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「セットメニューが一番お得ではない」に賛成できない理由

東龍グルメジャーナリスト
(ペイレスイメージズ/アフロ)

心理につけ込む店側の戦略

消費経済ジャーナリストの松崎のり子氏が書いた「セットメニューが一番お得」は実は思い込みに等しいという記事を読みました。

プレミアムフライデーが失敗しているという話題から始まり、「どんな時に人はお金をつい使ってしまうのか、その心理につけ込む店側の戦略について考えてみた」と本題を提示し、以下の5つの例を挙げて説明しています。

  • スタンプカード「保有効果」
  • 無料券「撒き餌」
  • 生ハム食べ放題「アルコールや飲み物のオーダー数もどんどん増える」
  • セットメニュー「一番お得、というのは思い込みに等しい」
  • うどん屋「別にお金を使わせる」

どれもが飲食店の工夫を取り上げた興味深い考察です。

飲食店の戦略については納得しますが、題名にもなっているセットメニューに関する記述について、述べておきたいことがあります。

お得について

該当記事ではセットメニューが「一番お得」ではないと解説していますが、「お得」とは何であるかを考える必要があります。

以下の視点から考えてみましょう。

  • セットメニューの選択
  • 合計金額
  • 原価

セットメニューの選択

「セットメニューが一番お得ではない」という主旨は、「非セットメニューが一番お得である」ということと、ほぼ同じ意味を持ちます。

ファミレスランチならミニサラダやスープ、ファストフードならドリンクとポテトあたりが組み合わせてあるが、いらないもののお金も払っていることになる。

出典:「セットメニューが一番お得」は実は思い込みに等しい

以上の記述によると「いらないもののお金も払っている」からお得ではないと述べられています。

考えてみると、「いらないもの」が加わっているのであれば、客はそもそもセットメニューを注文するでしょうか。

セットメニューしかないのであれば、嫌でもセットメニューを注文せざるをえません。しかし、そうであれば、もともとセットメニューと単品を比べることはできないので、どちらの方がお得であるかを考えるのは不毛です。

「いるもの」が加わっているからこそ、セットメニューを注文するのであって、「いらないもの」だけが加わっていたり、「いるもの」が加わっていなかったりするのに、セットメニューを注文することはあまり考えられないのではないでしょうか。

客が自らセットメニューを選んだのであれば、それを「いらないもの」と断定するのは、いささか決めつけであるように思います。

合計金額

合計金額に関しては、単品を合計した金額がセットメニューの金額よりも高いことありえないでしょう。少なくとも私はそのような経験はありません。あるとすれば、どこの飲食店であるかを教えてもらいたいです。

どんなに最低でも、セットメニューの金額は、単品を合計した金額と同じあり、通常はまず安くなっているはずです。今の時代では、システムで管理されているので、サービススタッフが明示的にセットメニューと打ち込まず、単品を加えていったとしても、セットメニューとして割引される仕組みとなっています。

基本的に合計金額で得をしているのに、「お得ではない」と言い切ってしまうのはどうでしょうか。

原価

以下の記述も気になります。

 居酒屋の「晩酌セット」などの名称でビールとおつまみ2品がつくパターンも、お酒を単品で頼んでもらうよりはセットにする分、価格を高くできる。さらに、セットのおつまみが店側のお任せだとすれば、原価が安い品や、オーダーが少ない品をそれにあてることもできるので、二重に助かるだろう。

出典:「セットメニューが一番お得」は実は思い込みに等しい

飲食店が常に客単価を上げることに腐心しているのは承知しています。しかし、セットメニューに原価が安いものが加わっているからお得ではないという論調は残念です。

この主旨をもとにすれば、原価が高いものばかりを食べればお得なのでしょうか。

本当はさっぱりとした鶏胸肉のレモンソースが食べたかったのに、原価がより高そうで粗利も低そうだからということで、牛ロース肉の赤ワインソースを注文すればよいとは思えません。食の体験はそんなに単純ではないからです。

先に述べましたが、セットメニューに食べたいものが加わっているから注文するのであり、合計金額も安くなっているのです。それでもお得ではないというのであれば、一体どれくらいの原価率であればお得なのでしょうか。

飲食店で何も注文しなくてもよいのか? 考察するべき3つの点などでも述べたように、飲食店は慈善団体ではなく営利団体なので、儲けてしかるべきです。

東京ゲームショウ2017「ステーキ事件」は何が問題なのか?で取り上げたように、飲食店は「客をなめてはいけない」と思いますが、客は「飲食店を儲けさせてよい」のではないでしょうか。

そもそも、料理の原価は、食材の質や入荷状況に加えて調理の手間に依存するので、客が適切に知ることなどできません。それなのに原価がいくらであるかという視点だけで考えてしまうと、本当に食べたいものを見失ってしまうのではないでしょうか。

飲食店の儲けが多くなるからといって、ワインをオーダーしなければ料理とのマリアージュは生まれませんし、原価が高いからといってブッフェでローストビーフばかりを食べていては、他の料理が食べられずに未知の料理と出会う機会をなくしてしまいます。

極度に飲食店の儲けに敏感になるのは、食の体験を損ねる悪しき気付きだと思うのです。

食の体験を昇華する

記事の冒頭で、以下のように述べられています。

月末でも月初でもいいが、政府や経団連の偉い人たちは、「どうすれば人にお金を使わせられるか」についてじっくり研究したほうがいいだろう。

出典:「セットメニューが一番お得」は実は思い込みに等しい

「どうすれば人にお金を使わせられるか」という問いは大切だと思います。

同意する理由は、経済が回るからというだけではなく、多くの人に色々な食の体験をしてもらうことによって、飲食店も消費者もよい体験を共有し、好循環に回り始めるのではないか、と思うからです。

飲食店に訪れ、料理を食べ、ワインを飲み、お金を払ってしまえば、そのお金は基本的に戻ってきません。そうであれば、明らかな詐欺行為に遭ったのでもない限り、食の体験をよりよいものに昇華した方がよいと考えています。

原価が安いから損をしている、騙されて選ばされているといった疑念を植え付けてしまうと、人々は食にお金を使わなくなってしまうのではないでしょうか。

グルメジャーナリスト

1976年台湾生まれ。テレビ東京「TVチャンピオン」で2002年と2007年に優勝。ファインダイニングやホテルグルメを中心に、料理とスイーツ、お酒をこよなく愛する。炎上事件から美食やトレンド、食のあり方から飲食店の課題まで、独自の切り口で分かりやすい記事を執筆。審査員や講演、プロデュースやコンサルタントも多数。

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