Yahoo!ニュース

Ado「真実の口」握手会で考える、デジタル時代だからこそのリアルの価値

徳力基彦noteプロデューサー/ブロガー
(出典:Ado公式YouTube)

歌手のAdoさんが、箱の中から「真実の口」方式で姿を見せずに握手会を実施するというニュースが大きな話題になっています。

この握手会は7月10日に発売される2ndアルバム「残夢」の抽選企画として発表されたもので、通常の握手会が、相手をお互い見える状態で開催されるのが普通であることを考えると、Adoさんの姿が見えない状態での握手会というのは画期的と言えます。

参考:【方法は?】姿を見せていないAdo “握手会”を開催へ「真実の口方式での握手会の実現です」

その結果、動物園のカワウソの握手と似てるなど、ツッコミの大喜利大会のような状態になっているようです。

ただ、この握手会には、現在のデジタル時代だからこそのファンとの関係作りが表れているように思いますので、ご紹介したいと思います。

「私がずっとやりたかった」

今回の「真実の口」方式での握手会に対するネットの反応を見ていると、本人かどうか分からないとか、そこまでやるなら顔出ししてやれば良いのに、という批判的な意見も少なくないようです。

ただ、今回の握手会にはやはり大きな意味があると感じます。

特に重要なのは今回の握手会を、Adoさんが「私がずっとやりたかった」と明言されている点です。

Adoさんは、もともとニコニコ動画の歌い手の方々を見て、「私も歌い手っていうこの今のスタイルのように活動したい」と、顔出しなしでも歌手活動ができると感じた経緯があるとインタビューで語っています。

参考:Ado 「こんな理想的な場所があるんだ」姿を明かさず歌手を志した経緯明かす

そのため、有名になってからも現在の顔出しをしないスタイルを貫いており、有観客のライブでも「シルエット歌唱」でのパフォーマンスを続けています。

テレビ出演においても、2022年の紅白歌合戦には「ウタ」のCG歌唱で出演したり、2023年の初のテレビスタジオ歌唱時にも「シルエット歌唱」で話題になるなど、折に触れて業界の常識を塗りかえてきました。

参考:Adoの「シルエット歌唱」は、顔出し重視のテレビの歌番組の歴史を変えるか

ただ、Adoさんは決して、できるだけファンとの直接のコミュニケーションを取らずに、一人で歌だけ歌っていたいというタイプではありません。

むしろファンとは積極的にコミュニケーションを取られるタイプのアーティストです。

オンラインでもファンと積極的に対話

象徴的なのは「Adoのドキドキ秘密基地」というファンクラブの中で開催されている「Adoの楽屋前」というラジオ企画でしょう。

(出典:Adoのドキドキ秘密基地)
(出典:Adoのドキドキ秘密基地)

これはファン向けのラジオ企画で、ファンからの質問やお悩み相談に、毎週Adoさんが対応。

すでに70本以上が公開されています。

また、YouTubeライブも何度も実施しており、過去の生放送では他の人の歌ってみた動画をファンと一緒に視聴したり、登録者数500万突破をファンとお祝いしたりと、ファンとコミュニケーションを取ることを楽しむ様子がわかるアーカイブがいくつも残っています。

有観客のライブにおいて、VTuberのようなバーチャルキャラクターでライブをするのではなく、「シルエット歌唱」を選択しているのも、顔出しをしないままで、Adoさんがファンと一緒にライブを楽しむための選択と言えるでしょう。

実際にXには、Adoさんがライブの時の目線での映像がアップされていますが、Adoさんはステージの上からファンと一緒に歌えるこの景色が見たいからこそ、自らステージの上でシルエットで歌唱することを選択していると言えるかもしれません。

今回の握手企画も、Adoさんが顔出しをしないというニコニコ動画の歌い手の文化を守ったままで、ファンと直接コミュニケーションを取りたいという強い希望が具現化されたものと考えるべきだと思います。

ファンにとっても重要なリアルの機会

また、ファンにとっても今回の握手会が、非常に特別な機会になるのは間違いありません。

普段は、声だけを聞く存在で、有観客のライブであっても遠目にシルエットしか見えない尊敬するアーティストと、実際に握手をすることができるわけです。

(出典:Adoのドキドキ秘密基地)
(出典:Adoのドキドキ秘密基地)

これまでであれば、顔出しをしていないAdoさんだけに、握手会は絶対に実現されないであろうと思っていたファンからすれば、夢のような時間と言えます。

実は、最近ではバーチャルの存在であるVTuberの間でも、被り物をして握手会をしたり、イベントでふれあったりという企画は増えてきています。

参考:VTuberが生身で握手会を実施!? 前代未聞のイベント「おめシス握手会!sponsored by HIS」に乗り込んでみた

これだけデジタルの音楽や動画はコピーが簡単にでき、手軽に何度でも視聴することができる時代だからこそ、リアルでの一度の「握手」が、プライスレスな貴重な体験の機会になっているわけです。

Adoさんも、それがファンにとっても、Adoさん自身にとっても大事な時間になると感じているから、「私がずっとやりたかった」と明言されているんだと思います。

もちろん、この握手会が通常の握手会と同様に、本人と短い会話が交わせるものなのか、本当に握手だけの時間になるのかは分かりません。

それによってファンの体験は大きく変わることになりますが、いずれにしてもAdoさんの熱烈なファンからすれば非常に貴重な機会であるのは間違いないですし、今回の握手会が成功すれば、同様の取り組みは他の顔出しをしていないアーティストや、VTuberなどに拡がる可能性が高いでしょう。

音楽業界の常識を塗りかえ続けるAdo

Adoさんの歴史を振り返ると、紅白歌合戦のCG歌唱や、「シルエット歌唱」に代表されるように日本の音楽業界の常識を塗りかえ続けてきた歴史であることが分かります。

Adoさんが、2022年に米国の名門音楽レーベルであるゲフィン・レコードとパートナーシップ契約を結んだ際にも、「米国の音楽業界では顔出しが求められるだろう」という見方をする人が多くいました。

しかし、実際には顔出しをしないまま、「シルエット歌唱」でアメリカでのツアーを成功させてしまっているのです。

実際に上記のロサンゼルスでのライブ映像を見て頂ければ、顔出しをせずにシルエット歌唱をするAdoさんが、米国でも多くのファンに受け入れられていることが良く分かると思います。

現時点では「真実の口」方式の握手会は、多くの人にとって常識外れの選択肢に聞こえるかもしれません。

しかし、Adoさんの「シルエット歌唱」が多くのファンに受け入れられているように、「真実の口」握手会も珍しくない未来が来る可能性は十分あるように感じます。

まずは、7月にリリースされる2ndアルバム「残夢」の反響と、10月の「真実の口」握手会がどのように開催されるかに注目したいと思います。

noteプロデューサー/ブロガー

Yahoo!ニュースでは、日本の「エンタメ」の未来や世界展開を応援すべく、エンタメのデジタルやSNS活用、推し活の進化を感じるニュースを紹介。 普段はnoteで、ビジネスパーソンや企業におけるnoteやSNSの活用についての啓発やサポートを担当。著書に「普通の人のためのSNSの教科書」「デジタルワークスタイル」などがある。

徳力基彦の最近の記事