組織不正は「正しさ」から生まれる(前編)
――――――――――――――――――
組織の不正は、必ずしも悪意から生まれるわけではありません。むしろ、日々の業務の中で無意識に積み重なっていく小さなずれが、最終的に大きな問題となって顕在化するものです。今回は『組織不正はいつも正しい』の著者、立命館大学経営学部准教授の中原翔さんをお招きし、組織不正がなぜ生まれるのかという本質と予防策について伺いました。
<ポイント>
・組織不正は個々の「正しさ」の積み重ねから生じることがある
・現場と経営層のコミュニケーションギャップが不正を引き起こす
・多様性と健全な疑いの目が組織不正を防ぐ鍵となる
――――――――――――――――――
■ 組織不正の本質
倉重:「倉重公太朗のこれからの『働く』を考えよう」という連載です。今日は大阪から、中原翔先生にお越しいただきました。簡単に自己紹介をお願いできますか。
中原:立命館大学経営学部准教授の中原翔です。2024年4月に着任しました。前職では大阪産業大学経営学部に8年間勤務し、講師・准教授を務めながら、学長補佐として全学的なマネジメントにも携わりました。
倉重:経営側の経験もあるのですね。
中原:学長補佐は一般的には聞き慣れない役職かと思いますが、全学にかかわる多種多様な職務に携わりました。
倉重:今回は『組織不正はいつも正しい』という本に基づいて対談します。「組織の不正」に着目した理由は何ですか?
中原:私は大学院で「組織の不祥事」を研究してきました。「不祥事」は客観的な危害が生じる結果を指し、「不正」はプロセスの逸脱を意味します。最近は製造や認証のプロセスからの逸脱が多く、これらの社会的事象と研究を結びつけることに関心がありました。
■ 意図的でない不正の危険性
倉重:「不正のトライアングル」という考え方がありますが、「組織不正」は個々人が正しいと思っていても、結果として不正になるということですね。
中原:そうです。新書を出版したあとに考えていることですが、意図的な不正は内部通報のリスクがあるため拡大しにくい一方で、意図のない不正は通常業務と同じように広がりやすく、法的基準と照らし合わせた時に逸脱が判明することが多いと考えています。
倉重:日本人は真面目な方が多いですが、小さな逸脱が積み重なって大きな問題になることがあるということですね。「無関心」も要因の一つですか?
中原:そうだと思います。実際、故意に不正を働く人は少ないと思います。
むしろ日常業務の中で自分たちが不正を起こさないがゆえに、不正に対して無関心になりがちです。
私も「研究不正」という言葉は耳にしますが、自分がまさか研究不正をするとは思わないので、かえってリスクがあると思うときがあります。逆説的ですが、不正について詳しくないからこそ、何が「不正」に該当するかを正確に理解しておく必要があります。
倉重:つまり個々の業務は適切でも、全体として見ると基準から外れたり、ルールを逸脱したりすることがあり得るということですね。
■ 個人の正しさと組織の不正
中原:トヨタの事例でも、豊田章男会長が「認証の全体像を理解している人は一人もいないのではないか」と述べました。一人ひとりは不正をしようとは思っていなくても、どこかで歯車が狂うことがあると考えています。
倉重:報道で「組織的な不正」と聞くと、悪意ある人物が隠蔽しようとしたと想像しがちですが、実はそうではないということですね。
これは多くの日本企業に関係する重要な視点だと思います。
具体的な事例として「自動車の燃費不正」について日本独自の基準が原因だったようですが、説明していただけますか?
中原:当時の日本には「JC08モード」という独自の燃費試験基準がありました。この基準は「惰行法」という方法を用い、あくまで無風状態を想定していたのです。
しかしスズキや三菱の試験場は丘の上にあり、風の影響を受けやすく、気温によっても測定結果にばらつきが出ました。
真面目に測定しようとすればするほど、正確な燃費が測れないという問題があったのです。
倉重:そのため、タイで試験を行う必要があったのですね。
中原:三菱の場合はタイで測定を行ったケースもありました。実直に測定しようとすればするほど、正確な燃費が測れないという状況が前提としてありました。
倉重:真面目にやろうとすればするほど、問題が生じるのですね。
中原:三菱はアメリカの、スズキはヨーロッパの測定方法(あるいはそれに準じた測定方法)を使っていました。出荷先には合理的に対応しようとしていましたが、日本の基準では違法性が認められてしまいました。この状況を見て、両社を単純に責められるのかどうか疑問に感じ、基準や測定方法の関係性について言及したのです。
■ グローバル基準とのギャップ
倉重:ご著書でも触れていたように、フォルクスワーゲンの例もありました。
フォルクスワーゲンはテストの時だけディーゼルの排ガス量を少なく見せるようにソフトウェアに仕込んでいました。
あれは悪意があるプログラムだったと思います。
それと違い、今回は欧州基準やアメリカ基準などに合わせて自分たちが考える合理的な方法でやったのに、「日本市場では適合しない」と言われたわけですね。
中原:日本の基準がグローバルスタンダードに合っているかという問題も考慮する必要があります。燃費不正の場合は、国交省も後に国際標準の「WLTPモード」を採用しました。
倉重:これは国際標準なのですね。
中原:日本独自の「JC08モード」において定められていた惰行法で企業が責められることに違和感があり、そのような観点から書いています。
倉重:この基準は国交省と経産省が主導したのですよね。
欧米と異なる日本独自の基準で、日本の消費者に燃費が良く見えるようにしたかったということですね。
中原:ただし、各国が自国の事情に合わせた基準を設けることはその当時一般的で、それ自体は問題ではありません。
国交省や経産省がこの基準を設定したこと自体は正当です。ただ、この基準で測定が難しい場合、企業が海外の基準を参照せざるを得なかった状況も理解できます。この「正しさ」のベクトルのずれが不正の原因になっていると考えています。
倉重:行政、自動車メーカー、海外それぞれの「正しさ」が乱立し、方向性が一致しないことで不祥事や不正が起きてしまうのですね。
■ 東芝の不正会計問題
倉重:次に「東芝の不正会計」についてですが、これは「時間軸の見方」の問題から生じているのでしょうか。
中原:東芝は「100億円チャレンジ」という過大な利益目標を短期間で達成するよう求めたことが重要な点だと考えています。多くの企業が高い目標を掲げることはありますが、東芝の場合は実現がほぼ不可能な要求でした。
問題の根源は、トップが市場に対して実現困難な約束をしてしまったことです。
通常は現場の能力を考慮してから株主に発表するべきですが、逆の順序になってしまいました。
結果として、現場は無理な要求に応えるため不正に手を染めざるを得なくなりました。
倉重:東芝の経営陣は「赤字は許されない」という姿勢だったのですね。
中原:トップと現場の時間感覚のずれが問題でした。トップは短期間での達成を求めましたが、現場はそれが不可能だと認識していました。
倉重:例えば映像事業やPC事業で、5年や10年かけて黒字化を目指すなら可能だったかもしれません。しかし、経営陣は次のクオーターでの結果を求めていたのですね。
中原:ただし、トップの意図は私利私欲ではなく会社存続のためであった点も踏まえる必要があります。その意図は理解できますが、アプローチの順序が間違っていたと思います。
倉重:これは積極的な悪意というより、事業を何とかしたいという思いのすれ違いから起きたということですね。
結局は事業撤退などの経営判断が必要ですが、現場の感覚を無視してはいけません。
東芝も以前は現場と経営の対話があったそうですね。
中原:元々東芝は現場との対話を大切にしていました。
株主ばかりを重視すると現場が軽視されがちなので、現場を優先する経営が必要だと感じます。
倉重:公益資本主義を掲げる大企業でも、上層部ばかり見て現場を無視すると誤った施策を行う可能性があります。
ビックモーターの件と同様、上からの圧力で短期的な対応を迫られた結果のように見えます。
中原:私は、不正行為そのものより最終的にずれが顕在化する過程に関心があります。「構造的な問題」として、どこでずれが生じ、それがどう顕在化したのかが重要です。現場でどのようなことが起きたのかは、最終的な結果に過ぎません。
倉重:慢性疾患が最終的に表れた場所のようなものですね。
中原:体の病気と同じで、症状が出ている箇所と根本的な原因が別にあることがあります。これを理解しないと、根本的な原因が解決せずに同じ問題が繰り返し起こる可能性があります。
倉重:特定の現場や社長を変えれば解決するという単純な問題ではないのですね。
みんな事業を成功させたいという思いは同じなのに、それがずれたまま進んでしまうことが問題で、そうでないと別の形の不正が起こりかねないということですね。
■ ジェネリック医薬品の問題
倉重:ジェネリック医薬品の話に移りましょう。
「大量生産しろ」という国からの要求から品質不正が始まったのでしょうか。
中原:ジェネリックは主に医療費抑制のために推進されています。
国も80%以上のシェア目標を掲げて推進していました。
倉重:2020年頃から医薬品業界の不正製造問題が表面化しましたね。
中原:これも製薬メーカーだけの問題ではないと考えています。
もっと広い視野で見る必要があります。
倉重:広い視野とは具体的にどういうことですか?
中原:企業や現場だけの問題ではないということです。
医療費抑制のためにジェネリック医薬品が必要とされ、国も推進しているという背景があります。企業だけの問題として考えてしまうとリスクがあるのです。
倉重:国の方針に従う中で、製薬メーカーは生産設備や人員の準備が整わないまま突貫工事的に対応せざるを得なかったのかもしれません。
現場の状況を把握していれば、国の政策も変わった可能性がありますね。
対話の欠如がこのようなずれを生み出しています。全ての関係者が良かれと思ってやっているのに、結果として崩壊しているわけですね。
中原:さらに重要なのは、製薬業界が守るべき「GMP省令」(医薬品及び医薬部外品の製造管理及び品質管理の基準に関する省令)には、製造現場における必要な人員数の明確な基準がなかったことです。そのため、不正製造の原因を単純に「人員不足」とするのは適切ではありません。厚労省も事後的に人員基準を定めようとしています。
倉重:後から具体化しているのですね。
中原:これはメーカーだけを責める話ではなくて、マクロ的な要因が現場にひずみをもたらしたのではないでしょうか。
倉重:何が必要だったと考えますか?
中原:量産体制についての対話です。国がジェネリック医薬品を増やす方針を打ち出す際、どの程度なら無理なく増産できるかを企業と十分に話し合うべきでした。急激な量産要求に対して設備や人員が追いつかなければ、不正製造が起きる可能性は高くなります。この種の対話が最も必要だったと考えます。
倉重:対話だけで十分でしょうか? 対話は双方に譲歩の意思がある時にのみ成立すると思います。国が方針を決めた後、企業が無理をして「できます」と言ってしまう状況は、様々な業界で起こり得ますね。真の対話を実現するにはどうすればよいでしょうか。
中原:私が言う対話は、フラットな関係性を想定しています。国、都道府県、製薬企業の力関係の差を考慮し、国や都道府県がジェネリック拡大のペースを緩めるなどの配慮が必要だったのではないでしょうか。
倉重:東芝の例と同様、上層部が現場の声を聞くことが重要ですね。国や地方公共団体がメーカーの声をよく聞くべきだということですね。
(つづく)
対談協力:中原 翔(なかはら しょう)
鳥取県生まれ。立命館大学経営学部准教授。2016年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。同年より大阪産業大学経営学部専任講師を経て、’19年より同学部准教授。‘22年から’23年まで学長補佐を担当。主な著書は『社会問題化する組織不祥事:構築主義と調査可能性の行方』(中央経済グループパブリッシング)、『経営管理論:講義草稿』(千倉書房)など。受賞歴には日本情報経営学会学会賞(論文奨励賞〈涌田宏昭賞〉)などがある。