組織不正は「正しさ」から生まれる(後編)
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組織不正の根底には、個人の善意や正しさの追求が皮肉にも存在します。中原翔准教授は、この矛盾を解き明かすとともに、組織不正を防ぐための具体的な方策を提示しました。大川原化工機事件や決裁制度の形骸化など、具体的な事例を通じて、日本企業が直面する組織不正の課題と、その解決への道筋を探ります。
<ポイント>
・組織不正は、個人の正しさの追求が積み重なって生じる可能性がある
・多様性と外部視点の導入が組織不正を防ぐ鍵となる
・法令遵守と業務効率のバランスを取ることが重要
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■ 組織的雪崩(ソーシャル・アバランチ)の危険性
倉重:最後に、「大川原化工機の冤罪事件」について。
これも正しさの解釈の違いが原因だったのでしょうか。
中原:警視庁公安部の捏造が明らかになりましたが、外為法遵守の重要性は理解できます。
しかし、大川原化工機を特定のターゲットとして「軍事転用目的の輸出をしている」と決めつけたことが問題だと考えています。
倉重:法解釈が曖昧で行政機関によって見解が異なる中、経産省との相談があったにもかかわらず立件されたのは問題ですね。
中原:外為法は本来経済産業省の管轄です。
そこに公安が強引に介入したことが企業にとって脅威となりました。
権限関係や公安の手法にも問題があったと思います。
倉重:公安は捜査を始めた以上、メンツもあってある程度進めざるを得なかったのでしょう。経産省は当初、強制捜査に反対していたのに、なぜ方針を転換したのでしょうか。
中原:詳細は不明ですが、警視庁公安部の主張に一定の根拠があると判断された可能性があります。当初は反対していたものの、最終的には関与せざるを得なくなったのかもしれません。結果論ですが、止めてほしかったところです。
倉重:公安内部でも疑問を感じていた人がいたかもしれません。
これは一般企業でもあり得る状況です。
部下が懸念を感じていても、上司の決定に従わざるを得ない。
この正しさと無関心の連鎖で、物事が止まらなくなる「雪崩状況」ですね。
中原:周囲の人々も、完全に間違っていなければある程度認めてしまう傾向があります。
これが無関心層を巻き込み、雪崩のような影響を及ぼします。
私はこれを「ソーシャル・アバランチ(社会的雪崩)」と呼んでいます。
倉重:当事者意識の欠如が問題ですが、一方で目の前の仕事には熱心な人々の集まりです。最終的な結果を予想して上司の意に反する行動を取るのは難しいですね。
中原:確かに、事前にどこまで食い止めるべきか判断するのは非常に困難です。
ある程度の影響が出た時点で、最小限に抑える対策が必要だと考えています。
倉重:検察も担当件数の多さを考えると、全件を詳細に検討するのは難しいでしょう。
しかし、人手不足を理由にはできませんね。
中原:人手不足は多くの業界で共通の問題です。大学教育現場でも同様です。
倉重:迅速な処理と正確性のバランスをどう取るか、それを誰も調整していないのが問題ではないでしょうか。
中原:その通りです。品質を優先しつつ生産拡大を求められると、どちらも中途半端になる可能性があります。
品質が犠牲になるポイントが意識されにくいのです。
■ 決裁制度の形骸化の問題
倉重:多段階の決裁制度がありながら、実際には確認せずに押印しているケースも多いのではないでしょうか。
中原:多くの案件を抱える中で、一つひとつを詳細にチェックするのは難しいですし、誰かが押印していれば、大丈夫だと思ってしまいがちです。
稟議制度自体が形骸化する恐れがあります。
倉重:解決策の一つとして多様性のある組織づくりや、正しさが流動的だという前提に立つことが重要だと書かれていますね。
中原:同質的な組織では特定の人の意見に流されやすく、限定的な正しさで他の人を納得させてしまうこともあります。
また、案件間での取引のような事態も起こりやすいです。
銀行などでは定期的な人事ローテーションを行い、癒着を防いでいます。
組織の流動性を高めることで、このような問題のリスクを軽減できる可能性があります。
倉重:取締役会に女性を3名以上など一定数入れるなど、多様性を確保することで変化が起こりそうですね。
中原:どのような組織であっても、多様な立場の人々の意見を反映できる代表者がいないと、判断が偏ってしまう可能性があります。
当事者意識のない案件は後回しになりがちです。
役員や管理職がこの点をどれだけ自覚しているかが重要です。
倉重:現場の実態をどこまで吸い上げられているかが、ジェネリックや不正会計の問題の根本原因になっていますね。
中原:役員や管理職は現場へのしわ寄せを意識し、それを防ぐことが重要です。
■ 自己批判的思考の重要性
倉重:「組織不正はいつも正しい」を読んで、不正が必ずしも悪意から起こるわけではないということを多くの人が認識することが大切ですね。
自分も間違っているかもしれないと思うことが重要です。
中原:研究者の経験を踏まえると、根拠のある知識であれば、多くの人々が簡単に納得してしまうことの怖さも感じています。
そうした知識が簡単に通ってしまうことへの不安もあるため、批判的な眼差しが必要です。
倉重:確かに、そのまま自分の意見が通ってしまうのは危険ですね。
中原:「あとがき」にも書きましたが、自分が「絶対これは正しい」と思うことほど、「絶対間違っている」と同じくらいの力で引っ張っておく必要があります。
倉重:流動的な正しさを意識することが重要だとおっしゃいましたが、それをどのように仕組みや行動に落とし込めばいいでしょうか。
中原:役員レベルでは任用期間を定めることや、役員の人員構成をパーセンテージで管理することなどが考えられます。
個人の一存ではなく、制度化することが重要です。
倉重:これらの事例は組織構造における意思疎通の不具合が、燃費不正や不正会計として顕在化したと捉えられますね。
普段の生活習慣を変えるように、組織の日常的な部分から変えていく必要がありますね。
不正として露呈する前に、どのような点に注意すべきでしょうか。
中原:不正の最大の基準は法令遵守です。
コンプライアンス意識を高めるだけでなく、法令の内容を現場に分かりやすく伝え、それを守れる仕組みづくりが重要です。
倉重:なぜそれを守る必要があるのかを理解することが大切ですね。
中原:法令違反を現場で認識し、指摘できる環境が不正防止の第一歩です。
倉重:コンプライアンスは重要ですが、過剰になると逆効果になることもあります。
適切なバランスを保ち続けることが大切ですが、組織でそれを認識するのは難しいですね。
中原:僕もなかなか答えが出ていないところです。
むしろその答えを出さずに、皆さんと一緒に個別具体的な状況を踏まえながら考えていくことがこの本を書いた理由です。
■ 法令遵守の重要性と難しさ
倉重:ビックモーターの件は、先生からどのように見えますか?
中原:「組織的な正しさ」が絶対視された例だと思います。
売上目標が絶対的になり、現場が不正せざるを得ない状況に追い込まれています。
問題は現場の行動よりも、そうせざるを得ない状況を生み出した目標設定にあります。
倉重:根本的には東芝の事例と似ていますね。小林製薬の件はまだ詳細が不明ですね。
中原:小林製薬については様々な要因が絡んでいる可能性があります。
倉重:これらは特定の企業の問題ではなく、どの日本企業でも起こりうる問題だと指摘されていますね。
中原:その通りです。
倉重:経営者や現場のマネージャーに何かアドバイスはありますか?
中原:法令遵守の観点から自社の活動を見直すことはコスト面から考えても避けたくなりがちですが、見たくない問題こそ直視する必要があります。これが健全な経営への第一歩です。
倉重:トヨタの例のように、自分の行動が全体にどう影響するかを想像できないことも問題ですね。
中原:全体像が把握できていないことは危険です。
特に複雑な認証プロセスなどでは、個々の部分を担当する人が全体を理解していないことがあります。
倉重:小さなずれが積み重なって大きな問題になる可能性がありますね。
全体を見渡せる人材を育成することが重要ですが、簡単ではありません。
中原:組織の大きさも問題の一因です。
倉重:ビジネス環境や法令の複雑化で、全体を理解している人は少ないですね。
中原:組織的雪崩を防ぐには、どんなに親密な関係でも健全な疑いの目を持ち続けることが重要です。特に権限のある人は、大きな案件ほど「本当にこれでいいのか」と慎重に検討すべきです。
倉重:多様な人々が対話する仕組みを日常的に維持することが大切ですね。
■未来への展望
倉重:私からは最後になります。中原先生の「夢」をお伺いしたいと思います。
中原:私の夢は「不祥事」から「不正」の時代に移行する中で、法令遵守のずれを早期に認識し、影響を最小限に抑えることです。
予防医療のように、日常的なチェックとAIなどの活用が重要になるでしょう。
倉重:普段の業務に外部の視点を取り入れることも多様性の一つですね。顧問弁護士のような外部の力を借りることも効果的かもしれません。
中原:その通りです。組織としても、個人としても耳の痛い話を聞く姿勢が大切です。
倉重:「少しヤバい」という指摘を受け入れる柔軟さが必要ですね。
中原:そのような姿勢を持てる人間になることが将来の夢です。
倉重:素晴らしい夢ですね。ありがとうございました。
■リスナーからの質問コーナー
倉重:今日は多様な参加者がいます。それぞれご質問などを頂ければと思います。Aさん、どうぞ。
A:「不正がいつも正しい」という点で、正しいことは複数あり、その優先順位を間違えているという見方はどうでしょうか。
例えば、ジェネリック薬品の場合、GMPなどのルールを守らないと人命に関わります。
しかし、大量生産の方を優先してしまった。このような優先順位の整理を日頃からすることが大切だと思います。
中原:おっしゃる通りです。法的に正しいかどうかよりも、自分達の売上や生産拡大の優先順位が高くなると不正は起きやすくなります。
A:法令よりも、社内的なロジックのほうが上回っているということですよね。
中原:おっしゃる通りです。現実とギャップがあったとしても、法令遵守に追加コストがかかる場合、それが放置されがちです。
倉重:ありがとうございます。Bさん、医薬業界の立場からいかがでしょうか。
B:不正の問題は健康問題と似ています。個人の不摂生だけでなく、環境要因も大きいです。意識だけでなく、法令の理解や、なぜその法律が必要なのかを知ることが重要です。ただ、全ての法律を完璧に守ることは難しく、どうバランスを取るべきか悩ましいです。
中原:大学でも同様の問題があります。毎年の重点項目を決めて対応するなど、段階的なアプローチが必要かもしれません。
倉重:Cさん、人事コンサルの立場からどうですか。
C:これは本を読んでの感想なのですが、現場で評価基準を作る際、各層で少しずつ目標が引き上げられていく傾向があります。結果として非現実的な目標になることがあるのは、トップだけでなく、各層の小さな見栄や妥協の積み重ねが問題を生んでいる可能性があると気づきました。
倉重:Dさん、学生の立場からいかがですか。
D:長期的視点の欠如が問題だと感じました。
昔の証券会社の「飛ばし」のような会社を揺るがす不正は減っているのでしょうか?
中原:不祥事の件数は明確に調べられていませんが、報道ベースで見ていくと、過去の証券不祥事のように、会社全体を揺るがすような大規模な不正は減少傾向にあると思います。
製造の場面や認証部門など、より局所的な問題になっているような気はしますが、あくまで個人的な印象です。
倉重:役員の任期制度について、短期的成果を求めすぎる問題もありそうですね。「自分の任期さえ良ければいい問題」も結構あると思っています。その辺りはどうしたらいいでしょうか。
中原:確かに任期があると定められていたら、その期間である程度の業績を上げたいということもあります。任期問題に関しては、今後は検討が必要です。
倉重:長期的視野になった経営が少ないという指摘もありますね。
まだまだ伺いたいのですが、お時間が来てしまいました。長時間ありがとうございます。
一同:ありがとうございました。
(おわり)
対談協力:中原 翔(なかはら しょう)
鳥取県生まれ。立命館大学経営学部准教授。2016年、神戸大学大学院経営学研究科博士課程後期課程修了。博士(経営学)。同年より大阪産業大学経営学部専任講師を経て、’19年より同学部准教授。‘22年から’23年まで学長補佐を担当。主な著書は『社会問題化する組織不祥事:構築主義と調査可能性の行方』(中央経済グループパブリッシング)、『経営管理論:講義草稿』(千倉書房)など。受賞歴には日本情報経営学会学会賞(論文奨励賞〈涌田宏昭賞〉)などがある。