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2024年の米大統領選挙は「平和」の大統領と「戦争」の大統領の戦いになるか

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(677)

霜月某日

 日本時間の17日になってようやく米連邦議会下院で共和党が過半数を奪還したとの報道があった。中間選挙の投開票日から8日も経ってから、そしてトランプ前大統領が2024年の大統領選挙に出馬することを表明した翌日である。

 郵便投票の開票作業には時間がかかると言うが、それにしてもバイデン政権にとって打撃となる「共和党の下院過半数奪還」を、トランプ出馬表明前には国民に知らせないようにしていたのではないかと疑いたくなるタイミングだ。

 しかしこれで連邦議会は「ねじれ」が現実になった。バイデン政権の政権運営は確実に厳しいものとなる。ところがこの1週間、メディアは「民主党善戦」の印象を深々と国民の意識に刷り込んだ。民主党が善戦したのはその通りだが、しかし国民に政治の現実を見えないようにしたとも思える。

 民主主義政治の基本は数である。そして過半数を握らなければ権力を行使できないのが決まりである。1議席の差でも、あるいは1票の差でも、過半数を握るか握れないかは天国と地獄の差になる。その現実を国民の意識から消したのがこの1週間だった。

 米議会は来年1月3日から始まるが、下院議長は民主党のナンシー・ペロシから共和党のケビン・マッカーシーに交代する。下院民主党は去年1月6日の連邦議会占拠事件を巡って特別調査委員会の設置を主導し、トランプ前大統領の責任追及を行う予定だったが、共和党が過半数を制したことで委員会は解散の見通しになった。

 代わりに共和党は、バイデン大統領の次男ハンター・バイデンがウクライナや中国で行っているビジネスについて議会で追及する構えを見せる。ハンター・バイデンは副大統領時代の父親に同行して頻繁にウクライナを訪れ、ウクライナ最大の天然ガス会社の重役に就任した。ウクライナ戦争の背景にはバイデン親子の利権が絡んでいるとみられている。

 またハンター・バイデンは同じく副大統領時代の父親に同行して中国を訪れた際、中国企業からダイヤモンドを受け取ったが、適正に税務処理したかどうかを捜査当局が調べているという報道や、中国の投資ファンドの役員に就任した話がある。共和党はそれを追及してバイデン大統領の利権になっていないかどうかを探ろうとしている。

 また下院には予算審議の優先権があるから、インフレ対策としてバイデン政権がバラマキ型の経済対策を行うことに共和党が反対する可能性があり、さらにバイデン大統領が最優先課題とする気候変動対策や銃規制問題でも法案審議は停滞する可能性がある。そうしたことが年明けから国民の目に明らかになる。

 ところでトランプ前大統領の出馬表明演説に対するメディアの反応は散々だ。メディアに共通する見方は、中間選挙直後に異例の速さで大統領選挙出馬を表明したのは、トランプが追い詰められている証拠というものだ。

 トランプは中間選挙で自らが推薦する候補を応援したが、結果は民主党の善戦を許し、求心力に陰りを見せた。そのため他の共和党大統領候補が出馬表明するより先に表明し、他の候補の出馬をけん制せざるを得なくなったというのだ。

 また数々の疑惑を抱えるトランプは、司法省の訴追のハードルを上げるため、早く「大統領候補」になって司法省をけん制する狙いがあった。いずれにしても追い詰められていることに変わりはない。それが異例の速さで出馬表明を行った理由だとされた。

 今回の中間選挙では、民主党の選挙戦術として、共和党の予備選挙でトランプ派の候補者が勝つように、民主党員が一時的に共和党員になって投票し、本選挙ではトランプを嫌う無党派層に投票を呼びかけ、結果として民主党候補が勝利する作戦をとった。それが民主党善戦に貢献した。

 そうだとすると民主党にとって、共和党の大統領候補にふさわしいのはトランプということになる。トランプとの比較で期待される若手のフロリダ州知事デサンティスなどが候補者になれば、民主党にはめぼしい対抗馬がいない。

 民主党員はトランプの岩盤支持層と一緒になってトランプを予備選で勝たせ、本選挙ではトランプ嫌いの無党派層に呼びかけて投票率を上げ、トランプを打倒する作戦を考えてもおかしくない。

 共和党がこの作戦に対抗するには、予備選でトランプを勝たせないことだが、それができるかどうか、それがこれからの見どころだ。今回の中間選挙でトランプの力が衰えたというが、推薦した候補者の9割を当選させたという報道もあり、共和党内でのトランプの力はメディアが言うほど弱くないかもしれない。

 しかもトランプの性格から、自分が州知事に押し上げたデサンティスが出馬することを許すとは思えない。何が何でも潰しに回るはずだ。2年先の情勢を予想するのは難しいが、トランプの力はまだまだ衰えてはいない気がする。

 そしてフーテンが注目したのは、出馬表明でトランプがこれまでの姿勢に若干の修正を加えたことだ。これまでは「選挙は盗まれた」と言って、2020年の過去の大統領選挙の不正を大きく取り上げていたが、それが変わった。

 過去の選挙の不正を声高に非難することには、共和党支持者の中からも批判があった。過去のことより未来を向いて希望を語るべきだというのである。それを意識してか、トランプは選挙の不正をあまり言わなくなった。

 今回の中間選挙でトランプが推薦し落選した候補者も、選挙の不正を言わず素直に敗北を認めている。郵便投票が多いという理由で、開票作業が進まないことにフーテンは疑問を抱いたが、そのことを激しく糾弾すると思ったトランプがおとなしい。無党派に反発されないための変化ではないかとフーテンは思った。

 そしてもう一つ、トランプは自分が大統領の時代に米国経済は最高だったと言い、インフレを抑えられないバイデンを批判しながら、自分が大統領であればウクライナ戦争は起きなかった、また北朝鮮がミサイル発射実験を繰り返すこともなかったと言った。つまり「平和」の大統領という側面を強調したのである。

 トランプの政治は「アメリカ・ファースト」という言葉に象徴される。一般的には米国のことしか考えない自己中心的な主張と考えられがちだが、そもそもは第二次世界大戦に米国が参戦することに反対した平和主義者たちの主張が「アメリカ・ファースト」なのだ。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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