今さら聞けない「ジョブ型」雇用ってなに?【山本紳也×倉重公太朗】最終回
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変化の激しくなった現在では、今ある技術がいつ陳腐化するかわかりません。想像もしなかったところからディスラプターが現れて市場自体が消えてしまうこともあり得ます。誰にも将来の環境変化が読めないこの時代には、さまざまなことが否応なく変わっていくことでしょう。コロナウイルスの蔓延によって時代の変化が加速している今、働き方の概念だけでなく、個々人の働く目的や人生の意味まで問われるようになってきました。一人ひとりが、どう生き、どう楽しみ、どう責任を負うかを考える時代がやってきたのです。
<ポイント>
・ジョブ型に向いている会社、向いていない会社の判断基準
・真のジョブ型を追求すると、メンタル不調は増える
・日本はキャリアの安全を企業に押し付けていた
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■若者へのメッセージ
倉重:今は働き方の移行期ではないですか。いろいろな制度や考え方が揺れている中で、現役で働いている方やこれから就職する方に対して、どういうふうにアドバイスしますか。
山本:やはり、基本は会社をしっかり見ることです。今はオンラインになってしまって難しいのですが、会社を調査・研究するのと同時に、「自分が何をやりたいのか」「どうなりたいのか」をしっかり考えなければいけません。そのとおりになれるかどうかはわからないし、自分に合う会社が簡単に見つかるかどうかも分かりません。会社に入ってからも分からないことだらけですが、自分をしっかりと理解していないと、キャリアのスタートラインに立てないのです。ジョブ型かメンバーシップ型かの議論よりも、「自分がどうなりたいのか」「どうしたいのか」が先でしょう。
妄想でもいいし無謀でもいいので、自分がどういう仕事をしたいか、どういうキャリアを歩みたいか、具体的な仕事でなくてもいいので、将来的に、どういう形で社会貢献をしたいのか、周りからどう見られたいのか考えて、それを常に頭の隅に置きつつ、就職活動をして欲しいですね。
倉重:それは、時機に応じて当然変わってもいいわけですよね。
山本:もちろんそうです。
倉重:皆さんと対談していて、毎回そういう話になるので、本当にそうなのだと思います。だから、一度決めた目標は変えてもいいので、常に考え続けてください。
山本:たぶん対談している方々が、個が強く、ある意味わがままで、それをずっと貫いてきた人たちだからなのでしょうね。
倉重:なるほど。最後に山本さんの夢をお伺いして、私からの質問は以上にします。
山本:夢ですか。ちょうど先ほど、僕の夢を語らせてもらったかもしれません。自分の人生やキャリアを考え、1歩でも半歩でも、そこに向かって進む若者を1人でも多く増やしたいです。
倉重:いいですね。ありがとうございました。
■参加者からの質問コーナー
倉重:では、参加者からのご質問をいただくコーナーです。どなたからいきましょうか。やはり同じ人事コンサルのツルくんが一番親和性はあるでしょうか。
ツル:ありがとうございました。人事コンサルの端くれとして、先日書かれていたブログもとても興味深く拝見しました。私のところにも、ちょうど今「ジョブ型をやりたい」というお客さんが何社か来たばかりです。役員の皆さんに「そもそも御社はジョブ型についてどう考えてますか?」と聞いたら、皆違うことを言っていました。ジョブ型はそれくらい形のないものです。
山本さんも「ジョブ型を入れたい」という依頼を受けることが多いと思うのですが、「この会社はジョブ型に向いていない」もしくは「この会社だったらいけるのかな」という判断のポイントはございますか。
山本:本当の意味でジョブ型を追求すると、やはり終身雇用とセットでは無理だと思います。10万人規模の会社だとどうにかなるかもしれないですけど。終身雇用の会社でポジションを一度上がった人が落ちるというのは、まず難しいでしょう。他の国に行くと労働市場とセットなので、「この人にこのポジションをやらせたいから、あなたは外れて」と言われたら、普通は辞めないといけないわけです。そして市場で別のポジションを探します。ところが労働法の規制が厳しくて、労働市場の醸成されていない日本ではそれが起こりません。
終身雇用が前提で労働市場のない日本でも、ジョブ型にしようとすると、やはりポジションや給料を下げるか、辞めてもらうかの選択が必要になります。今の日本では法的に難しいところとセットでないと成立しません。
ツル:そうですね。
山本:だから、僕は20~30年前の成果主義導入のときにも、1,000人以下の会社には絶対にジュブ型は勧めませんでした。「皆が高齢化して、上が詰まってしまって誰も動けなくなるだけ」という話をして、止めたくらいです。物理的、客観的にはまずそれがあります。
それから、長年この世界にいた一人として言わせていただくと、実は20年ぐらい前にJILPTの労働研究雑誌にも書いているのですけども、成果主義がうまくいかなかったのは制度の問題ではなくて、意識が変わらなかったからだと思います。先ほどおっしゃいましたけど、経営陣が皆違うことを言っていては駄目ですよね。
ジョブ型がどういうもので、会社が何をしようとしていて、そのためには厳しいこともきちんと伝えて、降格させることとセットでやるのだという腹決めをしないといけません。
要は制度を作る人ではなくて、制度を運用する人たちが理解して覚悟を決めなくてはいけないのです。ですから、ファミリーライクな理念を掲げている会社は相いれないかもしれません。
ツル:なるほど。
山本:それが両立できるというのは、本当に理想だと思うのですけれども、簡単ではない気がします。
ツル:ありがとうございます。
山本:人事制度を部門ごとに皆変えてしまわないとダメでしょう。そうすると、結局パワー的に大企業でないと無理ではないですか。中堅と言われる企業だと、それだけの人とエネルギーを割くことができません。
倉重:ありがとうございます。では、産業医の中澤先生いかがですか。
山本:産業医の先生ですか。お手柔らかにお願いします。
中澤:ありがとうございました。ジョブ型になるとメンタルの問題が出ますよね。
山本:はい。このままで真のジョブ型を追求すると、メンタル不調の方は増えると思います。
中澤:お話を聞いているだけで、メンタルを病む人がたくさん出そうだと思いました。私が入っている会社でも、異動がきっかけで、全然仕事がなくなってメンタル不調になったというケースが多いのです。
そういう方々が復帰するときに、「やっぱり、あの仕事が自分に合ってなかった」とおっしゃるのですけど、人事的には職場復帰が原則なので、無理やり戻すケースが多々あるのです。そういうときは、仕方がないということですよね。
山本:ジョブ型雇用だったら、「もう元のジョブはできないよね。このジョブならできるかな」というように、違うジョブに契約し直すのでしょう。当然そのジョブのグレードが低ければ給料が安くなるということもあります。再雇用契約になるということですから。ジョブ型だと、個人事業主や、契約社員、パートと同じ考え方になりますね。
すごく勝手な言い方をすると、ジョブ型に移行したときに、現場や末端の社員ではなくて、制度を運用しなければいけないマネジャーのメンタル不調が増える会社のほうが、本当はいい会社なのだと思います。
倉重:えっ?いいのですか?
山本:少し言い方が悪かったかもしれません。要するに、マネジャーがその位悩まないといけない問題だということです。まぁ、マネジャーはそう簡単にメンタル不調にならない人がなってるはずという前提も重要ですが。
中澤:ありがとうございます。勉強になりました。
山本:社員が入社するときからジョブ型で入っていないと、今あるメンバーシップ型の会社をジョブ型に変えるのはやはり難しいと思います。
中澤:そうですよね。今もメンタル不調になっていて、グレードもなかなか下げられないという方がいます。制度的に仕方がないですけど。ジョブ型の場合は、そういうケースはスッパリ切れるのだろうかと、お話を聞いて思いました。
山本:今思い出したのですけど、僕がPwCという大企業を辞める前、最後にやっていた大きな仕事にシャープの再生プロジェクトがありました。シャープが鴻海に買われる前ですね。どうにかして、どこかからお金を入れて立て直そうとしていた時です。
本当は30代、40代の働き盛りには残って欲しいのですが、他でも仕事が見つかる社員ほど希望退職で出ていき、メンタル不調で戻ってきた人たちは辞めさせることのできない状態でした。そこに大変な矛盾を感じて「これはきつい」と思ったのです。どうしようもないのでしょうが……。
中澤:確かにそうですよね。そういうメンタル不調の方を辞めさせるのは、本当に難しいです。
山本:そういうところは、国が制度的に支えないと無理だろうと思っていました。会社が倒れたら何万人が職を失うわけですから。
倉重:そこは福祉的雇用、ひいては社会保障の問題になってきますね。個別の企業、1社でどうこうという話では限界があります。
山本:障害者を含めて、そういう人たちを守らなければいけないことも分かるのですけどね。
倉重:今までキャリアの安全を企業に押し付けていました。これをどう社会で分かち合うかという議論をしていかなければいけないと思っています。
中澤:確かにそうですね。
倉重:では、最後に蟹の女王から質問なのですけど。
柏:株式会社ピグマリオンという研修会社の代表をしております、柏と言います。初めまして。今日はどうもありがとうございました。
山本:勝手なことばかり言っていました。
柏:いえいえ。4年前まで、フランクリン・コヴィー・ジャパンという会社でコンサルをしておりましたので、おそらく、どこかで山本先生とはニアミスをしているのではないかと思いますけれども。
外資に12年いましたので、どちらかというとアカウンタビリティー型に慣れてしまって、なかなか日本型雇用が分からないのですけれども。経営理念が専門で、いろいろな研修をお客さまに依頼されています。その中で、山本先生がおっしゃっていたように、10年も20年もメンバーシップ型でやってきた人たちがジョブ型に移行するのは本当に難しいと思っています。
12月にも、コード名「おじさん研修」を頼まれました。今40~50代で、退職まで20年以上あるという方に対して「カンフル剤になるようなことをしてください」という依頼をいただいているのです。
来年のことも分からないのに、「5年先のキャリアシートを書いてください」というような古いキャリア研修をやりたくありません。こういう人たちにどういうアドバイスをしたらいいのでしょうか?
山本:ありがとうございます。まず、ご質問にお答えする前に、シニアの話をさせてください。ご存じだと思いますが、シニアといわれる60歳以上の再雇用のところで、ジョブ型雇用が出てきているのです。
シニアの再雇用は一律何%給与をカットするという報酬制度が多いのですが、シニア雇用者が増えてくると、お察しの通り、仕事のできる人とできない人が顕著に出てきます。そこで差をつけるべきということで、一律給料カットではなくて、ジョブ型給与が出てきているのです。
60歳になってからいきなりジョブ型にするのは無理だから、もう少し前から始めようという議論が出てきている会社もあります。「両サイドから挟み撃ちができるといいのに」と思うことがあるのです。
僕のお付き合いのある大企業に、課長の平均年齢が50歳を超えている会社があって、その人たちに研修をしています。本来の研修は、50歳以上の管理職が20歳そこそこの人たちをどうやってマネジメントするかというお題を与えられているのです。
ただ僕は毎回「あなたたちが辞めるのはたぶん70歳ですよね。今50歳だったら、あと20年あります。部下のことを考えるよりも、自分たちのことを心配したほうが良いのではないでしょうか?」という振りを、どこかのタイミングで必ず入れます。
部下のキャリア研修という題目ではなくて、自分たちが70歳まで働ける会社にするためには、どうすればいいのかを考えてもらうためです。「自分たちが70歳まで生き生きと働いていれば、放っておいても下の世代はいい会社だと思います。そのためにどうすれば良いかを考えましょう」というふうに話を持っていきます。
柏:そうですね。
山本:ただ、頭で考えるとの意識や行動が変わるのは違いますけどね。
柏:なかなか難しいと思っていまして。これだけ環境変化が激しいと、人事の方もある意味、コンサルに丸投げしなければ仕方がないというところもあります。
山本:目の前の仕事で手一杯ですものね。
柏:そうですね。ただ「自分たちが70歳まで働けるような組織にするために」という切り口はいいかもしれないです。
山本:今、おっしゃっていただいたように、人事が忙しくて考えられないんですよね。私は、今の課題を解決しなければいけないグループと、将来のことを考えるグループを分けるべきだと思っています。人材開発というのが部としてきちんと存在するようになって、さらに、人事よりも人材開発が重要視されるようになってきている中で、経営企画や人事、人材開発という部署は、直近3カ年計画をどうするかという部隊と、もっと先を考える部隊を分けなければいけないと思います。両方考えるのは無理だと思うのです。
柏:そうですね。課題にぶつかっていたので、アドバイスをいただけて良かったです。ありがとうございます。
山本:これも言うのは簡単なのですが、どうやって社員の意識改革をするかというと、本当は、ダメな人をクビにするしかないのだと思っています。そうすると、皆の意識が変わると思います。
倉重:危機感と労働者の生活安全性と社会保障を両立させなければいけないですよね。それこそが新時代の日本型雇用のグランドデザインだと思います。もうそこから逃げてはいけない時代に入ってきたと思います。個人的にはそれを突き詰めて考えていきたいと思っています。
柏:はい。ありがとうございます。
倉重:すみません、長時間に及んでしまいましたけれども、お付き合いありがとうございました。
山本:とんでもないです。こちらこそ、ありがとうございました。
(おわり)
対談協力:山本紳也(やまもと しんや)
株式会社HRファーブラ代表 (元PwCパートナー)
上智大学 国際教養学部 非常勤教授
早稲田大学 国際教養学部 非常勤講師
IMD Learning Manager & Business Executive Coach
1985年慶応義塾大学理工学部卒業後、エプソンにてソフトウエアエンジニアとして従事後、イリノイ大学MBA修了。その後、約30年(内15年間PwC)に渡り組織人事コンサルタントとして活動。