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『きれいのくに』のディストピア──ルッキズムが支配する“きれいのくに”で若者は自意識をこじらせる

松谷創一郎ジャーナリスト
NHK『きれいのくに』公式サイトより。

 5月31日に最終回を迎えるNHKのドラマ『きれいのくに』(全8話/月曜日・22時45分)は、なんとも奇っ怪な作品だ。

 物語がどこに進むのかわからない──5話くらいまで視聴者の多くはそうした感想を抱きながら、しかし気になって観続けたはずだ。

 この作品の1~2話では、日に日に若返っていく妻に夫が混乱する夫婦関係が描かれる。が、3話目からはいきなり高校生男女の日常に舞台を移す。するとそこは、遺伝子編集などによる美容整形が一般化した世界であり、2話までは若者を諭すための啓発VR動画(劇中劇)だったことがわかる。

 この世界で政府は美容整形を禁止しているが、違法な「裏整形」は跋扈しており、成人の多くは稲垣吾郎と加藤ローサの顔をしている。そして若者たちは、この社会空間で自意識をこじらせる。

繊細なコミュニケーション模様

 設定は近未来SFではあるが、3話以降に描かれる高校生男女5人の物語では、彼らの関係性に焦点があてられる。

 誠也(青木柚)は人目を気にして丸坊主のままで、彼と幼なじみの凛(見上愛)は頻繁に自分がブスであることを口にする。“パパ活”でお小遣いを稼ぐれいら(岡本夏美)は、ある日怖い目にあって稲垣吾郎顔の成人男性がトラウマとなる。親の遺伝子編集によって稲垣吾郎顔の中山は(秋元龍太朗)は、その顔のせいでれいらに避けられ、一方でいつも明るい貴志(山脇辰哉)はれいらに心を寄せている──。

 この5人の関係が、非常に細やかに描かれる。彼らのコミュニケーションは一見とても大人っぽい。互いの関係が壊れないように、強く注意をはらっている。しかし、それは思春期的な心情の反映でもある。親密であるがゆえの極度の気遣いと尊重が、めいめいが抱える問題の解決から遠のかせていることへの想像には及んでいない。

 この若者たちの繊細なコミュニケーション模様の描写こそが『きれいのくに』の最大の魅力だ。周囲から見れば彼らの世界で生じる事件は小さいものだが、彼らにとっては重大事だ。しかも、その多くが抱える悩みは、みずからの外見(ルックス)にかんすることだ。

NHK『きれいのくに』公式サイトより。
NHK『きれいのくに』公式サイトより。

ルッキズムが支配するディストピア

 極端にルッキズム(外見主義)が支配するこの近未来SFは、われわれが生きる現実の暗喩でもある。

 視聴者は、若者たちの日常で見られる思春期特有の自意識問題を通して、それが美容整形の一般化したいびつな社会の影であることに気づかされる。それによってマクロな社会問題は大きく扱われないものの、ミクロとマクロの構造的な関係が浮き彫りとなる。

 しかもこの舞台設定は、われわれの現実と大きくかけ離れた世界でもない。国際比較でも美容整形大国の日本は、いまもルッキズムが強く支配する国だ。加えてInstagramなどのSNSは、他者との比較を頻繁に生じさせることで、若者たちの嫉妬と落胆の感情を強めてしまう(「『怒り』を増幅させるSNSは、負のスパイラルを描いたまま2020年代に突入した」2020年5月25日)。

 つい先日、InstagramとFacebookに「いいね数」を非表示にできる設定が導入されたのも、若者のメンタルヘルスに与える影響が問題視されてきたからだ。

 『きれいのくに』で描かれている世界は、われわれが過ごしている現実の先にあるディストピアだ。

NHK『きれいのくに』公式サイトより。
NHK『きれいのくに』公式サイトより。

抜け出せない「美」の世界

 ひと昔前に比べるとコミュニケーション総量を爆発的に増大させたSNS(インターネット)は、多くのひとびとを自意識過剰にしている。むしろ自意識が乏しい者は鈍感な存在として揶揄される。

「大丈夫。だれも君のことなんて見てないよ」

 そのアドバイスは、ひと昔前なら他者の視線に怯える思春期的な自意識問題に対して有効に機能した。しかし、いまやそれは残酷な宣告にしかならない。ひとびとが希求するのは他者からの視線のコントロールであり、それを踏まえた自己のマネジメントだ。

 『きれいのくに』は、そうしたルッキズムのプレッシャーが極限化した世界を描いている。もはや必要とされているのは、ドラえもんの「石ころぼうし」ではない。

 しかも、ひとびとが「美」の観念を失うことは決してないだろう。美の良し悪しの探求に美学的な価値はなくとも、ひとびとが美の追求をやめることはない。それはひとのルックスに向けられるものだけではなく、自然や芸術作品を見て「美しい」と思う感情についても同様だ。

 だから、われわれは「美」の世界から簡単には抜け出すことはできない。そこで必要とされているのは、自分や他者の内面に浮き上がる「美」の感情──美しい、かわいい、綺麗、素晴らしい、面白い──において、どの程度の倫理的な価値をビルトインするかの調整だ。

 『きれいのくに』の若者たちは、自分たちの日常を通して「美」をいかにマネジメントするかもがいている。宗教的な倫理観が極端に不在の日本社会において、彼らがどのような結論を見せるのか(あるいのは見せないのか)は、ディストピアに向かう現実世界のわれわれにとっての大きなヒントとなるはずだ。

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ジャーナリスト

まつたにそういちろう/1974年生まれ、広島市出身。専門は文化社会学、社会情報学。映画、音楽、テレビ、ファッション、スポーツ、社会現象、ネットなど、文化やメディアについて執筆。著書に『ギャルと不思議ちゃん論:女の子たちの三十年戦争』(2012年)、『SMAPはなぜ解散したのか』(2017年)、共著に『ポスト〈カワイイ〉の文化社会学』(2017年)、『文化社会学の視座』(2008年)、『どこか〈問題化〉される若者たち』(2008年)など。現在、NHKラジオ第1『Nらじ』にレギュラー出演中。中央大学大学院文学研究科社会情報学専攻博士後期課程単位取得退学。 trickflesh@gmail.com

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