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ハリスの歪んだ「ポリコレ」が招いた皮肉―トランプ勝利に助力、民主党支持層のイスラム教徒達

志葉玲フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)
トランプ氏(左)とハリス氏(写真:ロイター/アフロ)

 米国大統領選で勝利したドナルド・トランプ氏。極めて露骨な差別主義者であるトランプ氏が次期大統領となることは、米国におけるマイノリティーの人々にとって大変な脅威になるでしょう。それはアラブ系やイスラム教徒の有権者にとっても深刻な問題であるはずです。しかし、前回の大統領選では民主党の支持層であったアラブ系やイスラム教徒の有権者の中には、今回の大統領選ではカマラ・ハリス氏を嫌い、トランプ氏や第三極の候補に投票した人々も少なからずいるのです。そうしたアラブ系やイスラム教徒の投票の傾向が、大統領選での勝敗を左右した激戦区の一つであるミシガン州でトランプ氏の勝利を助けたとも指摘されています。

*本稿は「志葉玲ジャーナル-より良い世界のために」から転載したものです。

https://reishiva.theletter.jp/

〇ハリス氏から離反したアラブ系、イスラム教徒

 全米最大のイスラム教徒団体「アメリカ・イスラム関係評議会」(CAIR)が行った出口調査*によれば、第三極の候補であるジル・スタイン氏(アメリカ緑の党)が最も多くの票を得て53%、次いでトランプ氏が21%、ハリス氏は20%だったとのこと。

*全米イスラム教徒の有権者の中から1575人を対象

 また、米国の国営放送「ボイス・オブ・アメリカ」の報道によれば、全米最大規模のアラブ系アメリカ人コミュニティーがあるミシガン州ディアボーン市では、前回の大統領選ではバイデン氏が70%の得票率で圧勝したのに対し、今回ではトランプ氏が42%以上の票を獲得。ハリス氏は36%程度にとどまったのだそうです。

 つまり、共和党の大統領であったブッシュ氏がイラク戦争を開始して以来、20年余りも民主党の支持層であったイスラム教徒やアラブ系の有権者の中に、今回の大統領選では民主党から離反する動きがあったこと、さらにトランプ氏や第三極のスタイン氏に投票することで、意識的にハリス氏を負かそうという動きがあったということでしょう。そうした動きが大統領選での勝敗を左右する激戦州の一つであるミシガン州で活発であったことが意味するものは非常に重いと言えます。

〇「悪い選択をするな」が完全に裏目

 ハリス氏に対しイスラム教徒/アラブ系の有権者が反発する最大の理由は、彼女がバイデン政権の中東政策に対し、何の反省も見せていないことです。すなわち、パレスチナ自治区ガザへの猛攻撃を行うイスラエルをバイデン政権が露骨に支持し、莫大な額の軍事支援を続けていること、それによって過去13カ月間で4万6000人以上のガザの人々が殺害され、今なお殺され続けていることについて、ハリス氏も副大統領として責任の一端があること、また、虐殺を止めてくれというイスラム教徒/アラブ系の有権者の訴えをハリス氏があまりに軽視していることです。

 「トルコ国営放送」(TRT)のウェブ版の記事に掲載されたビシャラ・ババ氏のコメントは極めて象徴的だと言えます。ババ氏は、ミシガン州でトランプ氏を応援する活動を行った団体「トランプを支持するアラブ系アメリカ人」の代表。かつては熱心な民主党の党員でしたが、ガザ攻撃でのイスラエルへの軍事支援をやめるよう何度も要請したにもかかわらず、バイデン氏とハリス氏が無視したため、共和党員となったとババ氏は語っています(関連情報)。

 ミシガン州での反感が強まる中、ハリス支持層は「二つの悪のうち、よりマシな方に投票しよう」と訴えましたが、このキャンペーンはむしろ逆効果だったようです。中東カタールの衛星テレビ局「アルジャジーラ」はミシガン州在住のアラブ系住民が語った言葉を紹介しています。それは「多くの有権者は、米国政府が、自分たちの家族を殺し故郷を破壊する爆弾を、イスラエルへ供給することより酷い悪を見出すことはできなかった」というものでした(関連情報)。つまり、アラブ系やイスラム教徒の有権者にとって、バイデン政権の一員であるハリス氏は、トランプ氏より酷い「悪」であるということでしょう。

〇ハリス氏の歪んだポリコレ

 ミシガン州を中心とした米国におけるアラブ系やイスラム教徒の人々の憤りは、米国内外に広まっています。これは単に、ハリス氏の敗北ということに止まらず、米国のリベラル社会・政治、いやもっと言えば、やはりイスラエルを支持・支援するドイツ等の欧州も含む欧米社会・政治におけるポリティカル・コレクトネス(政治的妥当性)の歪み・自壊を示すものであるのかもしれません。

 ポリティカル・コレクトネス―あらゆる差別を無くし、マイノリティーや社会的に弱い立場の人々を守り、社会の多様性を促進するという思想・運動―それ自体は重要なものです。しかし、ポリティカル・コレクトネスを重視するはずの欧米のリベラル側の政党(米国の民主党やドイツの緑の党等)は、ガザ等の中東に対しては、極めて差別的かつ暴力的です。

 パキスタンの著名な作家ファティマ・ブット氏は「ガザは西洋のフェミニズムの恥ずべき偽善を暴露した」と指摘。米国の独立系ニュース番組「デモクラシー・ナウ」のインタビューで、以下のようにハリス氏を批判しています。

 「過去1年間、ガザで殺された犠牲者の70%は女性と子どもです。私達は、頭を吹き飛ばされた子ども達を見てきました。生き残った家族がいない子ども達が、手足を失い病院に運ばれるのを見てきました。イスラエルが病院の電気と燃料を止めたことで、新生児が死んでいくのを見てきました。その中で、ハリス氏は何を言ってきたか。(米国の女性達の)中絶の権利だけです。これはフェミニズムに対する完全な裏切りです。なぜなら、フェミニズムは解放であり、最も脆弱で最も恐れている女性達を保護することですが、ハリス氏はそれをしませんでした」。

〇米国に頼らず、より主体的に

 ガザ等の中東でのイスラエルのやりたい放題に対するハリス氏の姿勢は、単に票を失ったことにとどまらず、上述のブット氏が指摘するように、米国のリベラル政治そのものの危うさや偽善性を露呈させるものでした。ただ、来る二度目のトランプ政権による世界情勢への悪影響も極めて深刻なものとなることが予想されます。日本も含め、各国は最早、米国に世界のリーダーとしての役割を期待するのではなく、より主体的に世界が少しでも良い方向へ向かうよう、尽力していく必要があるのではないでしょうか。

(了)

フリージャーナリスト(環境、人権、戦争と平和)

パレスチナやイラク、ウクライナなどの紛争地での現地取材のほか、脱原発・温暖化対策の取材、入管による在日外国人への人権侵害etcも取材、幅広く活動するジャーナリスト。週刊誌や新聞、通信社などに写真や記事、テレビ局に映像を提供。著書に『ウクライナ危機から問う日本と世界の平和 戦場ジャーナリストの提言』(あけび書房)、『難民鎖国ニッポン』、『13歳からの環境問題』(かもがわ出版)、『たたかう!ジャーナリスト宣言』(社会批評社)、共著に共編著に『イラク戦争を知らない君たちへ』(あけび書房)、『原発依存国家』(扶桑社新書)など。

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