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武漢研究所流出説、米政府高官も“ありえる”という見方にシフト WHO「流出説排除の圧力があった」

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
WHOのテドロス事務局長は新型コロナ起源の第2次調査を提案した。(写真:代表撮影/ロイター/アフロ)

 バイデン大統領が情報機関に新型コロナウイルスの起源に関する追加調査を求めてから再燃している「武漢ウイルス研究所流出説」。WHO(世界保健機関)が研究所流出説を含む新型コロナの起源調査に関して新たな動きに出た。

 WHOのテドロス事務局長が、7月16日に開いた非公開の会合で、加盟国に、新型コロナの起源をめぐって中国で第2次調査を行うことを提案したのだ。

 この調査には、2019年に最初にヒトへの感染が確認された地域にある研究機関の調査も含まれている。つまり、同氏の提案が実現されれば、武漢ウイルス研究所もまた調査対象になる。

 WHOがこのような動きに出たのは、WHOは中国に弱腰というかねてからの批判や再調査を求める世界の科学者たちの訴えが背後にあるからだろう。

“研究所流出説”排除の圧力があった

 テドロス氏はこの会合に先立ち、記者たちにこうも話した。

「武漢研究所からの流出の可能性を排除するのは時期尚早だ」

 2月、武漢研究所を調査したWHOのチームは報告書で、研究所流出の可能性は“最もありえない”という結論を出していたが、テドロス氏自身は「全ての仮説にまだ可能性がある」という見方を示していた。

 テドロス氏が“流出説の排除は時期尚早”としている背景には、自身も研究所のテクニシャンだったこととも関係があるのかもしれない。同氏はこう言及している。

「私自身も研究所のテクニシャンだった。私は免疫学者であり、研究所で研究してきた。研究所で事故は起きるものだ。私は事故を見たことがあるし、私自身、ミスをしたこともある」

 また「早い段階で、研究所がパンデミックの起源だという選択肢を外そうとする圧力があった」とも明かした。

 テドロス氏が求めているのは中国側の情報協力だ。

「中国には特に情報、パンデミック初期の生データについて、透明でオープンな姿勢で協力してほしい。特に研究所で何が起きたかを調査することは重要だ。パンデミック前とパンデミック発生時の研究所の状況に関する情報が必要だ。中国の協力は重要だ」

 しかし、同時に、テドロス氏は、

「完全な情報を得られたら、研究所とパンデミックの関係を排除できるかもしれない」

と中国は情報提供することで研究所流出説という仮説を排除できる可能性についても触れた。

WHOのお願いは中国に無視される

 もっとも、中国に協力を求めるというテドロス氏がした“異例のお願い”について、ジョージタウン大学の法学教授で、“公衆衛生法と人権に関するWHO協力センター”のディレクター、ローレンス・ゴスティン氏はAP通信に対してこんな皮肉なコメントをしている。

「WHOには、世界の健康にとって重要な情報へのアクセスを要求する力も政治力もない。テドロス氏は公職の権威を使うことしかできないが、無視されるだろう」

 弱いWHOは中国に情報協力を求めても、耳を貸されないというのだ。

 WHOの弱さについては、先日、CDC(米疾病対策センター)前所長のロバート・レッドフィールド氏もFOXニュースでこんな発言をしていた。

「WHOは(中国の影響を受けて)大きく屈したと思う。WHOは、世界の健康に関する条約で合意したことを中国に厳守させることができなかった。なぜなら、彼らは厳守するよう強いなかったからだ。WHOは、中国で起源調査をすることができる科学者たちを中国に決めさせた。WHOはその役割を果たしていない」

政治問題化しているのはアメリカ?

 中国は“弱いWHO”に対して強気な姿勢を崩していない。

 中国共産党機関紙『環球時報』の英語版グローバルタイムズが、中国外務省が15日、以下の発表をしたと報じている。

「48の国々がWHOのテドロス事務局長に書簡を送り、その中で、新型コロナ起源調査の政治問題化に反対、世界保健総会の決議に従って行動するようWHOに促し、ウイルスの感染経路について世界的調査を推進するよう求めた」

 その書簡はまた、新型コロナの起源に関するWHOと中国による共同報告書が世界的に行うウイルスの感染経路調査の基礎とガイドラインになるべきだと訴えているという。

 同紙は「中国は、ウイルスの起源についてオープンで透明性のある姿勢をとってきた。アメリカに率いられている国々がパンデミックの起源を政治問題化し、自分たちの利益のために科学者の成果を無視し、科学や真実を放棄した。こういった行動は世界のパンデミックとの闘いでは障害になる」と中国側の強い姿勢を伝えている。

バイデン政権高官も流出説もありえるという見方に

 研究所流出説をめぐって対立を始めたかに見えるWHOと中国。

 バイデン大統領の指示後、追加調査を進めているアメリカは、今、どんな立場を取っているのか?

 米CNNが、1年前は流出説に否定的だった民主党が、流出説に対する見方を変えていると報じている。

 追加調査状況について詳しいある人物が「国家安全保障担当補佐官のジェイク・サリヴァン氏を含むバイデン政権の数人の高官たちは、研究所流出説は自然発生説と同じくらい信ぴょう性があるという見方をしている」と明かしたという。

 また、その人物は、CIA(米中央情報局)のように1年前は流出説に懐疑的だった情報機関も、今は、流出説は調査対象として見ており、「見方がシフトしている」と話しているという。

 一方、米新型コロナ対策チームのトップ、アンソニー・ファウチ博士はあらためて、自然発生説を主張した。

「最も可能性があるのは、動物からヒトへの自然感染だ。21人の国際的に著名なウイルス学者や生物学者が最近論文を出したが、彼らは私と同じ考えを示している。私は経験のある彼らを信頼している。彼らはまた研究所流出の可能性についても偏見を持っておらず、その可能性も考えられると言っている。だから、すべての可能性に公平に目を向け続ける必要がある。しかし、彼らはより可能性があるのは動物からヒトへの自然感染だと感じている」

 つまり、バイデン政権は研究所流出説に対する信ぴょう性を高め始めたものの、まだ見方が割れている状況と言っていいだろう。結局のところ、追加調査しても明確な結果は出ないのではないかという声もある。

 バイデン大統領は追加調査に90日という期限を設けているが、その約半分の日数が過ぎ去った。バイデン政権は期限までに新型コロナの起源にたどり着くことができるのか?

(参考記事)

WHO chief says it was ‘premature’ to rule out COVID lab leak

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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