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「カニの女王様」が教える営業の極意【柏惠子×倉重公太朗】第1回

倉重公太朗弁護士(KKM法律事務所代表)

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18歳の時から、マネキンとして食品の試食販売を行い、女性誌が取材に来るほど売上げの良かった柏惠子さん。水産業界に転職した後は、入社2年目にして30億円を売上げ、16年間トップを独走して「タラバガニの女王」と呼ばれます。その後は『7つの習慣』で有名なフランクリン・コヴィー社でコンサルタントとして世界第7位のセールスを記録。さまざまな挑戦と工夫をする中で蓄積した、提案型営業のノウハウを聞きました。

<ポイント>

・入社2年目で30億円の売上げを上げた秘密

・世界98カ国の中で7位のセールスを記録

・ものを売るのと、サービス(価値)を売ることの違い

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■「カニの女王」とは何か?

倉重:きょうはカニの女王の柏恵子さんにお越しいただいています。

一体「カニの女王」とは何なのかというところも含めて、自己紹介をお願いできれば幸いです。

柏:私は「ピグマリオン」という会社の代表をしている柏恵子です。

今は、独立して企業の研修や人材育成のお手伝いをしているのですが、もともとは水産系の商社ウーマンでした。

営業職としてアラスカでタラバガニを買ったり、フィリピンでイカを買ったり、青森でホタテを500トン買い占めたりしていたのです。

入社2年目の売上はなんと30億です。

倉重:入社2年目でいきなりカニを30億売ったのですか?

柏:入社2年目に冷凍のギンダラを30億、3年目には50億売りました。その後商品をタラバガニに変え2位の方が1.8億と2億に届かない中で、バブル崩壊後も売上30億を維持して16年間トップ独走という経歴です。数字だけですと、ものすごく偉そうに聞こえて恐縮です。

倉重:新卒入社ですよね?

柏:いえ、28歳のときに途中入社しました。

主人の関係で大阪に行って、水産業界に転職したのです。

とにかくギンダラ、タラバガニを売りまくって行く中でどんどん性格が過激になっていき、扱い量の圧倒的な多さから「この商品の相場は私が牛耳る」的になっていったために、ついたあだ名が、「タラバガニの女王様」でした。

当時は完全に女王様の雰囲気です。

倉重:どのように売っていたのですか?

柏:タラバガニの原料は、国内ものは僅かでアラスカやロシアからの輸入ものが主流でした。15キロから20キロに冷凍されて日本に輸入されます。商社として箱のまま売るという選択肢もありましたが、私は「タラバガニを加工製品にして量販店に売ろう」とか、「サイズをばらばらにして業務筋に売ろう」という工夫をしていました。例えばタラバガニの1キロの足を製品化したものを、スーパーなどに卸す際のコンセプトは「美味しく美しく」です。

お客様が売り場でカタチの良いものを選ぼうとされなくても、すべての商品は美味しいだけなく、美しく形が整えられていて一切売り場でロスは出ません、ということです。冷凍製品なので、触っているうちに解けてしまったりするので。

また当時、商社はものを見ないで売るのが普通だったのですが、私は「全部のものを見て売ろう」と決めていましたので、その意味でも独自だったと思います。

そこにバブルの追い風があり、水産業界にほとんどいなかった女性営業という希少性も掛け合わされて、バンと売上げが伸びました。

倉重:おいしくっのは皆さんそうしようとするでしょうが、「美しく」ってのが良いですねぇ。そういう提案をする人は周りにあまりいなかったのでしょうか。

柏:はい、同業者の方は殆ど実物を見ないで売っていました。「美しく」売るには現物を見ないとできません。

最初に売っていたのは冷凍のギンダラですが、ギンダラであれば、サイズと個数のみで注文して、魚転がし的に売っていたのです。

倉重:商品を右から左に流すという感じの商社ですね。

柏:

はい、私の場合は、売る前に魚を全部冷蔵庫に行って検品して、それぞれのロットの特徴「これは、皮が黒系」とか「(腹の)巻き込み強い鮮度抜群」等、細かくメモしていました。また他の人は朝9時に来るところを、私は6時に出社していたのです。

そして、全国の市場に次々と電話をして、「○○さん、東京にこんないい魚があります」と東京にはすぐには見に来れない方に売りさばいていました。

倉重:それを毎日していたのですか?

柏:毎日です。

また、ギンダラにはサイズがいろいろあるので、福島県には2/3ポンドサイズ、九州には1/2サイズ、東京は5/7サイズと使い易いサイズだけにしてあげて、どんどん売っていました。

倉重:在庫があるものを工夫して売っていったのですね。

柏:そうです。

コンテナで12トンずつまとめて買ったものをサイズごとにばらばらにして売ります。

これは売れないサイズだけが下手をすると残ってしまいますので、自信がないと出来ない事で、このあたりも女王様と言われる所以だったのかと思います。

今考えると冷や汗ものですね。コンテナ10本をまとめて買って、単品抜き取りでお好きなサイズだけどうぞ、どうぞという感じでしたから。その分、高く買って頂いていたのですが。実は、マネキンのときもそういう工夫をしてきました。

倉重:学生の時には、スーパーで試食販売をすすめるマネキンの仕事もされていたのですよね?

柏:はい。18歳の時から、「ご試食いかがですか?」という宣伝販売をしていました。

もともとプロダクトアウト的にものを売るのがすごく得意だったようです。

最初の日給は5,000円でしたが、どんどん上がって、最終的には11,000円になりました。

女性週刊誌が取材に来たので相当稼いでいたと思います。

倉重:「売りまくる学生がいる」と注目されたのですね。

ナチュラルな性質として、ものを売るのに向いていたのだと思います。

柏:そうですね。モノを売ることに自信がありました。

でも自信がありすぎる為にタラバガニの女王様は、社内的には、かなり嫌なやつだったと思います。社内の他の人は、私が会社の電話を全部保留にしてしまうし、とてもじゃないけど文句を言える雰囲気ではないし困っていたと思います。

倉重:柏さん宛にたくさん電話がかかってくるということですか。

柏:はい、来た電話は基本、全部保留にしていました。

会社の電話は、最初3回線だったのですが直ぐにパンクしてしまい「倍にしてくれ」と怒りました。その後6回線でも結局全部保留にしてしまうので、最後は12回線にしてもらいました。でも、50億売るには、そのぐらいしないとダメなのです。

倉重:ずっと誰かと電話しているのですね。

柏:朝の9時から午後3時までずっと電話しています。

倉重:とんでもないですね。

■フランクリン・コヴィー社で味わった挫折感

倉重:商社はどうしてお辞めになったのでしょうか。

柏:16年間その会社にいたのですが、仕事中の事故で、タラバガニの下敷きになってしまったのです。

倉重:カニの女王がカニの下敷きに!

柏:完全にタラバガニのたたりだと思います。。。

検品しているときに、5段積みになっている一番上のカニを自分で下ろそうとしたら、20キロの箱が上から滑り落ちてきました。

倉重:カチカチの冷凍ガニが……。

柏:骨と骨をつなぐ小さな骨、椎間板がじん帯を突き破って反対側に突き抜けるような状態で、一瞬にして寝たきりになってしまいました。

そこで一旦キャリアが終わってしまったので、フランクリン・コヴィーというアメリカの研修会社に転職したのです。

倉重:『7つの習慣』でおなじみのところですね。

柏:はい。『7つの習慣』の研修を企業に売る仕事を12年していました。

そこでの営業としての最高販売数は世界第7位です。

倉重:世界何カ国で売っているのですか?

柏:98カ国です。

倉重:その全営業マンの中での成績ですよね。

柏:そうです。

当時は3,000人ぐらい営業マンがいて、とくに優秀な500人はカンファレンスで集めてもらえました。

そこに呼ばれて、『7つの習慣』部門で7位と表彰されたのです。

倉重:神セブンですね。世界で七位とは半端ないです。

でも、営業対象は日本ですよね?

そこまで大きなマーケットでもないのに、世界7位を制したのはとんでもないことだと思います。

柏:たいしたことではありません。

倉重:すごい人はだいたいそう言います。

柏:本当です。

12年いて、プレジデント・トロフィーを6本しか取れませんでした。

いきなり30億だった営業なのに転職して1年目は、135万円しか売れなかったのですよ。

天狗になって入ってきて、「柏さん、予算いくらにする?」と聞かれて「じゃあ初年度は、1億ぐらいで」と答えたのに1億売るのに10年かかってしまいました。

倉重:そこで挫折を感じたのでしょうか。

柏:激しく感じました。

倉重:やはり実際の食品であるカニやタラを売るのと、サービスを売るのは違いましたか?

柏:おっしゃるように、ものを売るセールスと、価値を売るセールスは全く違ったのです。

その転換に大失敗をしてスランプに陥り、全く売れませんでした。

12年のうちの半分ぐらいはスランプだったのです。

倉重:そうなんですね。

柏:最後には日本支社のトップかつ過去最高の売上げを達成して辞めているのですが、私の前職の記憶の中では提案型営業は難しい、厳しいという記憶しかありません。

倉重:そこで相当もがかれたのではないでしょうか。

柏:すごくもがきました。

売れなくなると私は100台の車を売った、数億円分の保険契約を結んだなどという営業の方の本が気になりだして大量に読むのですが、全然売れるようになりませんでした。

「価値(サービス)を売る」為には、「モノを売る(プロダクトアウト)」という昭和の考え方から脱却しないといけませんでした。だから今の弊社の研修では、「顧客経験価値」というのを大切にしています。

倉重:一緒に考えるということですね。

柏:そうです。顧客と一緒に考えて、「それはいいね」と賛同したり、驚いたり、感動したり、体験を共有しながら提供する価値を作っていきます。

いつも研修では、価値共創を説明する時に海鮮丼を例に出しているのです。

水産の売り場で「マグロとワサビを一緒に売りましょう」というのは、価値共創ではありません。ただのクロスセリングという手法です。

倉重:一緒に売っているだけですね。

柏:では、海鮮丼はどうでしょうか。もし飲食店などのバイヤーと一緒に考えて作ったら、「私たちが考えた究極の海鮮丼」になりますが、勝手に海鮮丼を提案して売っている場合は、プロダクトアウトの延長に過ぎません。折角良い提案をしたつもりだったのに、安いイクラでも出てくれば、他社のものに即変更です。

お互いにパートナーとして、長いお付き合い、良いお付き合いをする為に「お客様と一緒に作っていく」ということが、価値共創の考え方です。

お客様と一緒に考えて、例えば余ったマグロをツナ缶にしたり、ゴマを付けたマグロの漬けを飲食店のメニューにしたりして初めて価値共創になります。

一見難しいようですが、相手のことをよく理解し、気持ちを受け止めることができれば、別に営業職でなくても新しい価値、新しいビジネスを生み出す可能性があります。

倉重:「価値営業をしましょう」ということはよく言われますが、「共に創る」というのがポイントなのですね。

それはどの段階で気づいたのですか?

柏:リーマンショック後、商品が心肺停止になるくらい売れなかった時に気付く事ができました。それまで『7つの習慣』という素晴らしいコンテンツをそのまま販売していたのですが、全然売れなくなってしまったので、どうしたらいいのかと悩みました。たどり着いた結論が、お客様と共に良い研修を作ろう、できる限り一緒に工夫してみようという考え方です。マネキンをしたり、タラバガニを売ったりしている時は、価値共創のことは考えていなかったと思います。

倉重:商品をどう伝えるかにフォーカスしていたのですね。

それに気づけたのも、カニが降ってきたからですね。

柏:そうです。

カニの下敷きになったからだと思います。

■相手から共感を得るためのスキル

倉重:価値共創をしていこうと思っても、なかなか簡単にできる話ではありません。

それをしていくためには何が必要ですか。

柏:一番大事なのは、ヒアリング力を高めていただくことです。

効果的なヒアリングの前段階で「共感」というものがありますが、これはAIにできない唯一のものだと思っています。

人間には相手との共感を作り出す技術があるのです。

倉重:「おむすび」か「おにぎり」かという話ですね。

ブログに「同じ言葉を使うところから始めろ」と書いてありました。

柏:そうです。お読み頂いたブログにも書かせて頂いている「おむすび」か「おにぎり」も相手から共感を得るためのわかりやすいスキルのひとつです。

これは、相手の方と徹底的に同じ言葉を使うことによって共感を生み出すという手法です。

これは私が考えたのではありません。その昔、営業研修の事前調査だったと思いますが、富裕層向けの証券会社さんで本当に素晴らしい成果を出している人に会う機会があったのです。「売れている秘密はなんですか」と伺って見ると最初は、「信頼ですかね」とおっしゃっていました。

倉重:よく言いますよね。

柏:それは、実にあたりまえですよね。私は欲張りなので「他にないですか」と聞いたら、「実は金融商品は、会社ごとにそこまで差別化できていません。やはり、大事なのは営業本人です」と教えてくれました。

倉重:「誰から買うか」ということですね。

柏:そうです。

自分自身を差別化する為の心掛けとして何が大切かを更に聞くと「お客様に心地よく過ごしてもらうこと」が重要で、その具体的なスキルとして「お客様と徹底的に同じ言葉を使う」ことが大切と教えてもらえたのです。

例えば、お客様が「おむすび」と言ったら、自分は「おにぎり」だと思っても、最後まで、「おむすび」という言葉を使います。

お客様が「関東炊き」と言ったら、自分は「おでん」だと思っても、最後まで「関東炊き」という言葉選びをするのです。そんな小さな工夫で、この人とは共感するポイントはなさそうだと所から共感を作って行くことができます。

倉重:入口はそういうところなのですね。

柏:そうです、とても小さな事、聞いてみれば、なるほどと言うようなことです。これは、別に営業の方でなくても、普段の会話の中でも是非試してみて頂きたいですね。こんなことで、これほど会話が弾むのかという事を実感して頂けると思います。営業の方向けの研修をするときは、もっと詳しく商談前、商談中、商談後の共感のポイントを話します。

倉重:それぞれあるのですか。

柏:ええ、いろいろあります。

商談前は、例えば相手が持っているものの話や相手の様子から想定できる話、先方の会社についての話などです。個人に関する共感ポイントの方が有効です。商談中は、例えば「そうですよね。おっしゃるとおりです」というふうに相づちを打ちます。共感ですから、「わかる、わかる」と言う状態になる為に、毎回「おっしゃるとおりです」ではないバリエーションを持っている事が大切です。研修でいろいろディスカッションをしてみると、結構みなさん癖があって面白いです。

倉重:商談後はどうですか。

柏:変な話、お客様は手帳を閉じられた後に油断されるのです。

「もう売り込みは終わりだな」と安心されるのでしょう。

そこを狙って、ちょっとあたたかめの個人的な話で共感を作ります。

これを「パーソナル・タッチ」と言っています。

倉重:何でもいいのですね。

柏:はい、例えば、大きな会社に行くと、だいたいエレベーターホールまで送っていただきます。個人のお客様の場合は玄関までお見送りして頂く事もあると思いますが、その間に少しだけ。

倉重:私もそれはとても意識しているのです。

柏:本当ですか。

倉重:はい。事務所のエレベーターに行くまでに、絶対に相談内容とは関係ない話をしようとしています。

柏:それです、まさにそれ。とても大事なポイントなのです。倉重さんは人間関係構築能力が非常に高い方なので、やはりそういうことがすごくお上手なのです。私は法人営業の経験しかありませんが、このエレベーター前トークで、かなり助けられました。

倉重:あらためて「意味がある」とお聞きしたので、これからも意識しようと思います。

柏:「今日のお客様とは気が合わないかも」、また営業職でなくても、「この人ちょっと苦手だなぁ」と思う時もあると思いますが、そんな時は、おむすび、おにぎりのスキルを意識して自分から共感を作り出してみたり、最後の最後にダメ押しでパーソナル・タッチをしてみたり、相手の本音を引き出す為の工夫をしていけるといいですね。

倉重:大事なことです。

(つづく)

【対談協力】

柏恵子(かしわ けいこ)

人材育成コンサルタント・研修講師

株式会社ピグマリオン代表取締役社長

明治大学専門職大学院 グローバルビジネス研究科 経営学修士(MBA)

経営理念の浸透に関する論文が、優秀論文に選出される

「経営理念の浸透レベルの違いが組織成員に与える影響について~「理念への共感」に着目した経営理念浸透~

2005~2016年 フランクリン・コヴィー・ジャパン株式会社 シニアコンサルタント

シニアコンサルタントとして2000人以上の経営層、人事責任者と人材育成の仕事に携わる。

1988年~2004年 株式会社ノースイ

三井物産系食品メーカーである同社の水産営業部門で、チームリーダー(課長職)として冷凍水産物の輸入・加工・販売に携わる。

弁護士(KKM法律事務所代表)

慶應義塾大学経済学部卒 KKM法律事務所代表弁護士 第一東京弁護士会労働法制委員会副委員長、同基礎研究部会長、日本人材マネジメント協会(JSHRM)副理事長 経営者側労働法を得意とし、週刊東洋経済「法務部員が選ぶ弁護士ランキング」 人事労務部門第1位 紛争案件対応の他、団体交渉、労災対応、働き方改革のコンサルティング、役員・管理職研修、人事担当者向けセミナー等を多数開催。代表著作は「企業労働法実務入門」シリーズ(日本リーダーズ協会)。 YouTubeも配信中:https://www.youtube.com/@KKMLawOffice

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