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2050年を考えるヒントは、平安貴族の暮らしにある(下)。

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
出展 PhotoAC

 前回に続き、2050年の未来について、平安貴族の暮らしを手掛かりに考えてみたい。

●貨幣よりもつながりを重視

 前回述べたような平安時代の貴族文化を手掛かりに、未来の日本社会の暮らしを考えてみるとどうなるか。平安貴族の荘園に相当するもの、富の源泉は何か。今は不動産や貨幣(および金利)だが、今後はAI・IT技術だろう。これら技術のおかげでモノやサービスが安く提供され、多くの人が貴族のような高水準の衣食住を手に入れる。すると人々は経済活動の代わりに文化活動に時間を費やし、ますます共感とつながりを求めるようになる。平安時代の短歌と後宮(文化サロン)と同じく、現代人はますますSNS上で発信し、サイバー上のコミュニティで他者と交流し、共感を得る生活にひたるだろう。その際の和歌に相当するものは何か。今は貨幣だが、未来社会ではツイッターのような何かのコミュニケーション様式やデータの使い方が交流を媒介するのではないか。

●2050 年の社会を予測する

 2050年の個人は、データ・IT 技術の活用やBI(ベーシックインカム)制度の導入によって楽しくない労働からは解放され、自分の欲しいものをもっと自由に手に入れるようになるだろう。例えば各人の特性に合わせた特注品の衣服や食事、さらには教育メニューなども個別特注品化するだろう。まさに貴族ライフだ。

 雑務はロボットが、定型的な情報の加工、論理判断型の作業はAI が担う。そうして生産性が上がるとBI(ベーシックインカム)制度が実現できる。すると最低限の生活が万民に保障され、生きるための労働は消える。個人が自由に使える時間が拡大して多くの人が文化活動にいそしみ、やがて貨幣や金銭に変わって文化やつながり・共感が大きな価値指標となるだろう。

 かくして2050年の社会では経済成長よりも文化活動が重視されるだろう。また、金や権力よりも、他人から共感され評価されることが人々の幸福度(最近のことばでいうとウェルネス)を高めるだろう。以下ではそうした社会の特徴を5つあげてみたい。

1.文化が花開く

 AIによって労働・雑務から解放されると、人々は文化・芸術活動にいそしむ。すでにビジネスの領域でも他者との差異化を図るための感性、美意識が重要になっている。例えば、スマートフォン。当初、日本市場ではバッテリーの持続時間や画素の細かさ等、機能性が訴求された。しかし、今や機能はあまり差別化要因にならない。むしろデザイン性とブランドへの共感を前面に押し出したiPhoneなどが人気を得る。

 政治の世界でも、ソフトパワーや文化が前面に出される。外務省は日本の魅力を海外に発信するため、ロンドン、ロサンゼルス、サンパウロの3か所にジャパン・ハウスを設立して、日本文化を売り出す。2025年大阪・関西万博でも文化を日本のプロモーション軸として前面に押し出す。2050年の世界は今よりもっと文化を重視する社会になる。その中でもしかすると日本はこれまでの欧州に変わって世界の文化のメッカになっている可能性がある。

2.個人レベルのつながりと共感に基づく他人からの「評価」が重視される

 平安の天皇制では洗練された文化を持つ者が評価され、出世した。2050年社会でも共感・つながりを得て他人から評価されることが、大きな価値基準となる。

 共感の時代はすでに始まっている。モノの購入ではインフルエンサーの意見やユーザーの評判が重視され、購買サイトではレビュー機能は必須だ。TwitterやInstagram、FacebookなどのSNSでも近況を発信し、他人の近況にも「いいね!」と共感を表してやっと完結する。

 インフルエンサーやYoutuberのように、周囲から共感され「評価」される事自体が存在価値となる職業も生まれた。ソーシャルメディアを中心に個人が社会から「評価する(される)」という視点が芽生えている。現代社会では「人から評価されること」の仕組みといえば信用格付けや偏差値、長者番付など地位やお金にまつわることが多い。だが今後は個人の文化的活動やつながりの追求と結びついていろいろな基準での個人の評価が花咲く。個人の他人からの「評価」はやがて新たな社会システムの中枢に位置するようになるのではないか。

3.ひとりひとりのための「特注品」製作環境

 2050年の個人は、特別な技能がなくとも、自分の欲しいものを入手できるようになる。現在でも靴や服などの特注品が昔よりは安く買えるがもっとその対象は広がる。ドイツ政府が推進するインダストリー4.0構想やマスカスタマイゼーションの発想がそれだ。マスカスタマイゼーションとは、低コストの大量生産を行いながらも、最終商品はそれぞれの消費者に合わせたオーダーメイドに見えるという生産の手法である。設計情報がデジタル化すると、商品の仕様をある程度消費者側が設定できるようになる。すると特注品に近いものを安く入手できる。データやIoT技術の活用拡大による生産効率の向上と、複雑化する製造ラインの運用をAIがサポートすることで、この構想は実現化される。2050年の社会では、先進国全般にマスカスタマイゼーション発の産業構造が成立するだろう。

4.「感情労働」が大事になる

 前述のとおり、2050年の社会では金や権力よりも、人々から尊敬され評価される者が力を持つようになる。何をもって良い・ 悪いを評価するのかというと、多分「いいね」という共感である。ニュース媒体も網羅性や即時性はインターネットが奪い、マス媒体が発信する情報の権威や信用はますます落ちる。

 AIでリサーチ等の代替可能な知的労働の価値は低下する。逆に、AIが不得手な「感情労働」の価値が上昇する。やさしい介護ヘルパーや看護士、セラピストのほうが専門性のない普通の医師よりもはるかに珍重される。ビジネスの文脈でも「コスパ」よりも「知覚品質」が重視される。つまりブランドやデザイン、アートなどをどう事業に組み込んでいくかが重要になる。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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