米国の世界支配が崩壊する予兆を感じさせた3月10日の2つのニュース
フーテン老人世直し録(696)
弥生某日
3月10日、注目すべきニュースが2つ飛び込んできた。1つは仇敵同士だったサウジアラビアとイランが中国の仲介で国交正常化に合意した。米国は全く蚊帳の外に置かれていた。
もう1つは米国で史上2番目の規模の銀行破たんが起き、銀行株が急落して金融不安の懸念が広まった。2つの出来事はウクライナ戦争と無関係でなく、フーテンは米国の世界支配崩壊の予兆を感じた。
ウクライナ戦争をフーテンは、米国のバイデン大統領が惨敗と見られていた中間選挙を有利にするため、ゼレンスキー大統領を使ってロシアを挑発したことから始まったと主張してきた。結果、バイデンは中間選挙の惨敗は免れた。しかし次期大統領選に出馬できるのかフーテンは疑問に思う。
サウジアラビアはイスラム教スンニ派の盟主、イランはイスラム教シーア派の盟主で、宗派対立から両国は中東を二分するライバル同士である。7年前にシーア派の指導者がサウジアラビアで処刑されたことからイランのサウジ大使館が襲撃され、それ以来両国は外交関係を断絶していた。
イエメンで両国の代理戦争が激しさを増し、両国関係は中東全域の不安定要因となっていた。しかし2年前からイラクなどの仲介で関係修復の動きが始まり、今年の3月6日から中国の北京で国交正常化交渉が行われ、中国の仲介で10日に合意が成立した。
この合意にエジプト、トルコ、湾岸諸国は歓迎の意を表しており、中東全域に安定をもたらした中国の影響力は一層拡大することになる。一方でイランと敵対しサウジとの関係を強めていたイスラエルの出方がまだ分からない。
米国のトランプ前大統領は、オバマ政権が作った「イラン核合意」から米国が離脱することで、イランを敵視するサウジアラビアとイスラエルとの信頼関係を築き、イスラエルとアラブ諸国を融和させようとした。
しかしバイデン大統領は「イラン核合意」を復活させる動きを見せ、サウジともイスラエルとも関係を悪化させた。さらに大統領就任直後にはアフガニスタンからの米軍撤退を表明、米国史上最長の20年に及ぶ「アフガン戦争」に終止符を打とうとした。
そのため米国がアフガニスタンに作った傀儡政権は、たちまちタリバン勢力に駆逐され、2001年に始まった「テロとの戦い」は米国の敗北で終わる形になった。これに米国の内外から厳しい批判が起き、バイデンの支持率は急落、昨年の中間選挙でバイデンは「死に体」になることが確実視された。
アフガン撤退をバイデンは「中国との競争に専念するため」と釈明したが、それだけでは「テロとの戦い」が何のための戦争だったのか国民に説明できない。バイデンは国民の意識から「アフガン撤退」と「テロとの戦い」を消す必要に迫られた。そのためには新たな戦争を起こすしかない。
中東での「テロとの戦い」を主導したのは、民主・共和両党に浸透するネオコン(新保守主義)勢力である。ネオコンの指導者ロバート・ケーガンの主張は「現代の国際秩序を創造したのは米国である。その国際秩序は軍事力があってのみ存続できる」というものだ。強がりが好きな米国人を喜ばせる主張である。
つまり米国は軍事力で民主主義を広めなければ、中国やロシアのような独裁国家が影響力を強め、米国が創り上げた国際秩序は破壊されてしまうと言う。この思想によってブッシュ(子)大統領は中東を軍事力で民主化しようと「テロとの戦い」を始めた。そしてアフガン撤退が示すように20年後に失敗が明らかとなった。
しかしネオコンは失敗を認めない。さらなる戦争に打って出なければ民主主義は危うくなると信じている。ロバート・ケーガンの妻ビクトリア・ヌーランドは、2014年にウクライナを操って民主主義革命を起こし、親露派政権を打倒した経験を持つ。その時ロシアのプーチン大統領はそれに反撃してクリミヤ半島を軍事占領した。
ヌーランドはバイデン政権で国務次官に就任し、プーチンが占領したクリミヤ半島をウクライナのゼレンスキー大統領に軍事力で奪還させようとする。2年前の3月、ゼレンスキーはウクライナ軍にクリミヤ奪還の命令を下し、東部地域の親露派武装勢力にドローン攻撃を仕掛けてプーチンを挑発した。
ヌーランドの作戦にバイデンは乗った。ロシア産原油に依存して米国離れを起こしていた欧州とロシアを敵対させ、代わりに米国産原油を輸入させるようにすれば米国エネルギー業界に利益がもたらされる。また「テロとの戦い」のように米軍は出兵せず、兵器をウクライナに送れば軍需産業も潤う。
ロシアを挑発して軍事侵攻させ、メディアを使って「侵略者プーチン」を宣伝させれば、国民の記憶から「アフガン撤退」は消え、米国のエネルギー・軍需産業を潤すことで、惨敗必至の中間選挙を有利にできる。
一方のプーチンはネオコンの意図を知っていたと思う。それなのになぜ国境を越えて軍を侵攻させたのか。最初は疑問に思ったが、次第に見えてきたのは米国の世界一極支配を崩壊させようとする策略である。
西側メディアに情報を提供しているのはロバート・ケーガンの義理の妹が創設したシンクタンク「戦争研究所」だ。つまり西側メディアはネオコンの影響下にある。従って中立的でない情報が西側世界にあふれ、西側では「ロシアは孤立している」、「プーチンは狂っている」、「ロシアは敗ける」という情報が飛び交う。
しかしよく見るとロシアは孤立していない。欧米はロシアと戦火をかわす気はなく、ウクライナに兵器を送るだけだが、ウクライナが求める兵器は送らない。欧米の主要な武器は「経済制裁」だ。つまり欧州にロシアのエネルギーを輸入させないことだ。それはプーチンも予想していて代わりにインドや中国に石油を輸出している。
「経済制裁」に賛成したのはG7を中心とする先進国の47カ国に過ぎない。プーチンと手を組むのはBRICs(ブラジル、ロシア、インド、中国、南アフリカ)を中心とする新興国で、アフリカ、中東、アジアのほとんどの国は「経済制裁」に参加しない。中でも注目は、米国の同盟国であるサウジアラビアとイスラエルがロシアと敵対しないことだ。
「経済制裁」はエネルギー価格を上昇させ、欧米は逆に猛烈なインフレに襲われた。インフレを抑えるためバイデンはサウジを訪れ石油の増産を求めたが、サウジは要求に応えず、米国に冷たい対応を示した。その一方で中国の習近平が訪問すると、米国に当てつけるような大歓迎で蜜月ぶりを見せつけた。
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