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愛は人を幸福にし不幸にする。映画『愛という、両刃の剣』

木村浩嗣在スペイン・ジャーナリスト
私も登場人物とともに苦しんだ。「あるある」だったから……

愛は素晴らしいものだ。だが、同時に危険なものだ。

例えば、「三角関係」である。

男2人と女1人。私は彼女を愛している。彼女が私を選んでくれれば、私は世界一幸せな男だろう。だが、別の男を選べば世界一不幸な男になるだろう。

さらに、もし男が私の親友であれば不幸はダブルパンチになる可能性がある。仲の良い2人を見ていられずに身を引く私は、愛と友情を同時に失うことになるからだ。

愛は人を幸せにするが、不幸にもする。残酷でコントラストが鮮やかな両面を持つ。

ちょっと想像すればすぐにわかることだが、ネガティブな面はおうおうにして忘れられる。愛は素晴らしい、とか、愛こそはすべて、とかポジティブな面だけが喧伝されるからだ。

映画『愛という、両刃の剣』の1シーン
映画『愛という、両刃の剣』の1シーン

■恋愛体験がぶち壊す子供の価値観

これ、子供相手なら「愛は素晴らしい!」だけでいい。

まず素晴らしいことを教えて、「愛しましょう!」とけしかける。で、思春期に入って、大人になって、いざ愛してみたら涙を流す思いもする。でも、そこは自己責任で!

愛の始まりはいつもワクワク、ドキドキ、片想いであっても楽しいもので、好きになった人が微笑んでくれただけで眠れぬ夜を過ごしたりするのだが、そのうちに相手にも好きになってほしいと願うようになる。

これが地獄の一丁目なのだが、そう願わずにいられない。

クレール・ドニ監督
クレール・ドニ監督

自分がこんなに愛しているのに愛してくれない。私が相手を愛することは相手から私が愛されることを保証しない。努力したら叶う、と教えられて育ってきたのに、努力したら逆に嫌がられた。私の方が正直で勉強もできる良い子なのに、彼女は不良の方へ行ってしまった――。

そういう理屈に合わぬこと、不条理で理解不可能なことを愛が経験させてくれ、それまでの自分の価値観をぶち壊してくれたら、大人の仲間入りである。

つまり、「愛は危険でもある」、「愛は人を不幸にもする」、「世の中には理屈が通らないこともあり、その代表的なものが愛である」ということを言える人が大人なのだ。

とはいえ、この教訓をお勉強で教えてはならない。自らの涙でもって身と心に沁み付けるものだからこそ、人生の役に立つ。

昔の歌にあったように、人生は短いので乙女だけでなく男も恋をせよ、と応援したい。地獄が待っているかもしれず、無責任ではあるが、しないよりはした方が絶対に良いし、泣いて相談に来たら「これに懲りずに次頑張れ!」とまた無責任に背中を押したい。

■道徳では裁き切れない闇

愛の怖さが端的に出るのは、「不倫」である。

不倫は、その名の通り倫理の外にある。人の道から外れている。不道徳であり不健全である。

この点には議論の余地がない。道徳の観点からは不倫を正当化することはできない。だが、不倫は起こる。婚外の人を愛する人はいる。誰かを必ず不幸にするとわかり切っていて、やる人はいる。

映画『愛という、両刃の剣』の1シーン
映画『愛という、両刃の剣』の1シーン

私が結婚相手から「別に好きな人がいる」と告白されたとする。あるいは、秘密のコミュニケーションに最適のツールであるスマホのメッセージアプリを盗み見て、妻の婚外恋愛の事実をつかんだとする。

怒りそして悲しむ私は「人の道に反しているぞ!」とは言わないと思う。言っても無駄だから。相手はそんなこと百も承知でやっているだろうから。

逆に、「彼女は間違っている。不倫は良くない!」と励まされてもうれしくない。

私を悲しませているのは妻の愛を失った、という事実である。私がほしいのは妻の愛であって、道徳的な裁きではない。道徳的に彼女を責めたところで、それは返ってこない。

つまり、不倫の加害者にとっても被害者にとっても、道徳はあまり役に立たないのだ。

愛は危険でもあり、しばしば人を不幸にし、時には人を人の道から外れさせる。

■まさに、愛は両刃の剣である

この作品の原題はフランス語で『Avec amour et acharnement』。「愛と激しさとともに」というほどの意味か。スペイン語の題名は『Fuego』で「炎」の意味。英語の題名は『Both Sides of the Blade』で「両刃の剣」という意味だ。

愛にはポジティブな面とネガティブな面の両面がある、という意味では「両刃の剣」がピッタリなので、勝手に意訳させてもらった。日本公開の際には誰かが気の利いた邦題を付けてくれるだろう。

授賞式のジュリエット・ビノシュ。Photo:Gorka Estrada
授賞式のジュリエット・ビノシュ。Photo:Gorka Estrada

この作品は、昨年のサン・セバスティアン映画祭でジュリエット・ビノシュが功労賞の「ドノスティア賞」を受賞した記念に上映された。

彼女が傷付けるのか、それとも傷付くのか? 彼女が幸せになるのか、不幸せになるのか? 彼女にすることは人倫に反するのか、反しないのか?

それらのどちらでもあり得るし、両方というのだってあり得る。子供は厳禁。大人の世界のお話である。

※関連記事

子供か愛人かなら、子供を捨てる。それが不倫。サン・セバスティアン映画祭の問題作2本

※写真提供はサン・セバスティアン映画祭

スペイン語版のポスター。サブタイトルは「欲望は決して消えない」。また怖いことを!
スペイン語版のポスター。サブタイトルは「欲望は決して消えない」。また怖いことを!

在スペイン・ジャーナリスト

編集者、コピーライターを経て94年からスペインへ。98年、99年と同国サッカー連盟のコーチライセンスを取得し少年チームを指導。2006年に帰国し『footballista フットボリスタ』編集長に就任。08年からスペイン・セビージャに拠点を移し特派員兼編集長に。15年7月編集長を辞しスペインサッカーを追いつつ、セビージャ市王者となった少年チームを率いる。サラマンカ大学映像コミュニケーション学部に聴講生として5年間在籍。趣味は映画(スペイン映画数百本鑑賞済み)、踊り(セビジャーナス)、おしゃべり、料理を通して人と深くつき合うこと。スペインのシッチェス映画祭とサン・セバスティアン映画祭を毎年取材

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