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米国メディアに掲載拒否されたという中国大使館の意見記事に書かれていること 新型コロナ起源調査問題

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
(写真:ロイター/アフロ)

 米中の非難合戦で、政治問題化している新型コロナウイルスの起源問題。

 米情報長官室は、8月27日、新型コロナの起源に関する報告書を公表したが、それに先立ち、ワシントンDCの中国大使館はある動きをしていた。アメリカのメディアを通して、中国側の主張を述べようという試みに出ていたのだ。しかし、その試みは失敗に終わっていたようだ。

 同大使館はウェブサイトで、アメリカのメディアに意見記事を送ったが、それらはすべて掲載を拒否されたと述べ、拒否されたという意見記事を掲載している。

 「科学をベースとした起源追跡を支持、政治的ウイルスに反対」と題された意見記事では、まず初めに、以下の前文で、意見記事の掲載を拒否したというアメリカのメディアの対応を批判している。

「しばらく前から、いくつかのアメリカのメディアが、新型コロナが中国の研究所から流出したと主張し、中国側に誤りがあると思い込んでいる。アメリカの中国大使館は、事実、科学、正義の精神を尊重し、中国の姿勢を述べ、事実を明確にするために、いくつかのアメリカのメディアに意見記事を提出した。しかし、記事はすべて拒否された。我々に弁明する機会を与えず、間違った非難をする。これがアメリカスタイルの“報道の自由と言論の自由”というものなのか?」

 この前文の後には、アメリカのメディアに掲載を拒否されたという意見記事が続いている。この意見記事の中で、中国側は何を主張しているのか? またその主張について、欧米ではどんな指摘がなされてきたのか?

WHO報告書の結論は正当

 中国側は最初に、新型コロナの起源を知ることは今後起きるパンデミックを回避するのに重要だとし、科学に従う必要性を主張、WHO(世界保健機関)と中国の科学者が行った共同調査で、研究所を通じて人類が新型コロナに感染したというのは「極めて考えにくい」と調査報告書の中で結論づけていると、あらためて訴えている。

 この主張については、先日、WHO調査団のリーダーを務めたピーター・ベン・エンバレク博士が、デンマークのドキュメンタリー番組で、調査団の中国人研究者と、報告書内で研究所流出について言及する代わりに、追加調査は行わないという合意をしたと述べたことが、欧米メディアで報じられた。

米情報機関の調査の間違った前提

 次に中国側は、米調査機関の報告書の結論が自然由来であれ研究所由来であれ、新型コロナは中国の研究所で作られておらず、ゆえに調査は最初から間違った前提の下で進められたと調査自体を問題視、新型コロナは自然由来というのが、国際的研究機関や医療界のコンセンサスだと主張している。

 この主張については、確かに科学者たちは当初、新型コロナは自然由来とする声明文を医学誌に出していたが、その後、科学者たちは再調査の必要性を訴え、結局、今回の米調査機関の調査では新情報が不足しているという理由で結論に至ることができなかった。

研究所は安定的に運営

 中国側はまた、武漢ウイルス研究所のレベル4の実験室は常に安全で安定的運営が行われていたと主張。”バット・ウーマン(コウモリ女)”と呼ばれている研究員の石正麗氏が分離したコウモリのコロナウイルスは新型コロナと79.8%しか一致しておらず、ウイルスが研究所で生み出されて流出することは全く不可能と主張している。

 この主張については、中国に駐在していたアメリカの外交官が、2018年1月、外交電で、研究所の運営の安全性に問題があると警告していた。また、先日、米下院外交委員会のマイケル・マッコール筆頭理事が公表した報告書では、中国側は遺伝子操作した痕跡を消す技術を得ていた可能性があることが指摘されている。

求められた全データを提供

 中国側は、WHOの調査団に対しオープンで、透明性を持って、彼らが求めるすべてのデータを提供したと主張している。

 この主張については、WHO調査団側は特に感染が発生した初期の生データにアクセスすることができなかったと述べている。また、先のマッコール氏の報告書によると、9月12日の深夜に、ウイルスの検体情報を含む2万超のデータに突然アクセスできなくなったことが指摘されている。

新型コロナの欧米起源説

 中国側は新型コロナがアメリカやヨーロッパが起源ではないかとする憶測も展開している。

 新型コロナは2019年12月に武漢で最初の原因不明の肺炎患者が報告される前に、複数の場所で存在していたことを示す新証拠が出てきているとし、ニュージャージー州ベルヴィル市の市長が2019年11月に新型コロナに感染したと話していることや、アメリカで最初の感染例が出た2020年1月19日より前に少なくとも5つの州ですでに感染例が出ていたこと、2019年11月かそれ以前にはウイルスはヨーロッパで出現していたことなどを指摘している。

 この主張については、抗体を持っていることがわかったべルヴィル市の市長は「2019年11月に感染していた可能性がある」と2020年4月に確かに話している。

 また5つの州ですでに感染例が出ていたという件についても、確かに、2019年12月半ば〜アメリカで最初の感染例が出た2020年1月19日の間に、カリフォルニア州、オレゴン州、ワシントン州などで採取された血液から抗体が検出されたことが報じられている。

 しかし、ベルヴィル市の市長や5つの州で抗体が検出されたからといって、ウイルスが2019年12月にアメリカに存在したことを証明していることにはならないという科学者の見方もある。

 ヨーロッパについては、イタリアのミラノとトリノで2019年12月18日に採取された下水から、新型コロナの遺伝子の痕跡が見つかったことが報じられている。

 そして、中国は科学をベースにした起源の追跡調査には参加するが、政治問題化された調査には反対するとし、WHOの第2弾の調査は、事実を見つけるために、複数の国や場所で行われなければならないと訴えている。

フォート・デトリックとノース・カロライナ大学を疑う

 最後に、中国側はこの意見記事の中でアメリカにある研究所や大学に疑惑の目を向け、WHOによる調査が行われるべきだと主張。

「アメリカは自国の扉はきつく閉め、ウイルスは中国の研究所から流出したことを証明するために中国での起源追跡を扇動している。自国の研究所に疑わしい記録があることを考えると、アメリカは起源調査のためにWHOをフォート・デトリックとノース・カロライナ大学に招くべきではないのか? フォート・デトリックの透明性と安全問題に対して持たれている国際的懸念に答えるべきではないのか? ノース・カロライナ大学の研究所で行われているコロナの遺伝子改変や研究所の低い安全性について説明すべきではないのか?」

 フォート・デトリックとは、メリーランド州フォート・デトリックにある米陸軍の医学研究施設のことだ。かつて、そこはアメリカの生物兵器研究の中心だったが、現在はエボラウイルスや天然痘ウイルスなどの研究が行われている。中国側は、新型コロナはこの研究施設で作られ、流出したという“アメリカ起源説”のプロパガンダを昨年から展開している。

中国のプロパガンダ

 英BBCによると、“アメリカ起源説”を広めるのに重要な役割を果たしているのは、中国外務省のスポークスマン趙立堅氏のようだ。同氏は、昨年も「フォート・デトリックの研究所閉鎖の裏には何かあるのか?」「いつアメリカは、アメリカでウイルスの起源調査をするために、専門家を招待するのか?」とツイートして注目を集めた。

 また、最近では、同氏は、中国の愛国者シンガーが歌うラップソングをツイートし、“アメリカ起源説”を訴えているという。そのラップソングはこう歌っている。

「いくつの陰謀が研究所から生まれたのか? いくつの死体がタグをぶら下げているのか。何を隠しているんだ。フォート・デトリックへの扉を開けよ」

 超氏は、この歌について、中国の本音を述べているとツイートしている。

 また、中国の国営放送CCTVも「フォート・デトリックの背後にある暗黒の歴史」と題する特別番組を放送し、2019年に研究所が汚染水漏れで閉鎖された問題を指摘したという。

 もっとも、フォート・デトリックに中国側が疑惑の目を向けていることについて、ニューヨークタイムズは「中国の非難には正当性がない」というセトンホール大学の教授のコメントを掲載している。

 中国側はノース・カロライナ大学も新型コロナの起源ではないかと疑っているが、同大学では、前述のマッコール氏の報告書の中で、ウイルスの遺伝子操作をした痕跡を消す技術を生み出したと指摘されているバリック博士が研究をしており、中国国営メディアのグローバル・タイムズは同氏が新型コロナを生み出したと示唆している。また、同紙は、WHOにフォート・デトリックの調査を求めるオンライン請願書への署名活動を開始し、これまでに2500万人以上の署名を集めたという。

米中の攻防

 新型コロナの起源をめぐって、米中間で繰り広げられている、結局は状況証拠や憶測にしか基づいていない攻防。

 米中に共通しているのは、次のパンデミックを防ぐために新型コロナの起源調査をすることは重要であり、科学に基づいた調査を行う必要があるということだ。そのためには、透明性のある情報の開示が重要になるが、米国は中国がそれを行っていないと主張し、中国は行っていると主張している。この点で米中の見解が異なる限り、両国の攻防は平行線のままで続いて行くのではないか。

 米情報機関は今回の追加調査で結論に至ることができなかったが、WHOが第2弾の調査を行うことになった場合、中国側がその調査は政治的なものではないと判断して調査に参加し、求められている感染発生初期の生データをすべて提供するのか。また、複数の国や場所で起源調査が行われるべきという中国側の訴えが受け入れられるのか。今後の調査がどう展開されるか注目したい。

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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