新入社員に迎合するな?Z世代の育て方(前編)
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今回のゲストは、東京大学経済学部教授の舟津昌平さんです。著書の『Z世代化する社会』の中で「Z世代」と呼ばれる現代を生きる若者たちの姿が明らかにされています。新卒で入社したものの成長に不安を感じて早期離職したり、些細なミスで落ち込む若者の生きづらさは、社会全体が抱える問題にも繋がっています。対談では「Z世代」というフィルターを通して、私たちが生きている社会の変化を探りました。
ポイント:
・若者はなぜ「お客様感覚」になってしまうのか?
・1on1ではプライベートの話をすべき?
・怒られない職場の不健全さ
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■「Z世代化する社会」について
倉重:「倉重公太朗の働くを考えよう」対談コーナーです。今日は東大の舟津先生にお越しいただいています。よろしくお願いします。
今回は『Z世代化する社会―お客様になっていく若者たち 』という先生の本をテーマに、対談を掘り下げていきたいのですが、その前に簡単に自己紹介を頂いてもよろしいですか。
舟津:ご紹介にあずかりました舟津 昌平と申します。
東京大学の経済学部に勤めており、専門は経営学で、経営学者です。
経営学の中でも特に経営組織論やイノベーションマネジメントという領域が専門になります。
今回の『Z世代化する社会』という本はやや特殊な本というか、あまり専門領域には引き付けずに若者について論じた本になっています。
倉重:組織変革の本なども書かれていますよね。
舟津:他に『組織変革論』という本も出していますが、そちらのほうが私の専門にかなり近いものになります。
倉重:今回「Z世代化」というものに注目したのは何か理由があるのですか?
舟津:私は大学の教員なのでZ世代の人たちと接する機会が非常に多いのですけど、率直にコミュニケーションが難しいと思う場面もあり、私的にいろいろ研究してたんですね。
そのテーマについてゼミ生たちと研究したものを学会で発表したところ「非常に面白いので出版しないか」と声を掛けていただいて、それをきっかけに企画が動きました。
倉重:しゃべっているのを注意したら逆に怒られたりするようなことが本当にあるのですよね。
舟津:これは本当に「あるある」といいますか、大学の先生でも結構本気で悩んでいる方もいらっしゃると思います。
倉重:これは大学に限らず、恐らく小中高などでも怒られた経験がないということなのですよね。
舟津:その傾向は強いと思っています。
倉重:恐らく家庭でも優しく育てられているという方が多い感じですか?
舟津:予想ですけれども、そういう方針のご家庭は増えているのではないかと肌感覚で思います。
倉重:そのような中で「大学がテーマパーク化している」という記述が非常に面白かったです。当然社会に出るとそうではないですよね。
舟津:学生の時は「お金を払っている限りは」というお客さま的な感覚が出てしまうのは仕方ないとして、会社に入れば真逆の立場になります。
その立場の転倒は、学生を卒業したての若手社員にとっては想像を絶するような衝撃になるのではないかと思います。
■ 職場での若手の反応と注意の難しさ
倉重:私もハラスメント研修などで相談を受けたりしますが、今の若者は上司から注意を受けたり、説教されることに耐性が全くないということでしょうか。
舟津:これは誇張ではなく、小中高大の先生は子どもを注意できなくなっています。やはり、怒ること自体が怖くなってしまっているのです。
倉重:注意したら、逆にPTAが怒鳴り込んできて学級崩壊したということが、リアルにありました。
舟津:別にお題目でもなく本人のためを思えば注意すべきという面は絶対にあると思うのですけれども、なかなかそのようにもできなくなっています。
倉重:世の中がハラスメントの法律やコンプライアンスを過剰に気にしたり、いろいろなところから圧力がかかったりすることを考えたら注意しないほうが楽だという話ですね。ハラスメントを恐れて注意できない上司の「回避型マネジメント」問題に似ています。
舟津:双方にとって楽だから注意しなくなります。
会社で遅刻したらいろいろな人に迷惑がかかるとしても、「仕事だから」と思って注意しようとする方がむしろ損をする世の中になってきています。
社会で何をしてはいけないのだということを社会人の段階までに教育されていないということが、実際に起きていると思うのです。
倉重:学生だけの問題ではなくて、ある種先生との共犯関係でそのような感覚が出来上がってきてしまっていて、会社に入って初めて「テーマパーク」ではなくなる状態ということですよね。むしろお金を貰うようになる訳ですから。
そこで初めてまっとうな指導をされると、「パワハラだ」「ブラック企業だ」ということになる訳ですね。
対応が面倒くさいからと会社でも怒られなくなれば、出来が悪い人がどんどん量産されていくということになりますよね。
これは誰がどの段階で言ってあげたらいいのか、非常に悩ましいと思っているのですが。
舟津:昔は大学がそういう機能を担っていたと思うのです。
高校までは管理下にあるのに対して、大学は基本的に放っておかれている分、自立するようになるという側面があります。
そこでいろいろな壁にぶつかって、自立する中で覚えたことを会社で生かしていく、学校から会社への移行期がその時期なのだと思います。
今大学は事実上高校化しているといいますか、かなり管理が強まっているので、移行期を会社で経験しなければいけなくなっています。
倉重:これは私も実感があるのですけれども、会社に入ってから「業務のマニュアルはないのですか」と聞く人はすごく多いですよね。
舟津:「お客さんにはおもてなしをして至れり尽くせりする」というのが今の日本の中でもすごく強い発想ですし、それはいいことだと思われています。
ところが、面倒を見出すと切りがないという面もあります。
ある大学関係者の方が非常に印象的なことをおっしゃっていて、「うちは面倒見がいい、とは言いたくない」と。
面倒見がいいということは確かにすごく評価されるし、人気は出やすいのだけれども、言ってはいけないと思っている。
なぜかというと、お察しのとおり、面倒を見出したらきりがないからです。
倉重:それでは自立性も育まれないですしね。大学だけが変わればいい問題でもないという分、さらに難しいと思うのですが、一方で企業もこのような労働者をどんどん迎え入れていく時代で、現に困ったりしていませんか?
個人的な関心という意味では働き方改革がありました。もちろん過労死や体調不良になるのは良くないですが、一方で残業を規制する中で、個人としてはどう成長していけばいいのでしょうか。
舟津:まず「成長実感」と「成長」は違うというのは、私も非常に重要な点だと思って書いています。なぜそれが違うのか、ずれているのかというと、本来は成長はものすごく長いスパンで見るべきものです。
職場やキャリアの中で仕事をする人間として成長するのは、恐らく5年や10年の軸です。
一方で実感は今まさに瞬間的に感じるものですよね。そういう風に、時間軸が著しくずれているものを一致させようとしているのがまずおかしい話なのです。
■今の日本に足りないものは?
倉重:ご著書にも、Z世代の人には「余裕がない方が多い」と書いてありましたよね。全てにおいて人より少し上にいなければいけないような、ある種の強迫観念のようなものに追われているのではないかと思うのです。
これは日本全体に余裕がないようなところから来ているのですよね。
舟津:そのように私は感じてしまいます。
例えば年功制は批判的に捉えられることが多いですけれども、根底には多少会社の業績が悪くなっても個人には報酬として還元するという発想があったと思うのです。組織が緩衝材になっていた。
今やそれは否定されて、業績が悪くなれば従業員の報酬を「きちんと」下げていこうとしています。そういうところにも余裕のなさが表れていると思いますし、そうやって個人の責任を大きくしていく傾向なのに、他者への依存からは脱せられない。
倉重:会社という視点で見れば、「配属ガチャに外れたから辞めます」「思っていたのと違うから辞めます」という理由の早期離職が問題となっています。
短期的な転職を繰り返すことでスキルが身につかないまま年を重ねてしまう危険性があるので、早い段階で「安全な失敗」を経験させる方法が求められているのではないでしょうか。
舟津:今は、余裕を失わせるビジネスがのすごく氾濫しています。SNSを見てもその手の広告ばかりです。
いかにそういうものを目に入れないか、無視できるようになるのかが必要なスキルになってきています。
私も、この手の本を書くためにいろいろ調べた結果、私のSNSに「転職しませんか」という広告が山のように出てくるようになりました(笑)。
少しでも覗いた途端追いかけてきて、逃れられないのですよね。
倉重:不安がビジネスになる世の中です。
一方で、この時代に一切ネットを見ないことも難しいですよね。
舟津:今問われているのは、自分なりの自制心やリミットを持って「ここまで」というラインを持てるかということです。
ビジネス側は時間もお金も無限に投入してほしいと考えてマーケティングをしてくるわけです。それに対して自分はここまでだという線引きをはっきりできる人が強いと思います。
倉重:動画サイトでレコメンドされる「異世界モノ」をみているだけではなくて、自分なりの楽しみの「見つけ方」が大事になってくるのではないでしょうか。
舟津:おっしゃるとおりです。そこも受け身になってしまうと、それこそただ投入されるものを受け取り続けるだけになります。とんでもない量の情報と誘引、もっとあけすけに言ってしまうとお金を払わせるものしか押し寄せてこないので、自分の基準でコントロールできなくなります。
倉重:家庭の教育とはまた別に、会社では上司が部下に1on1の対話をします。
「ある程度プライベートのことを知らないと若者とうまく接することができない」という話もありましたけれども、どういうスタンスで接するのがいいと思いますか。
舟津:もっと「仕事の話」をしたらいいのではないかと思います。
コミュニケーションを取るために若者の話題に付いていく、あるいは上司に話題を合わせるというのは相当無理のある話なのです。
上司と部下は会社でつながっているので、やはり仕事の話が一番しやすいはずです。かつ、あまり自分のプライベートを出さなくて済むという側面もあるので、両者にとってセーフティーネットになります。
倉重:仕事上のつながりも希薄になっている可能性は確かにありますね。
「きついことはやらなくていい」「残業はしなくていい」「クレームを受けたら俺が対処しておく」というふうに困難を避けていては、どうやって成長するのだろうと疑問に思います。
昔からある「共に働く」という方向も今は失われているという感じですよね。
■無知だから不安になる
舟津:余裕を持つにはどうしたらいいかという先ほどの話にもつながります。
余裕は、例えばサプリメントを摂取すれば栄養が取れるというような形で満たされるものでは恐らくないと思います。
ミメーシスという概念があります。
有名な社会学者の宮台真司さんは「感染」と訳したらしいのですが、余裕みたいなものは何となく人からうつされていったり、会社や社会の中で共有されていくものです。
余裕や信頼というのはそういう性質を持っています。
そういう意味ではミメーシスを狙って、上司がもっと「余裕をこいて」ほしいと思います。
倉重:要するに、楽しんでやりがいを持って働いている上司が少ないのではないかという話ですね。
これは日本全体の雇用自体が元気ではないという事ともリンクしている話です。
一方で、本の中にも「根拠のない自信でいいから持て」と書いてありました。
自信とはどうやって持てばいいのでしょうか。
舟津:これも余裕と同じで、感染していくものです。
余裕や自信には根拠がありません。
よく聞く話として、世の中で「すごい」と言われている人と接してみると案外普通だったり、自分のほうが優れているなと感じたり、逆に本当にすごいなと思うことがあります。そういう経験を積むと、何となく不安なものが減っていく。
やはり「無知」と「不安」はリンクしていると思います。
倉重:それはあります。不安だからファスト教養が流行るわけですよね。
舟津:ファスト教養的なものに意味があるとしたら、根拠はなくても「自分は物知りです」「自分は教養があるから大丈夫」と思えることですね。
ファスト教養も、一種の自信につながる可能性があります。
倉重:確かに自信の根拠になるのであればそれはありですね。
■パーパスの重要性
倉重:最近よく言われるパーパス(目的)の重要性についてはどう考えますか?
舟津:パーパスは重要ですが、表面的なものではない本質的な理解が必要です。
ベトナムに、日本式経営を教える「経営塾」というJICAのプログラムがあるのですが、日本企業が昔から持っていたような経営理念が向こうの経営者に非常に受けたそうです。
なぜかというと、ベトナムは社会主義から市場経済に移行した移行経済国です。
ベトナム戦争などもあって社会的に混乱していた時期に経営者になった人たちは「生きるために金を稼ぐ」というニュアンスが非常に強かったらしいのです。
だから「5年後、10年後のビジョンを持とう」と言われても、意味が分からなかった。
明日死ぬかもしれない状況で、ビジョンなんて持てないですから。
ところがある程度豊かになってくると、中長期的なビジョンが本当に必要だし大事なのだということに気付き始めるのです。
少し長い時間軸を持ってビジョンを持つのは思ったより難しいことですし、若者が、若いからこそそういうものを軽く見ている面もあると思います。
パーパスを浸透させていくためには、パーパスを本腰で信じられるかどうかが大事なのだと思います。
倉重:やはり経営者や管理職自身がそれをきちんと腹落ちしていて、自分の言葉で言えるかどうかですよね。
結局何のために働くのか、あるいはこの会社は何のためにあるのかのようなものを見失っている企業も非常に多くあるのではないかと思います。
舟津:そうだと思います。若者は頼りなくも見える一方で、観察眼や感じ取る力は非常に鋭いと思います。
倉重:すごく敏感ですよね。だから、言行が一致していないとすぐ分かります。
そこは大人サイドも反面教師として考えなければいけないことだと思っています。
(つづく)
対談協力:舟津 昌平(ふなつ しょうへい)
経営学者。1989年奈良県生まれ。2019年京都大学大学院経済学研究科博士後期課程修了、博士(経済学)。京都産業大学経営学部准教授などを経て、2023年10月より現職。専門は経営組織論、イノベーション。著書に『Z世代化する社会:お客様になっていく若者たち』、『制度複雑性のマネジメント』(2023年度日本ベンチャー学会清成忠男賞書籍部門受賞、2024年度企業家研究フォーラム賞著書の部受賞)、『組織変革論』など。