「たいち41さいおめでとう」―。岡﨑太一監督(石川MS)の誕生日に愛弟子たちが仕掛けたサプライズとは
■サプライズバースデー
6月20日のことだ。試合前練習に入るとき、いつもどおりのミーティングの最後に「今日も頑張っていきましょう!」の締めの言葉が出た瞬間だ。突如、金沢市民野球場に「ハッピーバースデー」の曲が流れだした。
ふと球場のバックスクリーンを見ると、ビジョンに『たいち41さいおめでとう』のメッセージと写真が掲出されている。
この日、誕生日を迎えた石川ミリオンスターズの岡﨑太一監督は一瞬、きょとんとなった。するとそこへ、手拍子に乗ってバースデーケーキの登場だ。照れくさそうに一緒に手拍子をした岡﨑監督はロウソクをフーッと吹き消し、「ありがとう」と感謝の気持ちを述べた。
次にプレゼントが贈呈されると「え!まじ?」と驚き、ワクワクしながら開けて思わずニヤリと笑みが漏れた。入っていたのは自身の似顔絵が描かれたTシャツで、イラストの横に『走れタイチ』の文字、背中には『41さい』とプリントされている。
それを見た瞬間、「しぶっ」と口にし、さらに「もっと走るわ」と言って笑わせた。
そのときだ。選手たちが一斉に、着ている練習着を脱ぎ始めた。なんと、その下には全員が同じTシャツを着ていたのだ。これには「おい、おい、おい、おい…」と言葉にならない声を発し、すぐに自らも着替えた。
記念撮影をしながら岡﨑監督は、胸がいっぱいになっていた。ここまでしてくれる愛弟子たちの、その気持ちに感激していたのだ。
「こんなこと初めてやし、ビックリしたし、めちゃくちゃ嬉しかった。似顔絵、似ているのか自分ではわからんけど(笑)。でも、ほんま嬉しかった。まさかこんなことしてくれるなんて…」。
ここまでのサプライズは初体験だ。それだけに感慨もひとしおだった。そのおそろいTシャツを着て練習をする選手たちの姿に、岡﨑監督は目を細めて見入っていた。
「音響と電光掲示板役をしていた」という球団職員の納谷嶺太さんは、「選手主導でこんなことするのは、歴代の監督の中でも初めてだと思います」と、自身の選手時代から通じても初のできごとに、目を丸くしていた。
「それだけ選手たちに慕われているということですね」と岡﨑監督の求心力に感じ入り、と同時に選手たちの企画力、行動力に感心していた。
選手たちの見事な演出によるサプライズは大成功だった。
■“一大プロジェクト”の仕掛け人は誰だ?
選手自らが考え、成功させたこの「岡﨑太一監督の誕生日を祝うプロジェクト」。“仕掛け人”はともに今年入団した神宮朋哉選手と寺前湧真選手だ。
ミリオンスターズが独立3球団目だという神宮選手は、過去に所属したチームでも監督の誕生日を祝ってきた経験があったというが、とくに今年は「『この監督だからついていきたい、優勝したい』と思える監督」と、岡﨑監督を慕っている。
「あ、誕生日が1か月後だ」と気づき、寺前選手に「何かしよう」と持ち掛けたところ、即快諾。二人で頭をひねり、Tシャツをプレゼントすることに決定した。写真よりイラストのほうがおもしろいだろうと考えたとき、岡﨑監督の走る姿が浮かんだと寺前選手は振り返る。
「監督、いつも10キロ走ってるんで。誰よりも走っている。やっぱり走っているのが印象的」。
そこで『走れメロス』をモジッて『走れタイチ』の文字を添え、古代ギリシャ風の衣装をまとわせることにした。さらに年齢を「背番号みたいな感じで、『歳』を小さくひらがなで『さい』にしたのも、ちょっとかわいさを出したかった(笑)」とデザインが決まった。
イラストは神宮選手が自身のSNSを使って募り、「イメージどおりの絵を描いてもらえました。ポイントはもみあげが長いところ(笑)」と大満足の仕上がりだった。
製作は寺前選手が安価で作れる会社を探した。寺前選手もまた、学生時代の体育祭などでクラスTシャツを率先して作った経験者だったのだ。
ほかの選手たちに提案すると、全員が諸手を挙げて賛成した。「やっぱり監督の人柄やと思います。誰ひとりとして嫌がる選手はいなかった。少ない給料の中で負担にならないように、価格もできるだけ抑えました」と、寺前選手の値段交渉の手腕も光り、仕上がったTシャツは「かわいい」とほかの選手たちにも大好評だった。
■その日のゲームは・・・
「それだけにね…」と神宮選手は顔を曇らせる。その日の対富山GRNサンダーバーズ戦は、残念ながら6-8で敗れてしまったのだ。
先制されながらも追いつき、そこからはお互い取って取られての攻防が続いた。2点をリードされた八回裏に4度目の同点に追いついたのだが、九回表に2点を勝ち越され、サヨナラ勝ちを狙いにいった裏の攻撃を抑えられて黒星を喫した。
神宮選手は「監督のためにも絶対に勝ちたかった。僕も張りきって、(今季)初めて長打を打ったんですけど…」と「6番・セカンド」で出場して3打数2安打3得点していた。最後も自分に回してくれとネクストで祈ったが、目の前で攻撃が潰えてしまった。
出場はなかったが寺前選手も「神宮さんと冗談交じりで『シーズンの中で一番大事な試合かもな(笑)。一番勝たなあかん試合や』って話をしてて…」と口をそろえ、悔しがる。
勝てば試合後、さらなる企画を用意していたという。勝負ごとなので仕方のないことだが、白星をプレゼントできなかったことを非常に残念がっていた。
■41歳はどんな年になるだろうか
しかし、岡﨑監督にとっては十分すぎるサプライズな誕生日だった。もちろん試合に負けたことは普通に悔しい。けれど、かわいい選手たちの思いが痛いほど伝わり、心から喜んでいた。
そもそも「監督がチームのいい雰囲気を作ってくれている」と神宮選手が話すように、選手たちがやりやすいように岡﨑監督は腐心してきた。だが、これを契機にさらにまた、チームが一つにまとまったようだ。
「キュッとなったなと思いますし、チームの状態もすごくいい。やってよかったなと思いました」と、寺前選手もチームに与えた影響にうなずいていた。
岡﨑監督は、迎えた41歳という年齢について、こう語る。
「よくみんな言うけど、若いときに思い描いていた41歳とは全然違う。40歳を過ぎればもっと落ち着いていて、迷ったりしていないんだろうと考えていたけどねぇ(笑)」。
論語には『四十にして惑わず』と記され、40歳は『不惑』とも称されるが、その域には達していないと自己分析する。
若々しくハツラツとした青年監督は、これからも選手とともに汗を流し、一緒に悩み考え、気持ちに寄り添いながら、彼らの夢の実現に向かって懸命に手助けしていく。
(本文中の写真の撮影は筆者)
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