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【スリランカ】IS犯行声明は「次」の導火線になるか―パリから学べること

六辻彰二国際政治学者
スリランカ同時多発テロ事件の犠牲者の葬儀(2019.4.23)(写真:ロイター/アフロ)
  • スリランカ同時多発テロ事件で犯行声明を出したISは、アルカイダとライバル関係にある
  • 2015年にパリで2度も大規模なテロが発生したことは、メディア露出を重視するイスラーム過激派のレースを象徴する
  • スリランカ同時多発テロ事件の衝撃が大きかっただけに、アルカイダの活動を活発化させる懸念が大きい

 300人以上の死者を出したスリランカ同時多発テロ事件で「イスラーム国(IS)」が犯行声明を出したことは、周辺のアジア諸国で同様の大規模なテロが発生する懸念を高める。そのヒントは2015年のパリにある。

IS犯行声明がもたらす懸念

 4月21日にスリランカで発生した同時多発テロに関して、ISは犯行声明を発表。「十字軍連合(アメリカ主導の有志連合)の市民とキリスト教徒を狙った」と主張した。

 アメリカ主導の対テロ作戦にスリランカはほとんどタッチしておらず、ここで標的と定められていたのは主に高級ホテルにいた外国人を指すとみられる。

 念のために言えば、シャングリラホテルなどに滞在していたのはアメリカ主導の有志連合に協力的な国の出身者ばかりではなく、犠牲者のなかにはトルコ人や中国人の旅行者もいた。しかし、そうしたことはテロリストの論理からすれば大きな問題ではないのだろう。

 ここでむしろ重要なことは、ISが犯行声明を出したことそのものだ。なぜなら、ISによる犯行声明はアルカイダによる大規模なテロへの懸念を高めるからである。そのヒントは、2015年のパリにある。

2015年のパリで何があったか

 パリでは2015年、大きなテロ事件が2度までも発生した。

 同年1月7日、新聞社シャルリ・エブドが襲撃され、12人が銃殺された。この事件では、シャルリ・エブドがイスラームの預言者ムハンマドを揶揄するイラストをしばしば掲載していたことがテロの引き金となったことから、「表現の自由」とテロの関係が注目された。

 そして11月13日には、コンサートホールなど3カ所がほぼ同時に襲撃され、約130人が死亡した。この事件では、フランス政府は非常事態を宣言し、その後スポーツイベントなどが中止されるなど影響が拡大した。

 これら二つのテロ事件はどちらもイスラーム過激派によるものだったが、注目すべきは実行犯が別々の系統の組織だったことだ。1月の事件ではアルカイダ系の「アラビア半島のアルカイダ」が犯行声明を出したのに対して、11月の事件ではISが「シリアへの軍事介入」を理由にフランスを攻撃したと主張した。

メディア露出を意識する過激派

 なぜ、別々の組織が相次いでパリを襲撃したか。そこには、イスラーム過激派同士のレースがうかがえる。

 アルカイダとISはどちらもイスラーム世界に渦巻く不満を吸収し、彼らのいう「十字軍連合」を攻撃する点では一致していても、基本的に関係が悪い。イスラーム過激派の「本家」として台頭したアルカイダと、それから分裂した「分家」ISは、勢力を競い合ってきた。

 勢力争いにおいて重要なのがメディア露出だ。注目されればされるほど、戦闘員のリクルートや支持者の献金などで有利になる。

 この観点からみれば、2015年のパリはアルカイダとISのレースの舞台にされたといえる。つまり、2014年にISが「建国」を宣言して世界の注目を集め、これに危機感を募らせたアルカイダ系がシャルリ・エブド襲撃事件で注目を奪い返し、これに対してISがさらに死傷者の多い大規模テロを「花の都」で行ったとみてよい。

 パリでの2度のテロ事件の後、アルカイダ系とIS系による人目を引く活動のレースは各地でみられるようになった。2016年1月だけでも、ISがトルコのイスタンブール(12日)、インドネシアのジャカルタ(14日)で相次いでテロ事件を引き起こしたのに対して、アルカイダは15日にブルキナファソとソマリアでそれぞれ首都を一時占拠している。

スリランカのインパクト

 ここでスリランカ同時多発テロを振り返ってみよう。300人以上の死者を出す惨事となったこの事件は、世界のメディアをスリランカに集めさせた。「NZクライストチャーチ事件への報復」といった、いかにもイスラーム過激派受けしそうな主張も飛び交うことは、イスラーム世界のなかでの関心も高めざるを得ない。

 そのなかでISが犯行声明を出したことは、メディア露出レースでアルカイダに一歩リードしたことを意味する。シリアでの拠点を失い、勢力が失われたとみられてきたISは、これによって「活動がまだまだ活発」というメッセージを世界中に発信することができる。

 しかし、そうであるがゆえに、アルカイダが静かにしていることは考えにくい。ただでさえアルカイダは今、オサマ・ビン・ラディンの息子ハムザ・ビン・ラディンがリーダーとして台頭しつつあり、一旦はISに奪われた「イスラーム過激派の本流」としての座を奪い返そうとしているタイミングにある

 つまり、スリランカ同時多発テロの衝撃が強かったことは、アルカイダによる大規模テロを誘発しかねない危険性をはらんでいるのである。

アジアへの拡散はあるか

 とはいえ、同時多発テロ事件の後、スリランカでは非常事態が宣言され、警戒が強化されており、この状況下でアルカイダ系が割って入ることは難しいとみられる。

 しかし、メディア露出を優先させるなら、アルカイダにとってスリランカにこだわる必要はない。つまり、中東やヨーロッパだけでなく、スリランカ周辺のアジア諸国もアルカイダの標的になり得る。

 実際、テロは中東やヨーロッパだけでなく、アジアでも発生してきている。例えば、ミンダナオ島の周辺にIS戦闘員の流入が目立つフィリピンでは、2017年だけで692件が発生している(グローバル・テロリズム・データベース)。

 ただし、これまで既にイスラーム過激派のテロが目立った国だけが危険というわけではない。スリランカではこれまでイスラーム過激派の活動はほとんど確認されてこなかった。

 その一方で、今回の事件に関して、ドイツのイスラーム研究者スザンヌ・シュローター博士はスリランカが選ばれた理由として「簡単なターゲットとみられたから」と指摘している。

 だとすれば、スリランカのように、これまでイスラーム過激派の活動が活発でなくても、治安機関の能力が十分でない国、そしてムスリムが社会的な不満を募らせやすく、その一部が国際的なイスラーム過激派と手を結びやすい状況にある国なら、アルカイダの標的となる危険性はこれまでになく高まっているといえる。スリランカ同時多発テロ事件は、次の脅威の導火線になり得るのである。

国際政治学者

博士(国際関係)。横浜市立大学、明治学院大学、拓殖大学などで教鞭をとる。アフリカをメインフィールドに、国際情勢を幅広く調査・研究中。最新刊に『終わりなき戦争紛争の100年史』(さくら舎)。その他、『21世紀の中東・アフリカ世界』(芦書房)、『世界の独裁者』(幻冬社)、『イスラム 敵の論理 味方の理由』(さくら舎)、『日本の「水」が危ない』(ベストセラーズ)など。

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