歌って踊るジョーカーはむしろ王道。実はダークなミュージカルの世界
スペイン公開からちょうど3週間経ち、“ジョーカー2”(正式名は『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』)を見に行った。金曜の夜に観客は私たちを含めて13人、というのはかなりやばい。
暗いオープニングで前作を踏襲していて、なかなか良いじゃないかと思っていたら、驚愕の瞬間が来る。
ジョーカーがいきなり歌い出した!
これ、ミュージカルだったのだ!
不人気の理由と、歌手のレディ・ガガを起用した理由を一瞬で理解した。
■ミュージカル×ジョーカー???
ミュージカルは嫌いだ。
アカデミー賞6部門受賞作なのに『ラ・ラ・ランド』も見ていない。ミュージカルに付きまとう、愛する二人が幸せを謳歌するイメージ、“みんな見て! 私たち愛してるの”とこれ見よがしに歌って踊ってみせるイメージが嫌いなのだ。
ジョーカーとハーレイ・クインの幸せ一杯な姿なんて見たくない。ダークヒーローとダークヒロインが愛の賛歌をデュエットするなんて矛盾である。
彼らの間にあるのは愛ではなく、愛と正反対――狂気と裏切りと不貞と不倫そしてそれによる憎悪でなくてはならないはず。ドロドロの愛増劇で傷付け合う、というのなら許せるけど――なんて思ったわけだが、見終わったら、面白かった。
相変わらずホアキン・フェニックスの演技は凄くて、当然見劣りするもののレディ・ガガの演技も心配したほど悪くない。こういう冷たい表情だとレディ・ガガは生きる。映像は素晴らしくカメラアングルや色使いも凝っている。大作の趣がプンプンだ。
スペインではあっけなく1カ月間で公開が終了したので手遅れだが、日本のみなさんにはまだ間に合う。ぜひ、急いで映画館へ。
■ミュージカルの古典は意外に「暗い」
人生は短い。タイパ的にいっても、嫌いなミュージカルを見る暇は私の人生にはないのだが、それでも感動した作品はあり、考えてみれば暗いお話ばかりだった。。
まず古典の2作。
『サウンド・オブ・ミュージック』
『ウエスト・サイド物語』
この2つはお話が面白い。歌って踊って能天気……というわけでは全然なく、ストーリーはかなり暗い。ミュージカルながら(失礼!)、暗い社会背景ときちんと向き合っている。
『サウンド・オブ・ミュージック』には“イギリスの公共放送BBCが核戦争の深刻な脅威下で流す番組”という都市伝説が欧州にはある。それだけ希望が持てるお話なのだが、時代背景がとてつもなく暗いゆえに希望の光がまぶし輝く、という構図になっている。
『ウエスト・サイド物語』の方は、人種と社会階級と職業と差別という観点で見れば、アメリカ社会を知る格好のテキストとなる。
■ダークミュージカルの最高傑作とは?
次に、暗いミュージカルの頂点、と言えるのが、『ダンサー・イン・ザ・ダーク』。
主人公のセルマはミュージカルが大好きで、小劇団で『サウンド・オブ・ミュージック』を演じるシーンがファーストシーン。ここで有名な『私のお気に入り』を歌う。
セルマは言う。
「ミュージカルを夢見るのは、何も悪いことが起こらないから」と。
確かに歌と踊りを夢見ている間は悪いことは起こらない。しかし現実は真逆で、悪いことばかり起こりまくる。人間の醜さやアメリカ社会の醜さから逃げるためにミュージカルを夢想する、という構図になっている。
■ミュージカル超えの怪作。カンヌで上映
最後に、ミュージカルでホラーを描いたユニークな作品を紹介したい。
その名も『JOHANNA』。
2005年カンヌ映画祭ある視点部門でノミネートされた作品で、17年のシッチェス国際ファンタスティック映画祭で特別上映された際に見ることができた。
幽霊やモンスターが歌って踊る、といったおちゃらけた内容ではまったくない。
ジャンヌ・ダルクに着想を得て、彼女の自己犠牲精神と献身性を、看護婦の主人公が重病人を慰める姿に重ね合せている。エロチックで倒錯したお話をミュージカルで描く、というのは「ある視点部門」に相応しいユニークさである。
動画配信されているのか、DVDやビデオ化されたのか定かではないが、タイトルで検索すると予告編は見ることができる。もし、出会うことがあったら、ぜひ見てほしい。こんなミュージカルもあるのか、と驚くだろう。
追記:『JOHANNA』を撮ったコーネル・ムンドルッツォ監督は後に『ジュピターズ・ムーン』で、2017年シッチェス映画祭で最高賞を受賞する。
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※写真提供:『ジョーカー:フォリ・ア・ドゥ』はサン・セバスティアン映画祭、『JOHANNA』はシッチェス映画祭