スリランカはなぜ急速に「破たん国家」に近づくか――危機と日本の関わり
- 南アジアのスリランカは経済危機に陥り、抗議デモの激化によって政治危機も深刻化している。
- そこには長年、大統領などの要職を握ってきた一族支配の弊害がある。
- 海外からの資金に依存した場当たり的な経済運営が破たんするリスクは、スリランカだけのものではない。
国際的な海上輸送の一つの拠点でもあるスリランカは、混乱の広がりによって国家としての体裁を保てない「破たん国家」に近づいている。これは世界に広がる政治・経済のリスクの氷山の一角といえる。
コメ価格が6倍以上に
ウクライナ戦争に注目が集まるなか、南アジアのスリランカでも危機が深刻化している。
スリランカでは急速に物価が上昇しており、3月には18.7%のインフレ率を記録した。その結果、通常1kgでおよそ80ルピー(約32円)のコメが、4月には500ルピー(約200円)にまで値上がりした。
これに並行して、電力不足で1日10時間以上も停電が続き、医薬品なども入手困難になっている。
こうした生活苦を背景に抗議デモが拡大するなかで4月1日、スリランカ政府は非常事態を宣言し、警告なしにデモ隊を拘束したり、SNSを遮断したりするなど、強権的な取り締まりを強めた。その結果、一晩で600人以上が逮捕されることもあった。
政権批判にまわる仏教僧
それでも抗議デモはおさまらず、4月3日には内閣が総辞職したが、ラージャパクサ大統領はその座にとどまった。これに対して、大統領も辞職するべきという声が高まり、抗議デモはむしろエスカレートする一方だ。
事態が泥沼化するなか、仏教徒が人口の70%以上を占めるこの国で、長年与党を支持してきた仏教僧までもデモに加わっている。スリランカ仏教界で指導的な立場にあるメダガマ・ダーマナンダ師は4月25日、「この国は急速に‘失敗国家’になりつつある」と述べ、政権に退陣を要求した。
治安や国民生活が悪化し、国家として最低限の役割さえ担えない国家は、失敗国家あるいは破たん国家と呼ばれる。高位仏教僧の口からこのパワーワードが出たこと自体、スリランカの混迷を示唆する。
この混迷はなぜ生まれたのか。そこには、コロナ禍やウクライナ戦争によるグローバルな混乱だけでなく、長年にわたる一族支配の弊害があった。
一族支配の果てに
デモ隊から辞職を要求されているゴタバヤ・ラージャパクサ大統領やマヒンダ・ラージャパクサ首相は兄弟で、しかもマヒンダは元大統領でもある。
ラージャパクサ一族はもともと2002年まで続いたスリランカ内戦でイスラーム勢力タミル・イーラム解放の虎(LTTE)と戦った、仏教徒の多いシンハラ人勢力の英雄だった。内戦終結後は2004年にマヒンダが首相に就任したのを皮切りに、2015〜2019年に一時的に野党に政権を譲ったものの、長年にわたってスリランカ政治に大きな影響力をもってきた。
その統治下でスリランカでは海外からの投資が増え、茶葉(セイロンティー)の輸出といった伝統的産業だけでなく、観光や運輸も活発化した。その結果、世界銀行の統計によると2003〜2012年の平均GDP成長率は6.7%にのぼった。
しかし、その影ではラージャパクサ一族とその取り巻きが政治・経済を一手に握る構図も生まれた。野党指導者で抗議デモの先頭にも立つハルシャ・デ・シルバ議員によれば、「ラージャパクサ一族は我々の生活のあらゆる側面に、タコのようにその手を伸ばしている…まるでこの国が彼らの王国ででもあるかのように」。
責任も異論も認めない権力者
こうした一族支配は、スリランカの成長を見込んだ海外からの投資や借り入れと、それに基づく景気に支えられていた。しかし、その資金フローが滞った2010年代後半から、スリランカ経済は行き詰まり始めた。
スリランカでは2019年4月、「イスラーム国(IS)」によるテロがコロンボの高級ホテルで発生し、200人以上の犠牲者が出た。これをきっかけに主力産業である観光にブレーキがかかったため、政府は税率を約30%カットした。
これは購買力と景気の回復が目的だったが、それと入れ違いに当然のように税収は低下し、国民生活への支援は難しくなった。
この税率カットに関して、コロンボにあるベリテ研究所の統括責任者ニシャン・デ・メル博士は「こうした決定は、経済にどんな効果があるかの分析や資料が欠かせないが、そうしたものは一切なかった」と批判する。
場当たり的な税率カットに関しては、先進国なども懸念を示していた。税収減によって、インフラ建設などの目的でスリランカ政府が借り入れていた海外からのローンの返済が難しくなるからだ。
そこに2020年からのコロナ禍と2022年からのウクライナ戦争が追い討ちをかけた。その結果、政府は海外に資金協力を求めたが、これまでのローン返済すら難しくなったスリランカに協力する国が現れないことは不思議でない。
つまり、スリランカ危機に国際的な要因があるとしても、そこには政府の失政も無視できない。
ところが、ラーシャバクサ政権は「経済危機はコロナが原因」と主張して失策を認めず、政府を批判するデモ隊のことは「テロリスト」と決めつけて抑え込もうとしてきた。スリランカ政府が自分の責任や異論を一切認めないことは、かえって市民の怒りを増幅させたことは疑いない。
物流はさらに不安定化しかねない
このスリランカ危機は国際的にはどんな意味があるのか。
まず、国際流通網への影響が懸念される。インド洋の海上ルート上にあるスリランカは物流の拠点となっており、世界海運評議会によるとコンテナ取扱量でコロンボは世界25位(日本の京浜地帯が21位)で、南アジア一を誇る。
ただでさえグローバル経済が不透明さを増すなか、インド洋海上ルートの要衝スリランカが破たん国家となれば、国際流通の不安定さに拍車がかかりかねない。
これに加えて重要なことは、スリランカのように危機が表面化していなくても、同じようなリスクを抱えている国が少なくないことだ。
そこでのポイントは、海外からの借り入れである。先述のように、スリランカの危機の背景にはラージャパクサ一族による国政の私物化があるが、これを後押ししたのは海外から流入した過剰な資金だった。2000年代以降、建設ラッシュと好景気に沸いたスリランカでは、人々の政治的不満が表面化しにくかった。
こうした構図は、多くの新興国に共通する。
リスクはスリランカだけか
しかし、その好景気は絶え間なく資金が注入されるという前提でのみ成り立つ危ういもので、スリランカに関していえば返済の見込みがある借り入れだったかは疑わしい。
スリランカというと、中国がハンバントタ港の租借権を担保に大量の貸付をした「債務のワナ」が有名で、これが経済危機の原因だという意見も珍しくない。ただし、スリランカの借り入れの大半は国債であり、中国債務の占める割合は10%程度だ。補足すると、日本による貸付も中国によるものと同程度である。
ところで、こうした過剰なまでの海外資金に頼った危うい統治はスリランカの専売特許ではない。世界銀行の統計によると、コロナ発生直前の2019年段階でスリランカのGDPに占める海外からの借入額の割合は約68.8%だった。
これを上回る国は、アジアだけに限っても、モンゴルやブータンなどその他4ヵ国ある。
また、スリランカより低いものの、カンボジアやモルジブなど、これに近い水準の国も少なくない。
アジア以外の地域を含めれば、その数はさらに増える。
借り入れの水準が高くとも、それを上回るペースで成長できれば、すぐさま行き詰まるとは限らない。とはいえ、コロナとウクライナ戦争でこれまでになくグローバル経済が不安定するなか、ダメージを受けやすい脆さを抱えている点で、これらの国はいずれもスリランカと大差ない。
それはひいては、透明性の低い政権に安易に資金を貸し付けた側にも跳ね返ってくる。その意味で、海の向こうの危機は日本にとっても無関係ではないのだ。