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朝ドラ『ブギウギ』で残された謎──笠置シヅ子にとっての「水城アユミ」とは

松谷創一郎ジャーナリスト
NHK『ブギウギ』公式Xより。

 朝の連続ドラマ小説『ブギウギ』が、昨日29日に半年の放送を終えた。主人公は、昭和の人気歌手・笠置シヅ子をモデルとした福来スズ子(趣里)。彼女が生誕した1914年から歌手を引退する1957年までの43年間が、全126話で描かれた。

 その展開は、笠置シヅ子の経歴に大筋では忠実だった。作曲家・服部良一をモデルとする羽鳥善一(草彅剛)などは、その名前までモデルと近かった。

 しかしそのなかで、かなり史実と異なるキャラクターが最後の最後で登場した。スズ子の人気を脅かす若きスター・水城アユミ(吉柳咲良)である。

 なぜ、水城はあのようなキャラクターになったのか?

ほぼ忠実だった経歴

 先に簡単に笠置シヅ子のキャリアを振り返っておこう。

 香川で生まれた笠置は、大阪で銭湯を営む血縁のない両親のもとで育つ。小学校を卒業後、宝塚歌劇団に入ることはできず13歳で松竹楽劇団に入団する。

 松竹楽劇団での活躍が認められ、24歳だった1938年に上京。作曲家・服部良一と出会い「ラッパと娘」のヒットを飛ばす。養母と弟の死を経て、太平洋戦争下に。戦中は思ったような活動ができなかったものの、吉本興業創業者の御曹司・吉本頴右と出会い交際を始める。だが、1947年に頴右は若くして亡くなり、その直後にひとり娘のヱイ子が誕生する。

 戦後は1948年に「東京ブギウギ」がレコード発売され、1949年に榎本健一(エノケン)の舞台や映画に出演。トップスターとしての座を確立し、高額納税者としても報じられる。1950年には、服部とともに渡米してロサンゼルスやニューヨークで公演。「買物ブギー」がヒットしたのもこの年だった。

 サンフランシスコ平和条約で日本が独立を回復した1952年、2回目の放送(ラジオ)の『NHK 紅白歌合戦』に初出場する。1954年には子どもを狙った脅迫事件で犯人が逮捕されるなどもあったが、1956年いっぱいまで歌手活動を続ける。その後は俳優として1980年代までドラマや映画に出演。1985年に70歳で亡くなった。

1950年のアメリカ公演を伝える映画雑誌『新映画』1951年1月号。左は服部良一、右から二人目が笠置シヅ子。
1950年のアメリカ公演を伝える映画雑誌『新映画』1951年1月号。左は服部良一、右から二人目が笠置シヅ子。

忠実ではなかった水城アユミ

 こうした笠置シヅ子の経歴は、ドラマの福来スズ子とかなり重なる。もちろん時間軸の細部で異なる部分はある。たとえば婚約者の死と娘の誕生は実際には2週間の差があったが、ドラマでは同日とされていた。だが、1933年に実際に起きた労働争議(「桃色争議」)まで描くなど、前半から中盤にかけてはかなり忠実だった。

 そうした史実からのはっきりとした距離が見えるのは、戦後以降だ。その代表例が、ほぼフィクションと言える水城アユミのキャラクターだ。

 もちろん、世代的に水城にもモデルらしき存在はいる。美空ひばりだ。だが、水城は、若き日のスズ子が所属していたUSK(梅丸少女歌劇団)のトップスター・大和礼子(蒼井優)の娘という設定となっていた。

 この大和のモデルも実在する。松竹楽劇部に在籍していた飛鳥明子だ。飛鳥は1937年に29歳の若さでこの世を去っている。ドラマと同様、出産から間もないことだった。このとき生まれた飛鳥の子である土井嘉子さんは、今回『ブギウギ』の放送にあたって複数の取材を受けているが、歌手として活動していたわけではない(奈良新聞デジタル2023年11月10日)。また、美空ひばりの親は鮮魚店を営んでいた。

 当時、親子ほど歳の離れた笠置シヅ子と美空ひばりに確執があったことは知られているが、その要素を取り入れつつも、水城アユミのキャラクターは大きく変えられている。半年近く続いてきたこのドラマでもっとも不可解だったのは、水城が登場する最後の2週・10話分である。

「過去のひと」ではない美空ひばり

 水城のキャラクターには、江利チエミの要素が加えられているという指摘もある(田幸和歌子『PRESIDENT ONLINE』2024年3月22日)。それも十分にうなづけるが、やはりなぜ美空ひばりをそのまま描かなかったのかは判然としない。

 考えられるもっとも大きな理由は、現在との連続性だ。1989年に美空が亡くなってからすでに35年が経ったが、その存在性やファンの記憶はまだ大きいからではないかと考えられる。

 具体的には、1973年に美空と暴力団の関係が問題視され、NHKがそれまで続いていた『紅白歌合戦』への出場を見送ったことなどや、あるいは遺族からの許諾が降りなかったことが考えられる。つまり、美空はまだ完全に「過去のひと」になっていない可能性だ。

 もちろん、『ブギウギ』はフィクションではある。水城アユミは、スズ子に歌手の引退を決意させる大きな要因として登場した。そして、芸能界における世代交代をしっかり描く存在として十分に機能した。

 ただ、それまでの展開が大筋で忠実だっただけに、なぜ水城アユミだけがあれほど架空の存在とされたかはやはり腑に落ちない。

欠点が少ない秀作

 終わってみれば、『ブギウギ』は欠点の少ない作品だった。展開に大きな不明点はなく、ちゃんと伏線も回収された。歌手と音楽を題材としていることもあり、ドラマ向きの題材でもあった。実在の人物をモデルに戦前から戦争を挟んで戦後にいたる展開も、朝ドラの定番と言えるものだ。非常に「朝ドラらしい朝ドラ」だった。

 その一方で、『カーネーション』(2011〜2012年)や『あまちゃん』(2013年)、あるいは『カムカムエヴリバディ』(2021〜2022年)などのような、巧みな構成や強いテーマ性は感じられなかった。誤解を恐れずに言えば、『ブギウギ』は秀作だったが傑作ではなかったという印象だ。

ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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