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ウクライナを支える最先端テクノロジー――ハイテク企業は戦場を目指す

六辻彰二国際政治学者
イギリスで軍事訓練を受けるウクライナ兵(2022.8.15)(写真:ロイター/アフロ)
  • 欧米のハイテク企業のなかにはウクライナの軍事作戦を技術面で支えるものが少なくない。
  • 伝統的にロシアは民生分野の技術開発で西側にリードされやすい。
  • ウクライナの戦場で実用化された最先端テクノロジーは、今後の戦争のあり方を左右するとみられる。

 人員などで圧倒的に劣るはずのウクライナがロシアに対抗し続けられる一因は、西側のハイテク産業の支援にある。

ロシアをいら立たせる西側の技術

 プーチン大統領の「ウクライナが汚い爆弾(ダーティーボム)を使おうとしている」という発言は、対立をエスカレートさせる、あるいは国内向けに戦争の大義を強調する手段というのが、西側の多くの専門家の一致した見解だ。少なくともウクライナがその準備をしているという証拠はない。

 いずれにしても、そこにはロシア政府のいらだちをうかがえる。

CIS加盟国の安全保障関連閣僚とのビデオ会議に出席したプーチン大統領。「汚い爆弾」の可能性について力説した(2022.10.26)
CIS加盟国の安全保障関連閣僚とのビデオ会議に出席したプーチン大統領。「汚い爆弾」の可能性について力説した(2022.10.26)写真:ロイター/アフロ

 ロシアはウクライナ東部ドンバスの占領を既成事実化しようとしているが、この地をめぐるウクライナ側の反撃は加速している。当初プーチン大統領は「2日間でウクライナを制圧できる」と考えていたとみられるが、結果は大きく異なる。

 その大きな要因の一つは、西側のハイテク企業によるウクライナ支援にある。

 その象徴は今やよく知られるドローン(無人航空機)だが、ウクライナ、ロシアの双方とも、軍用ドローンより安価な民生ドローンを改造して、即席の自爆攻撃用、いわゆるカミカゼ・ドローンとして利用している。さらに、ウクライナ側は民生用3Dプリンターを用いて爆弾を製造しているという報告もある。

 しかし、ドローン以外にも、情報通信技術(ICT)、人工知能(AI)、宇宙技術などにかかわる欧米企業が、ロシアによる侵攻後に相次いでウクライナ進出を加速している。

標的を確認するドローン

 例えば、ウクライナは開戦まもない3月頃から、顔認証システムを搭載したドローンを投入している。これによってロシアの将兵を特定し、効率的に攻撃できるとみられる。

 ドローンに顔認証システムを搭載することは、これまでにもアフガニスタンやリビアなどでみられたが、ウクライナではより大々的に行われている。

 この技術はアメリカのAI大手、クリアビュー社が提供したものだ。ロイター通信によると、ロシアによる侵攻直後、同社CEOトン・タット氏が自らウクライナ政府に技術協力を申し出たという。

 クリアビュー社はロシアのSNSサイトから20億枚以上の顔写真を入手しており、このデータベースは標的のスムーズな特定を可能にする

 クリアビュー社によると、顔認識システムは離ればなれになった家族の統合にも役立つという。

 さらにAIは通信などの解析にも利用されている。プライマーAI社はウクライナで、傍受されたロシア軍の音声通信をテキスト化し、データとして蓄積するシステムを運用している

 こうした技術と組み合わせることで、隠密性の高いドローン攻撃は、さらに効率的になるとみられる。

 10月だけで6人以上のロシア軍の司令官がカミカゼ・ドローンに殺害されているが、これにAIが重要な役割を果たしたと指摘される。

「イーロン・マスクは英雄だ」

 もっとも、ロシアもウクライナのドローン攻撃を、指をくわえて眺めているわけではない。ロシア自身もドローン攻撃を多用する一方、ドローンやミサイルの電波やレーダーを妨害するクラスハ-S4など対空電子戦システムを投入しているとみられる。

 そのため、ウクライナのドローンはしばしばロシア側に撃墜されてきた。

 ウクライナが開戦当初から多用してきたトルコ製バイラクタルTV2は、これまでリビアなどで「実績」を積み、一世を風靡した。しかし、翼幅が12メートルある機体は、コンパクト化が進む近年の軍用ドローンとしては大型の部類に入る(例えばロシア製オルラン10の翼幅は3メートル程度)。

 そのため、7月に現地調査したアメリカの安全保障の専門家マーク・カンチアン博士は「ウクライナの多くのドローンパイロットによると、ドローンの果たす役割は限定的だ」と述べた。

 ところが、その後ウクライナ側はジャミングをブロックする方法を開発している他、安定した通信回線を確保することでこれに対応してきた。

 そこで重要な役割を果たしているのが、アメリカのスペースX社だ。宇宙ロケットビジネスを展開する同社は、人工衛星システム(コンステレーション)スターリンクを運用し、衛星を介したインターネットサービスを提供している。

 ウクライナの情報担当相がTwitterを通じて各国のハイテク企業に支援を呼びかけ、これにスペースX創業者のイーロン・マスク氏が反応したわけだが、ともかくスターリンクを通じてウクライナ側はドローン操作を安定させているといわれる。

 さらにスターリンクを通じた高速通信は、たとえ地上の通信網が破壊されても、ロシア軍の位置情報などをウクライナ側が把握し、共有するうえでも重要度を高めている。

 ウクライナを9月に訪問し、政府高官と協議したGoogleの前CEOエリック・シュミット氏は、その直後のインタビューで「ここではイーロン・マスクは英雄だ」と述べている。

民生分野を伝統的に軽視するロシア

 もちろん、こうしたハイテク企業が今後の技術開発のためのデータやノウハウの蓄積、さらに宣伝を念頭にウクライナを支援していたとしても全く不思議ではない。

 これまでもリビアやエチオピアの戦場でドローンが飛び交っていたが、欧米各国がこれらへの武器輸出を規制していたこともあり、欧米のハイテク企業もほとんどノータッチだった。その間、これらの戦場ではトルコ製や中国製のドローンが幅を利かせ、データ収集を独占的に行なっていた。

 これと比べてウクライナは、欧米企業もいわば大手を振って参入できる、数少ない戦場だ

 とはいえ、どんな動機づけだったとしても、欧米のハイテク企業が本格的に戦場に向かうことが、ウクライナ戦争の動向を左右することは間違いないだろう。

 ロシア帝国やソ連の時代から、ロシアは軍事技術に力を入れるあまり、民生技術で遅れを取りやすかった。1991年の湾岸戦争で、イラク軍が使用したソ連時代のスカッドミサイルのほとんどがアメリカ製パトリオットミサイルに撃墜されたことは、当時急速に発達していたデジタル技術の差を象徴した。

湾岸戦争でも使用されたパトリオットミサイルの発射実験を行うイスラエル軍(2001.2.22)
湾岸戦争でも使用されたパトリオットミサイルの発射実験を行うイスラエル軍(2001.2.22)写真:ロイター/アフロ

 ウクライナ戦争でも、裾野の広い技術開発力の差が、ロシア軍の侵攻が予定通りに進まない一つの要因になっているといえる。

戦史における節目としてのウクライナ

 そのことの良し悪しはともかく、戦争が技術革新をよぶことは、人間の歴史において少なくない。今や日常生活に欠かせないコンピューターが発達したきっかけも、第二次世界大戦中に暗号の作戦や解読、さらに原爆製造などのための膨大な計算を短時間で行う必要にあった。

 その意味で、欧米のハイテク企業によって投入された最先端テクノロジーが、ウクライナ戦争でこれまでにない戦術や作戦を可能にしたことは不思議ではない。

 その一方で、一つのイノベーションがその後の技術開発レースを招き、戦争をさらに大規模化してきたこともまた確かだ。

 第一次世界大戦中、塹壕戦という前代未聞の状態を克服するため、イギリスが世界初の戦車Mark-1を投入したことは、結果的にドイツが初めて対戦車ライフルを開発するきっかけになった。そして、こうした技術はその後の他の戦場ではむしろ当たり前になった。

 ウクライナの戦場における最先端テクノロジーの利用は、今後の戦場のあり方を大きく変えるものといえる。そのため、結末がどうなるかにかかわらず、ウクライナ戦争が戦争の歴史における一つの大きな節目になることは間違いないだろう。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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