Yahoo!ニュース

能登半島地震、羽田空港事故のダブルショックを中国メディアはどう伝えたか

六辻彰二国際政治学者
輪島市の朝市通り(2024.1.5)(写真:ロイター/アフロ)
  • 能登半島地震を揶揄した中国メディアのアンカーが出演停止になったことを、中国国営メディアは大々的に報じた。
  • これに代表されるように、能登半島地震、羽田空港事故に関して中国国営メディアは政治と結びつけない姿勢を全面に打ち出している。
  • そこには「良識的に行動している」という国際的イメージの向上と、日本との経済関係を好転させる必要を優先させようとする中国政府の方針がみて取れる。

 国家統制のもとにある中国メディアは総じてイデオロギー的だが、能登半島地震と羽田空港事故については淡々と報道している。しかし、日本の惨状を政治に結びつけて論評しない姿勢は、かえって中国政府の政治的意思浮き彫りにしている。

「日本に罰が下った」の罰

 中国共産党系の英字メディアGlobal Times は3日、海南省のTV局、海南電視台のニュースアンカーXiao Chenghao氏が出演停止になったことを報じた。

 このアンカーはSNSに23万人以上のフォロワーをもつが、能登半島地震に関して「日本への罰だ」といった投稿をしていた。出演停止は、これをTV局が問題視した結果だった。

穴水町近郊で亀裂の入った道路にはまった自動車(2024.1.3)。
穴水町近郊で亀裂の入った道路にはまった自動車(2024.1.3)。写真:ロイター/アフロ

 東日本大震災などの時にも同様の反応があったことからすれば、一部とはいえこうした論調が出ることそのものは、驚くことではない。

 むしろここでのポイントは、TV局がこのアンカーを出演停止にしたことと、Global Timesが「中国のネット民の多くは出演停止というTV局の対応を歓迎している」と報じたことだ。

 中国メディアは多かれ少なかれ政府の統制下にある。つまりメディアはナショナリズムを煽る政府の宣伝機関としての役割を果たしてきたのである。

 ところが中国政府やメディアは今回、日本の不幸を喜ぶような言説はイレギュラーなもので決して中国を代表していない、とわざわざ世界に向けて強調しているのだ。

【資料】中国外交部Wang Wenbin報道官(2022.3.3)。能登半島地震と羽田空港事故に関して弔意を示し、日本政府に対して「必要な支援を行う用意がある」と述べている。
【資料】中国外交部Wang Wenbin報道官(2022.3.3)。能登半島地震と羽田空港事故に関して弔意を示し、日本政府に対して「必要な支援を行う用意がある」と述べている。写真:ロイター/アフロ

 中国政府は能登半島地震と羽田空港事故に関して公式に弔意を示しており、「必要な支援を提供する用意がある」とも述べている。

「原発の安全性」は疑問視するが

 その一方で、中国メディアのほとんどは、能登半島地震を「原発の安全性」の観点から報じる記事を一度は掲載している。

 北陸も原発が多く、懸念そのものは不当とはいえないが、そこには福島第一原発の「処理水」放出をめぐる外交対立もあるとみてよいだろう。

 たとえば新華社通信は3日、「日本の大地震は原発の安全性への懸念を高めた」と題する論評を掲載した。また、Global Timesも同日、同じような論評を掲載している。

 ただし、各社とも原発と絡めた論評は一度だけで、繰り返し発信したりはしていない。

【資料】福島第一原発「処理水」に関連して査察に訪れた国際原子力機関(IAEA)職員(2023.10.20)。メンバーには中国、韓国出身者も含まれていた。
【資料】福島第一原発「処理水」に関連して査察に訪れた国際原子力機関(IAEA)職員(2023.10.20)。メンバーには中国、韓国出身者も含まれていた。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 むしろ、能登半島地震に関する中国メディアの報道のほとんどは、いわば事実を淡々と伝えるものだ。たとえば新華社通信は連日、地震の規模や被害状況、救援活動などについて、現地取材を含めて報道している。

 羽田空港事故に関してもほとんど同じだ。Global Timesは海保機で5名の死者が出たこと、JALの機体から379名の乗客が脱出できたこと、そのなかに香港からの観光客14名が含まれていたことなどが事実に即して報道している。

 そこには英BBCのような「完璧な脱出劇」といった賞賛も、日本メディアによくある責任追及型の非難もなく、その意味では最も静かともいえる。

静けさの政治的意味

 繰り返しになるが、中国メディアには政府・共産党の宣伝機関としての顔が大きく、対立する国に対する攻撃的、一方的な論調も珍しくない。

【資料】習近平国家主席(2023.12.20)。「愛される中国」を目指して国際的イメージの向上に努めるよう厳命を下している。
【資料】習近平国家主席(2023.12.20)。「愛される中国」を目指して国際的イメージの向上に努めるよう厳命を下している。写真:代表撮影/ロイター/アフロ

 それが日本の二重苦に対して、ことさら好意的ではないが冷淡ともいえない態度をみせていることには、二つの背景をあげられる。

 第一に、中国のイメージ向上だ。

 習近平国家主席は2021年5月、「愛される中国」を目指して国際的なイメージ向上を厳命した。

 習近平体制のもと中国ではそれまで以上に、攻撃的、侮蔑的なメッセージの発信が目立った。しかし、それは中国が頼みとするグローバル・サウスでも支持を集めているとは限らない。

 とりわけネットリテラシーの発達した若者ほど、中国国営メディアの政治的論調に冷めた反応が多い、という調査報告もある。

 そのため中国政府が一時より攻撃的なメッセージ発信をトーンダウンさせているとすると、中国メディアの抑制的な報道ぶりも不思議ではない。

日米批判を抑制する国営メディア

 第二に、中国が日本を含む先進国との関係改善を意識せざるを得ない状況にあることだ。それを反映して、中国国営メディアはここのところ日本批判を控えるようになっている。

 その転機は昨年11月だった。

 たとえばGlobal Timesは昨年10月、岸田首相がフィリピンとの間で行った安全保障協力に関する協議を「日本は地域で‘破壊的な役割’を演じようとしている」と断じた。中国はフィリピンとの間に南シナ海の南沙諸島で領有権問題を抱えている。

 ところが11月、サンフランシスコで岸田-習会談が行われると「首脳会談は関係安定化に重要」「戦略的、互恵的な関係を確認」と、一転して未来志向的なトーンに切り替わった

APEC首脳会合で集合写真に収まる岸田首相と習国家主席(2023.11.16)。両者の直接会談と前後して日中当局者の実務レベルの会合が合意された。
APEC首脳会合で集合写真に収まる岸田首相と習国家主席(2023.11.16)。両者の直接会談と前後して日中当局者の実務レベルの会合が合意された。写真:ロイター/アフロ

 それと前後して、日中は貿易問題を協議する実務レベルの会合を定期的に開催することで合意した。

 中国は日本にガリウムなどの資源輸出を制限している一方、海産物輸入を規制している。これに対して、日本は中国に半導体製造に用いられるシリコンウェーハなど23品目の輸出を制限している。

 中国では昨年8月、若年失業率が20%を超えるなど、経済状況に悪化の兆しがみられる。

 こうした背景のもと、国営メディアの論調の変化からは、政治問題で譲るつもりがない一方、記録的なインフレなど悪化する経済状況を改善させるため、通商の安定化を優先させようとする中国政府の方針がうかがえる

 同様のことは、中国メディアにおけるアメリカ報道でも見受けられる。たとえば、やはり昨年11月にバイデン-習会談が行われた後、それまで「台湾を空爆するべき」と主張していた保守系コメンテーターがいきなり「アメリカとの連携」を掲げるといった極端な例もあった。

 この協議の後、アメリカは中国むけ制裁を一部解除していた。対立が避けられなくても、過剰な関係悪化が不利益と判断する点で、日米だけでなく中国の当局者もほぼ同じといえる。

 だとすると、いま中国政府は日本と無用の軋轢を抱えたくないタイミングなのであり、能登半島地震や羽田空港事故に関する中国メディアの抑制的な報道はその産物といえる。

 つまり、冒頭で紹介した海南電視台のアンカーは、習近平体制が煽ってきた反日ナショナリズムに乗って発信したはずが、「タイミングを読め」とばかりに出演停止に追い込まれたことになる。

 その意味で、中国メディアの静けさは政治的判断によるもので、状況が変われば再びそのトーンが強くなることも十分想定される。その報道ぶりが静かでも激しくても、中国国営メディアがとにかく政治的という点では変わらないのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

六辻彰二の最近の記事