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メッキが剥がれた元ヒーロー・NY知事がセクハラ辞任。CNNまで非難され騒動が収まらないワケ

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
(写真:ロイター/アフロ)

元部下など複数の女性からセクハラを告発されていたニューヨーク州のアンドリュー・クオモ知事が10日、ついに辞意を表明した。

知事は当初、セクハラ疑惑を否定し、辞任しない意向を示していたが、ジェームズ州司法長官が3日、クオモ氏が行ってきた行為をセクハラと正式に認定し、辞任圧力が高まっていた。クオモ氏は14日以内に退任し、キャシー・ホーコル副知事が、同州で初の女性知事として就任する。

クオモ知事はニューヨーク州で昨春、新型コロナが感染拡大して以来、毎朝絶やさず記者会見を開き、データに基づいた説得力のある説明で、力強いリーダーシップを遺憾無く発揮してきた。「独身でセクシーな知事」「最強のリーダー」「次期大統領候補」と一部の人々やメディアに異常なほど持て囃された時期もあった。

「噂を信じて心配するのではなく、データと『事実』を信じよう」と強いリーダーシップを発揮した。出典:クオモ知事の記者会見から。
「噂を信じて心配するのではなく、データと『事実』を信じよう」と強いリーダーシップを発揮した。出典:クオモ知事の記者会見から。

「この街をダメにしたクオモ」と、一部の飲食店オーナーや労働者はクオモ知事に批判的な態度だった。(c) Kasumi Abe
「この街をダメにしたクオモ」と、一部の飲食店オーナーや労働者はクオモ知事に批判的な態度だった。(c) Kasumi Abe

しかし今年に入り、クオモ知事のメッキが剝がれ始めた。

高齢者施設内での新型コロナの死者数を修正していたこと、議員を脅迫していたこと、そして元部下など11人の女性にセクハラ行為をしていたことなどが明るみに出たのだ。

ほかにも、新型コロナ対応で発揮した自身のリーダーシップについての著書『アメリカン・クライシス』をスタッフに無理やり作らせて昨年10月に出版し、500万ドル(5億円相当)以上の支払いを受け取る見通しだ。また州内にあるタッパン・ジー橋を、地元民の反対を阻止して父の名のマリオM.クオモ橋に改名したりもした。

いかに権力を使ってこれらのことを好き勝手にしてきたかがわかる。

マリオM.クオモ橋に改名したセレモニーでスピーチするクオモ知事。
マリオM.クオモ橋に改名したセレモニーでスピーチするクオモ知事。写真:ロイター/アフロ

「ドラマの冷酷な男のリアル版」と友人談

クオモ知事の数々のスキャンダルが出始めた3月ごろ、筆者の友人の1人がこんな話をした。

「以前クオモのオフィスで働いていた友人J曰く、クオモってTVドラマ『ハウス・オブ・カード(野望の階段)』のフランク・アンダーウッド(Frank Underwood)をまさに地で行くキャラクターなんだってよ」

そのキャラクターはドラマの中で、若い女性好きの冷酷な男として描かれている。実際にクオモ氏を知るその人物は、ドラマを観るたびにクオモ氏のキャラクターを思い出すというのだ。

このエピソードや数々の報道からもわかる通り、クオモ氏という人物は長年にわたって知事特権を行使し、パワハラやセクハラ文化を常習化してきた。周囲をイエスマンで固め、御山の大将としてここまで来た。見えない圧力で周囲を封じ込め、冗談でもそれはダメと注意できる人がいなかったからこそ、いかに自分が世間一般の常識から乖離しているかがわからなくなってしまったのだろう。10日の辞任発表の会見で、筆者は最後の最後まで言い訳をしている知事の話を聞きながら、哀れみさえ感じた。

さらに、メッキが剥がれ始めたのはクオモ知事だけではないようだ。

クオモ知事には13歳年下の弟がいる。CNNの看板キャスター、クリス・クオモ氏だ。兄弟仲が良いことで知られ、昨年クリス氏が新型コロナに感染して自宅療養をしていた時期も、クオモ知事は自身の定例記者会見で弟のクリス氏をリモート出演させ、激励していた。

右から2番目が弟のクリス氏。
右から2番目が弟のクリス氏。写真:Shutterstock/アフロ

そもそもクオモ一家は公私混同で有名だ。

知事は弟のクリス氏のみならず、娘さえも新型コロナ関連の記者会見やマスク着用キャンペーンに参加させるなど、身内を巻き込む(アピールする)ことが多かった。記者会見の場で父や祖母、時に娘のボーイフレンドの話まですることもあった。筆者はその都度、少しひっかかっていたものの、こういうキャラクターなのだと思うことにしていた。

一方で弟、クリス氏は昨年クオモ知事が新型コロナ対応で英雄扱いされていた時、自身の番組に出演させ「私は弟としてあなたが大好きだ。あなたはこの国の最高の政治家だ」などと、公共の電波で兄を大袈裟に称えた。

兄弟愛は、越えてはいけない一線を越えた。そもそもCNNという主要メディアの著名ジャーナリストという立場のクリス氏による政治介入があってはならないのだが、クリス氏はあろうことか州政府に影響を与える「非公式な外部アドバイザー」を務めていた1人だったようだ。今般の知事の辞任に至るプロセスにおいても、クオモ知事や側近に対して「反抗的な態度をとって辞任しないように」などと助言をしてきたとされる。3日にジェームズ州司法長官が発表した報告書の中でも、クリス氏について4ヵ所の言及があった。

不信感や批判の矛先は、弟やCNNにも向き始めた。ワシントンポスト紙は「CNN must investigate Chris Cuomo(CNNはクリス・クオモを調査する必要あり)」とする記事を発表した。

クリス氏もCNNも、クリス氏の政治介入は問題だと理解しており、クオモ知事らへの助言はしないと発表していた。しかしメディアとしては、公平にスキャンダルを報道するべきだが、クリス氏の番組もCNNのほかの番組も、クオモ知事のこの大きなスキャンダルについての本来されるべき報道がされていない。これは身内に対する報道規制以外の何ものでもない。ワシントンポストが「クリス氏も調査せよ」と指摘するのはごもっともだ。「公平なジャーナリズムではない」「クリス氏も辞任に追い込まれるべき」とする専門家の意見もある。

クオモ知事の騒動は、辞任により収束する単純な話ではなさそうだ。

(Text and some photos by Kasumi Abe) 無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

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