韓国映画『サニー 永遠の仲間たち』は、政治の季節をサブカルチャーで相対化する
初出:『WEBRONZA』(朝日新聞社)2012年5月21日/一部加筆・修正
T-ARA「Roly-Poly」が生まれたワケ
K-POPガールズグループ・T-ARAが2011年8月に発表した「Roly-Poly」は、70年代後半のディスコミュージックを模したノスタルジックなサウンドだった。衣装も原色が際立つ当時のファッションで、この曲は大ヒットした(日本版も2月に発表されたばかりだ)。
十数分のショートムービー風ミュージックビデオ(→YouTube)では、中年女性が自宅で青春時代の写真を発見するシーンから始まる。それは、その3カ月前に発表されて大ヒットしていた映画『サニー永遠の仲間たち』を想起させる内容だった。
交互に描かれる1986年2011年
韓国映画『サニー』は、40代の女性が若き日の親友たちと自分を見つめなおす物語だ。『哀しき獣』や『アジョシ』のようなサスペンスやアクションとは異なり、ポップでノスタルジック、さらには泣かせてくる『サニー』は、韓国映画の勢いを違うかたちで感じさせてくれる。
夫と高校生の娘と暮らす中年女性イム・ナミ(ユ・ホジュン)は、母親を見舞った病院で高校時代の同級生ハ・チュナ(ジン・ヒギョン)と再会する。病に冒されたチュナは余命2カ月と宣告されており、彼女の最後の願いとして高校時代のグループ“サニー”のメンバーを探し始める。
現在と交互に25年前も描かれる。40代前半のナミやチュナが過ごした高校時代とは、1986年頃だ。ソウルの女子高に転校してきたナミ(シム・ウンギョン)は、チュナ(カン・ソラ)に気に入られて彼女たちのグループに入る。後に“サニー”と名付けられた7人グループは、他校グループとの抗争などをしながら楽しく学校生活を送っている──。
“政治の季節”を読み替える
まだ軍事政権下にあった86年の韓国とは、2年後のソウル・オリンピックを控え、民主化運動が吹き荒れる政治の季節だった。作中でも学生と機動隊が衝突する模様が描かれ、ナミの兄も政治ビラを配ったことで警察に追われる。こうした80年代に学生運動をし、90年代に30代だった60年代生まれを、韓国では「386世代」と呼ぶ(40代になったので、現在は486世代とも呼ばれる)。ナミの兄もこの世代だ。
日本の全共闘世代のように、リベラルな思想を持つ彼らは、新しい韓国を映す鏡として時代を牽引してきた。386世代は、映画の世界にも大きな影響を与えている。たとえばこの世代に該当するのが、カン・ジェギュ(62年生まれ/『シュリ』)やパク・チャヌク(63年生まれ/『JSA』)、キム・ジウン(64年生まれ/『悪魔を見た』)、そしてポン・ジュノ(69年生まれ/『殺人の追憶』)など、世界的にも知られた名監督たちだ。
必ずしも学生運動に携わっていたわけではないが、彼らは社会への問題意識を反映させて映画を創り続けてきた。『シュリ』や『JSA』に見られる南北の融和と断絶、あるいは『殺人の追憶』や『母なる証明』に見られる当局への不信や格差社会への視線からは、彼らの強い政治意識が感じられる。
しかし、『サニー』から見えてくるのは、386世代とは異なる映画作家の視点だ。2008年にコメディ映画『過速スキャンダル』で大ヒットデビューを飾ったカン・ヒョンチョル監督は、1974年生まれだ。この作品の登場人物よりも、5、6歳ほど下の世代だ。彼にとっての80年代とは、小学校に入学し中学校を卒業するまでの時期にあたる。そんなカン監督は、前世代に対して強い批評性を帯びた『サニー』を提示した。
その特徴は、韓国では“政治の季節”だった80年代をサブカルチャーによって相対化しようとする点にある。たとえば学生たちと機動隊が衝突するシーン、後ろに映るのは映画『ロッキー4/炎の友情』の看板だ。サニーのメンバー7人も、学生と機動隊に紛れながら他校の不良グループと取っ組み合いの大喧嘩をする。しかもこのときのBGMで流れるのは、明るい80年代ディスコサウンドであるJOYの「タッチ・バイ・タッチ」だ。
これは、かなり意図的な歴史の読み直しだ。“政治の季節”と呼ばれた80年代が、彼女たちにとってはサブカルチャーにまみれた明るい青春期だったことを強調しているからだ。
80年代の多くのヒット曲
他にも多くのサブカルチャーが作中で描写される。学校の昼休憩でDJの生徒が流すのはシンディ・ローパーの「ガール・ジャスト・ワナ・ハヴ・ファン(ハイスクールはダンステリア)」、ナミが憧れの大学生に渡されるヘッドフォンで聴いたのは、ソフィー・マルソー主演の映画『ラ・ブーム』のテーマ曲「愛のファンタジー」、冒頭とエンドロールで流れるのはタック&パティがカバーしたシンディ・ローパーの「タイム・アフター・タイム」だ。
それらは、日本でもあの時代を生きていた者なら一度は耳にしたことのある、80年代のポップミュージックだ。サニーというグループ名も、ラジオ番組のDJがボニー・Mの曲「サニー」から名付けてくれたもので、彼女たちは学園祭のためにこの曲でダンスの練習をする。
この当時流行った韓国のポップカルチャーも描かれる。たとえば、ナミははじめてチュナに会った日、「『ピングルピングル』のナミだね」と言われる(日本語字幕では訳されていない)。これは、当時「ピングルピングル」が大ヒットしていた歌手・ナミのことで、作中でもサニーのメンバーたちが踊る。
ハ・チュナという登場人物の名も、韓国で有名なトロット(演歌)歌手と同姓同名だ。また、ラジオDJが彼女たちに贈る曲は、当時のヒット曲であるチョ・ドクペの「夢に」。他にも、ナイキのスポーツバッグやスニーカーが流行し、ナミはソフィー・マルソーのような女優や貸しマンガの店長になることを夢見ており、憧れの大学生を追ってロック喫茶に入ったりする。
韓国映画とK-POPの好循環
一方で、現在のポップカルチャーと接続しようとする遊びもいくつか見られる。
たとえばサニーが敵対する他校のグループ名は「少女時代」、それから「ピンクル(FIN.K.L)」に改名する。前者は現在日本でも大人気のトップグループ、後者は90年代後半から2000年代前半に大活躍したアイドルグループだ(KARAが活動の参考にしたのは、同じ事務所のピンクルだと言われている)。サニーも、この名前に決まる前は「ワンダーガールズはどうかなぁ」などと話している。ワンダーガールズとは、少女時代と同時期にデビューした人気グループで、今年の夏に日本デビューも予定されている。
『サニー』の大ヒットや、冒頭で触れたT-ARAの「Roly-Poly」のヒットは、韓国にリヴァイバルブームも起こしたが、もちろんそれ以前からその傾向は見られた。たとえば、2007年に発表されて大ヒットしたワンダーガールズの「Tell Me」や、2010年に少女時代がボンドガールを模したノスタルジックなスタイルを披露した「Hoot」などがそうだ。
最近発表された少女時代のメンバー3人(テヨン、ティファニー、ソヒョン)によるユニット・TTS(テティソ)の「Twinkle」も、公式に「70~80年代のスティービー・ワンダーを連想させる曲」と銘打ち、大ヒットしたばかりだ。
そこには、音楽を中心とした80年代サブカルチャーを描いた映画がK-POPに影響を与え、また新しい歴史を生み出すという循環が見られる。
少女たちの「非政治的な政治性」
日本におけるサブカルチャーと政治運動の関係は、70年代まではなかば一体化したかたちで進展していた。白土三平は『ガロ』で『カムイ伝』を発表し、日本赤軍は「われわれは明日のジョーである」と言い残して、よど号で北朝鮮に向かった。体制(大人)に対して、若者たちはサブカルチャーを支柱にして闘っていた。サブカルチャーは、そのまま政治を意味していた。
『サニー』が描いた状況は、こうした日本の学生運動の状況とは異なる。サブカルチャーに政治思想を読み込むようなことをせず、若者たちにとっての純粋なオルタナティブな価値としてのサブカルチャーを描いた。
もちろんそうしたカン監督のスタンスは、「非政治的な政治性」と言えるものでもある。日本で言えば、60~70年代の全共闘世代(団塊世代)に対し、「シラケつつノリ、ノリつつシラケる」(浅田彰『構造と力』)といった態度を示した80年代の新人類&オタク世代的な差異化闘争に通ずるものかもしれない。
ただし、そこには男性たちによる政治へのオルタナティブな価値も見て取れる。常に北朝鮮との緊張関係に置かれる韓国では、若い男性たちは徴兵制を免れることができない。そうした男性中心の社会に組み込まれていなかった韓国の少女たちは、独自の世界観を持っていたことを示してもいる。
一方で、現在の韓国への視線も忘れない。1997~98年のIMF危機以降、韓国に生じた格差社会はこの作品でもはっきりと描かれている。若き日に将来を夢見た少女たちは、大人になって厳しい現実に飲み込まれている。80年代に政治に目を向けなかった彼女たちは、2011年の社会で80年代とはべつの政治による困難を抱えている。
『サニー』が結果的に韓国にもたらしたのは、現在と過去を並列して描くことによって両者を接続して歴史を問い直し、世代間に生じる断絶を乗り越えることだ。実際にそれはK-POPなども引きこんで大きく広がっていった。それは、確実に新しい感性を感じさせる現象だった。
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