込むような「社会性」と「共感性」がこのドラマにはあるのです。

物語は中盤に差し掛かってきました。「女性の弁護士」というものが奇異な目で見られていた時代に、一人の「弁護士」として歩み始めた寅子から、やはり目が離せません。

メディア文化評論家

1955年長野県生まれ。慶應義塾大学法学部政治学科卒業。千葉商科大学大学院政策研究科博士課程修了。博士(政策研究)。1981年テレビマンユニオンに参加。以後20年間、ドキュメンタリーやドラマの制作を行う。代表作に「人間ドキュメント 夏目雅子物語」など。慶大助教授などを経て、2020年まで上智大学文学部新聞学科教授(メディア文化論)。著書『脚本力』(幻冬舎)、『少しぐらいの嘘は大目に―向田邦子の言葉』(新潮社)ほか。毎日新聞、日刊ゲンダイ等で放送時評やコラム、週刊新潮で書評の連載中。文化庁「芸術祭賞」審査委員(22年度)、「芸術選奨」選考審査員(18年度~20年度)。

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