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「史上最大の隠蔽だ」 米議員報告書が示す武漢研究所流出の“圧倒的多数の証拠”とその本当のところ

飯塚真紀子在米ジャーナリスト
事故による新型コロナの流出が疑われている武漢ウイルス研究所。(写真:ロイター/アフロ)

 世界で2億人以上が感染し、420万人以上の死者を出している新型コロナウイルス。

 バイデン大統領の指示の下、アメリカで新型コロナの発生源に関する追加調査が進められる中、WHO(世界保健機関)のテドロス事務局長は、先日、第2次調査の必要性を訴え、中国側に情報開示に協力するよう求めたが、中国側は“ノー”と強く拒否した。

 そんな中、米下院外交委員会のマイケル・マッコール筆頭理事(テキサス州・共和党)が、83ページにも上る、詳細な調査報告書「新型コロナの起源 武漢ウイルス研究所調査」を発表、「起源調査を続けているが、武漢海鮮市場が感染拡大の源だという考えは完全に放棄する時だと思う。“圧倒的多数の証拠”が、ウイルスが2019年9月12日以前に、研究所から流出したことを証明している」と武漢ウイルス研究所がコロナの発生源だと主張している。

 マッコール氏が訴える“圧倒的多数の証拠”とは、いったい何なのか? 報告書を読んでみたが、以下のような証拠が提示されている。

(莫大な量のデータベースが突然消去された)

 ウイルスやコウモリやネズミから採取したサンプルなど重要な情報が記載されている莫大な量のデータベースが、2019年9月12日の深夜に突然消去され、研究所はその理由について明確な説明をしておらず、“コウモリ女”と呼ばれているトップ研究者の石正麗氏の説明にも一貫性がない。

 報告書は、9月12日以前に研究所から新型コロナが流出したと見ているが、それはこの日にデータベースが消去されていたからだ。

(空調システムが機能していなかった可能性)

 最初の感染が起きる2ヶ月半前、研究所では危険廃棄物処理システムや空調システムのリノベが行われたが、運営が開始されて2年も経っていなかった新しい施設でリノベが行われることは稀である。しかも、空調システムの修繕代が約606ミリオンドルという莫大な額だった。莫大な額のリノベが行われたということは、それまで空調システムが機能していなかった可能性がある。

 つまり、報告者は、これらのシステムが正常に機能していなかったために、新型コロナが流出したのではないかと推測している。

(武漢で行われたスポーツ大会で感染が内外に拡大)

 2019年10月に、武漢で“ミリタリー・ワールド・ゲーム”という軍事関係者のスポーツ大会が行われ、100カ国以上の国々から9000人以上のアスリートが参加した。大会中、多くのアスリートたちが、新型コロナに類似した症状を見せた。

 ルクセンブルクの選手は、武漢の空港に着くなり体温を測定され、武漢の街はゴースト・タウンだったと話している。

 カナダの選手は人口1500万人の武漢がロックダウン状態で奇妙に感じたが、大会参加者が移動しやすいようにしていると説明されたと言う。また、この選手は到着12日後に発熱、悪寒、吐き気などに襲われ、カナダへの帰国便では60人のカナダ人選手が飛行機の後部席に隔離され、咳や下痢などの症状を見せていたと話している。

 スポーツ大会終了後、自国に戻ったアスリートの中には、帰国直後、新型コロナに似た症状に襲われたアスリートもいた。

 スポーツ大会に選手を送った少なくとも4つの国では、最初の感染が報じられる前に、すでに新型コロナに類似した症状を見せる者が現れていた。

 報告書は、このスポーツ大会が初期のスーパー・スプレッダー・イベントの1つになったのではないかと推測している。

(研究所近くの病院の駐車場の車の数が大幅に増加)

 2019年9月、10月に撮られた武漢の衛星写真によると、研究所から6.5マイル以内にある5〜6の病院の駐車場に駐車する車の数が大幅に増加していた。同じ時期、武漢では、新型コロナに似た症状を見せる患者が数多く現れていた。

 これらの病院は研究所から地下鉄などの公共交通機関を使って行くことができる。また、研究所の研究者たちは、武漢の地下鉄や武漢国立バイオセーフティー研究所(以下、WNBL)が出しているシャトルバスを通勤に使っていたと思われる。つまり、多数のサンプルがあり、コロナの遺伝子操作を行っていた研究所に勤務する研究者がコロナに感染し、市中にウイルスを運んだと考えることは理にかなっている。

 報告書は、最初の感染は2019年の8月か9月に起きていたのではないかと推測している。

(中国人民解放軍と研究所の繋がり)

 2019年終わりには、中国人民解放軍の生物兵器専門家が、武漢研究所のBSL-4(バイオ・セーフティー・レベル4)のトップに任命され、研究所をコントロールしていた可能性がある。もし、その人物がコントロールしていたのなら、中国共産党は新型コロナの出現についてもっと早くから知っており、感染は早くから始まっていたことになる。

 また、研究所は、多くの中国人民解放軍の研究者たちと繋がりがあり、ウェブサイトにもその名前が掲載されていたが、2020年5月28日にそのリストは削除された。石氏は、軍の研究者と研究所のつながりを否定していたが、このリストが削除されたのは、同氏が、中国人民解放軍と研究所の繋がりをあやふやにしたかったからではないか。

 WNBLのバイオ・セーフティー・レベル4の研究所は、中国とフランスの合意の上に作られたが、2016年、中国は、数多くの防護服をフランスにリクエストしていた。フランス側はそのリクエストを拒否した。その数が必要以上に多いと考えたからだ。このことは、フランス国防省内で、中国が軍事研究をしようとしているのではないかという懸念を起こした。

(数多くの隠蔽行動)

 中国共産党や研究所の科学者たちが、研究所で行われている研究を隠蔽する行動をとっている。医師が拘留されたり、ジャーナリストが行方不明になったりした。また、サンプルを破壊し、ヒトヒト感染の証拠も隠蔽した。また、彼らは、WHOの追加調査を拒否している。

 彼らは、ウイルスは遺伝子操作した跡を消すことができるということを世界に伝えていない。ウイルスの遺伝子操作の跡を消す方法は、2005年に、ノースカロライナ大学のラルフ・バリック博士が生み出しており、2016年には、研究所の科学者たちもその方法を使うことができる状況だった。これまで科学界は、新型コロナは遺伝子操作の跡がないので人工のウイルスではない、自然由来だと主張してきたが、その主張はおかしいことになる。

 また、機能獲得実験が行われていたこと、その実験が歯科医院と同じような安全性レベルであるBSL-2という低い安全性の実験室で行われていたことも隠蔽されていた。この安全性のレベル下では、自然由来のウイルスや遺伝子操作されたウイルスは容易に実験室から流出し、市中感染を引き起こす可能性がある。

 これらの隠蔽行動は、初期調査を遅延させただけではなく、ウイルスが研究所から流出したさらなる証明となる。

 また、中国は2020年1月以降、新型コロナの起源を突き止める努力をほとんどしていない。中国がこれまでコロナ研究に莫大なリソースをつぎ込んできたことを考えると、新型コロナの起源を突き止める努力をしていないのはおかしい。

仮説を元にしたシミュレーション

 報告書では、新型コロナがどう発生し、どう拡大したか、仮説を元に、シミュレーションも行っている。

 事故による新型コロナの流出が起きる何ヶ月も前、WNBLでは危険廃棄物処理システムや空調システムに問題があったことから、リノベーションが行われていた。空調システムのリノベも必要になっていたため、研究所内では空気循環が悪化しており、空気中には新型コロナが長時間浮遊していた。

 また、時を同じくして、研究者たちはコロナウイルスの研究をBSL-2やBSL-3という安全性の低い実験室で行っていた。空調システムの不良のため、新型コロナは長時間空気中に浮遊しており、研究者は感染する可能性が高まっていた。

 研究所は従業員用のシャトルバスを運行させているが、新型コロナに感染した従業員はそれに乗った後、地下鉄で武漢中心部を移動して、市中に新型コロナを広げた。

 9月前半に、事故による流出が起きたことがわかった。その時は新型コロナがヒトヒト感染するとは知らず、また多くの人が無症状だったため、流出はあまり懸念されなかった。

 しかし、対策は講じられた。9月12日の深夜、研究所近くにある武漢大学が9月後半に研究所のインスペクションが行われるという通知を出した。高官はインスペクションの通知を同じ地域にある研究所にも出したと思われる。

 その2、3時間後、武漢研究所のデータベースが消去された。また約17時間後、WNBLはガードマンやビデオサーベイランスなどセキュリティーの調達をすると発表し、それにかける予算は120万ドルを超えていた。

 2019年10月のスポーツ大会は実施されたが、観客は入れられなかった。参加したアスリートやボランティアは感染し、市中に新型コロナを広げた。無症状感染していたアスリートやボランティアは大会終了後、自国に戻り感染を広げた。

 SARSの時同様、中国は感染を隠蔽し、武漢で新型コロナが拡大していたことがわかった時には、すでに新型コロナは世界中に広がっていた。

 2019年12月には武漢の病院は患者を受け入れられなくなるほどいっぱいになったため、感染を隠すのは不可能になった。2019年の終わり、中国人民解放軍の生物兵器専門家がWNBLのBSL-4実験室のトップとなり、感染に対応した。

 中国CDCの武漢支部はコロナ感染は武漢海鮮市場を訪ねた人にだけ起きているとしたため、新型コロナの本当の起源は曖昧なものとなった。

 2020年1月、研究所側は、研究所と利害関係がある米研究機関エコアライアンスのダスザック氏に、研究所が新型コロナの発生源だという陰謀論を抑えるための声明文を出すよう頼み、2月にその声明文が医学誌ランセットに掲載された。

史上最大の隠蔽

 マッコール氏はこう訴えている。

「今は、アメリカ政府が、新型コロナがどのように発生したか、真実を突き止めるためにあらゆる手段を講じる時だ。ダスザック氏を下院外交委員会に召喚したり、米議会は隠蔽に加担した研究所の科学者や中国共産党高官に制裁を科す議案を通過させたりする必要がある。これは史上最大の隠蔽だ。世界で400万人以上もの人々が亡くなったのだ。彼らは責任を問われなければならない」

 しかし、この報告書は、結局のところ、研究所から流出したという“動かぬ証拠”を提示してはいない。報告書で述べられていることは、あくまで、開示されている情報を元にして導き出された状況証拠に留まっているからだ。

 米政治サイトhills.comも「報告書の著者たちは、彼らの主張を確実に証明する“動かぬ証拠”は持っていないと言っているが、パンデミックの準備のために議会が対応し、ウイルス発生のコストを中国に科す必要性を提起している」という見方をしている。

 新型コロナは研究所から流出した可能性があるとこれまで力説してきた、WHO顧問のジェイミー・メツル氏も、報告書について、“時期尚早”という慎重な姿勢を見せている。

「新型コロナが研究所から流出したと断言するのは時期尚早だと思う。我々は中国のすべてのリソースにアクセスして完全に調査する必要がある」

 やはり求められているのは中国側からの完全なる情報提供ということになる。しかし、中国がそれを拒否している以上、“動かぬ証拠”を得るのは難しいのではないか。アメリカは新型コロナの起源をどう突き止めるのか?

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在米ジャーナリスト

大分県生まれ。早稲田大学卒業。出版社にて編集記者を務めた後、渡米。ロサンゼルスを拠点に、政治、経済、社会、トレンドなどをテーマに、様々なメディアに寄稿している。ノーム・チョムスキー、ロバート・シラー、ジェームズ・ワトソン、ジャレド・ダイアモンド、エズラ・ヴォーゲル、ジム・ロジャーズなど多数の知識人にインタビュー。著書に『9・11の標的をつくった男 天才と差別ー建築家ミノル・ヤマサキの生涯』(講談社刊)、『そしてぼくは銃口を向けた」』、『銃弾の向こう側』、『ある日本人ゲイの告白』(草思社刊)、訳書に『封印された「放射能」の恐怖 フクシマ事故で何人がガンになるのか』(講談社 )がある。

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