安倍晋三とトランプから権力を奪ったコロナウイルスが習近平も襲うのか?
フーテン老人世直し録(679)
霜月某日
習近平政権の「ゼロコロナ」政策に対する国民の不満がついに爆発した。先週末から中国各地に「ゼロコロナ」に対する抗議の声が上がり、国民の声は「習近平退陣」や「共産党退陣」を叫ぶまでになった。
事の起こりは24日に新疆ウイグル自治区ウルムチ市で起きた住宅火災で10人が死亡したことにある。「ゼロコロナ」政策の封鎖措置のため消火活動が遅れたとみられ、抗議活動が起こると、それは上海、武漢、成都、西安に飛び火し、首都北京でも28日未明にかけて抗議活動が展開された。
10月の共産党大会で異例の3期目入りを果たし、独裁体制を強化したばかりの習近平国家主席にとって「ゼロコロナ」は看板政策である。習政権は厳格な行動制限でコロナの封じ込めを図ろうとするが、それが逆に病人の搬送に時間がかかり手遅れになる事態も招いてきた。
そうしたことに対する不満と怒りは、言論統制によって抑えられてきたが、それが積もり積もっていたため、火が付くと瞬くうちに中国全土に広がった。共産党の独裁体制に抗議して自由と民主主義を求める動きは、1989年の天安門事件を思い起こさせる。
あの時は中国を率いていた鄧小平が、軍隊を出動させて民主化要求の学生たちを徹底弾圧した。鄧小平は政治の民主化を排撃する一方で経済成長に力を入れ、市場経済を貪欲に取り込もうとした。その鄧小平路線を転換しようとするのが3期目の習近平である。
10月の共産党大会で政権の中枢を側近で固めたが、そこに市場経済を重視する人間は一人もいない。つまり鄧小平路線を否定するところに習近平政権の今後がある。天安門事件を思い起こさせる事態に習近平はどう対応するか。
徹底した抗議の封じ込めに動くのか、それとも封鎖措置の緩和に動くのか、おそらく両方使い分けながら収束を図ろうとするのだろうが、それがうまくいくかどうか、そこがこれから注目される。
そして「民主主義対専制主義」を掲げ、中国とロシアを敵視する欧米が、この民主化要求の声をどう利用するかも注目だ。国際政治学者のイアン・ブレマー氏は今年の世界のリスクの第1位に中国の「ゼロコロナ」政策を挙げていたが、欧米社会からは「ゼロコロナ」批判の声が一層高まることになる。
ところで2020年初頭から世界的大流行したコロナウイルスは、世界の権力者を次々に権力の座から引きずりおろしてきた。その最初となったのが日本の安倍晋三元総理である。コロナがなければ安倍氏は3度目の総理の座を確実にしていた。
安倍氏は2020年の東京五輪を成功させ、五輪招致を勝ち取った総理が五輪大会を実行する総理の役割も果たし、世界中から賞賛されたところで、突然に引退を表明し、岸田文雄氏に総理の座を「禅譲」して、隠然たる権力を持ち続けることを構想していた。
それは祖父の岸信介元総理が果しえなかった夢を実現するリベンジである。岸氏は1959年のIOC(国際オリンピック委員会)総会で、デトロイト(米国)、ウイーン(オーストリア)、ブリュッセル(ベルギー)を押さえ、1964年五輪の東京招致を勝ち取った。
岸氏の夢は1964年東京五輪を総理として迎える事だった。しかし日米安保条約の改定を巡って国民の反対に遭い、60年安保闘争が盛り上がりを見せて退陣を余儀なくされ、その夢を断たれた。
安倍氏は祖父の夢を果たすべく、2012年に総理に返り咲くと、翌13年にアルゼンチンのブエノスアイレスで開かれたIOC総会に自らが出席し、「福島第一原発事故の放射能汚染はアンダーコントロール」と事実を隠蔽して招致を強く働きかけた。
その裏で菅義偉官房長官や電通出身の高橋治之氏らが暗躍し、リオ五輪招致成功工作と同じ金額を同じ相手に送金するなどして、2020年東京五輪招致を勝ち取る。安倍氏は五輪大会まで総理であり続けることが目標となった。
そのため勝てる時に選挙をやる。そして投票率を上げさせないことで勝利を得た。安倍氏は第二次政権を前に旧統一教会との関係を強め、同時に神社本庁や「日本会議」などの固い組織票を味方にしていた。無党派や浮動票を選挙に参加させなければ選挙を有利にできる。
そのやり方で2013年参議院選挙、14年衆議院選挙、16年参議院選挙、17年衆議院選挙、19年参議院選挙と次々に勝ち、2020年の東京五輪を現職総理として迎えることが夢ではない状況を作り出した。
そしてかつて中曽根元総理が実行した「禅譲」を真似しようとする。権力者が次の権力者を指名する「禅譲」は民主主義政治ではありえない。権力は選挙で勝利した者に与えられるのが民主主義だ。ところが中曽根氏は次の権力者を指名することで、その権力者を裏から操ろうとした。中曽根氏から指名された竹下元総理は実は中曽根氏の傀儡だった。
安倍氏は岸田氏に「禅譲」し、憲法改正を岸田政権にやらせる。岸田氏は護憲的考えを持つ「宏池会」だから、岸田政権に憲法改正をやらせれば国民の抵抗は少ない。つまり憲法改正の露払いを岸田氏にやらせ、その後に自分が総理に返り咲き、祖父が夢見た憲法改正を自分の手で実現する考えだった。
2020東京五輪で世界の目が日本に注がれている時が「禅譲」の舞台にふさわしい。五輪招致に成功した総理が本番の五輪大会でも主役を務め、惜しまれながら権力の座から降りる。いや降りたように見せて事実上の権力は自分が握る。
2020年の年が明けるまで安倍氏はそれを夢見ることができた。ところが2019年12月31日、中国政府が世界保健機構(WHO)に原因不明の肺炎を報告した。それより前、現地の医者はウイルスの危機をSNSで発信したが、習政権はそれをデマとして取り締まる。習政権はコロナ対応で明らかな初動ミスを犯していた。
そのためか武漢市で感染爆発が起こると慌てて武漢市をロックダウンする。しかしそれは中国の正月に当たる春節の前日で、大量の中国人観光客がすでに海外に流出していた。そして安倍政権は「観光立国」を目指していたため、中国から前年を上回る観光客を日本に受け入れていた。
不思議なことに2020年東京五輪が1年延期と決まる3月24日まで、東京も大阪も感染者数は低く推移していた。延期が決まった途端、感染者数が爆発的に増える。それをメディアはおどろおどろしく報道した。検査を増やせば感染者は増える。減らせば減るだけの話なのに、メディアはコロナの恐怖をこれでもかと国民の意識に刷り込んだ。
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