政治資金を闇の世界に潜らせたのは「クリーン三木」の大衆迎合の罪だ
フーテン老人世直し録(725)
霜月某日
自民党の5つの派閥が2018年から21年の政治資金報告書に政治資金パーティ収入金額を約4千万円分少なく記載したとして大学教授から刑事告発された。
東京地検特捜部は5つの派閥の担当者に任意で事情聴取を行っているが、告発された5派閥が記載しなかった金額は、清和政策研究会(安倍派)が1900万円、志帥会(二階派)が900万円、平成研究会(茂木派)が600万円、志公会(麻生派)400万円、宏池政策研究会(岸田派)が200万円となっている。
現在の制度では20万円超の購入者のみ収支報告書に記載義務があるが、1つの政治団体が複数の議員からパーティ券を買い、その総額が20万円を超えていても、それぞれの議員の金額が20万円を超えていないと収支報告書には記載がない。
このズレについて5派閥は「記載ミス」だとして収支報告書を訂正したが、パーティ券の販売には当選回数や役職によってノルマが決められており、ノルマを超えた分は議員の裏収入になるとも言われ、そこに捜査の手が伸びれば、多数の議員が裏金作りをやっていた実態が明るみに出る。
そうなればリクルート事件並みの「政治とカネ」スキャンダル勃発となるが、現在の状況では「故意」による裏金づくりと断定されるところに至っておらず、単純な記載ミスとされて終わる可能性がある。
年間5万円以上が収支報告書に実名の記載義務がある「寄付」と比べ、20万円以上というパーティの場合、企業・団体献金の受け手が政党に限られているのと異なり、個人でもパーティを開くことは可能で、企業献金の「抜け穴」となっている可能性がある。
しかも今回発覚した過少記載は氷山の一角とみられ、これまで指摘されてこなかったことの方が問題だ。なぜこれを問題にしてこなかったかと言えば、田中角栄元総理を「金権政治家」と断罪することで「クリーン」を売り物にした三木元総理の虚像が、大衆社会を眠らせてきたと言うことができる。
そもそも政治資金規正法は1948年、GHQが日本を統治していた時代に作られた。従ってそこには米国の「政治とカネ」を巡る考え方が盛り込まれている。それを表すのが政治資金の「規制」ではなく「規正」であることだ。
民主主義政治は国民に選ばれた政治家が自由に活動することを前提にしている。自由に活動するためには資金が要る。その資金を「規制」して制約してはならない。ただし資金を巡って不正をすることも許されない。従って政治資金にとって不可欠なのは透明性である。
どれだけ多額の資金を得ても構わない。しかしどこからどれだけ資金を提供されているかはすべて公開されなければならない。それを見て支持者が賛同するなら問題はない。問題があると有権者が判断すればその政治家は落選して政界から排除される。
それが政治資金規正法に込められた「規正」の意味である。ところが田中角栄元総理が「金脈問題」で失脚した後、急きょ総理のお鉢が回って来た三木武夫氏は長年のライバルである田中元総理を蹴落とすため、「クリーン」を大衆にアピールして支持拡大を狙った。
そのため政治資金規正法の精神を踏みにじり、政治資金に金額の「規制」を盛り込んだ。その結果は、政治資金を闇の世界に潜らせてしまったことである。なぜなら制約を課して罰則を設ければ、人間は必ず「嘘」をつくようになる。
政治家への寄付を5万円以上は記載する必要があると言われれば、5万円以内の寄付にして記載を免れ、それを他の氏名で繰り返す。1万人の氏名で5万円以内の寄付を行えば、一切の記載はなくとも5億円近い寄付を行うことができる。
そうしたことが問題になったのが鳩山由紀夫元総理の母親からの寄付だった。母親は大富豪であり息子の政治活動を助けたかった。ところが三木元総理が金額の「規制」を法律に盛り込んだため、年間5万円しか寄付できなかった。そこで周囲は別の人間の氏名で寄付を行うことを考えた。
これが09年に民主党政権が誕生した直後から問題になる。04年から08年にかけて母親から総理側に流れた金額は9億円、母親に政治を歪めようとする意志があったとは思えないが、政治資金規正法に金額の制限が設けられたために立派な違法行為となり、鳩山元総理は退陣を余儀なくされた。
代わって総理に就任した菅直人氏は、こちらも後に外国人から政治献金を受けた政治資金規正法違反で窮地に陥ることになる。外国人からの政治献金受領は政治資金規正法のそもそもの誕生時から違法とされていたので、それは釈明の余地がない。
しかし鳩山元総理のケースは三木元総理の法改正によるもので、初の政権交代を期待した支持者たちには釈然としない雰囲気が残った。そしてフーテンは金額の規制によって政治資金が次第に闇の世界に取り込まれていくことに大きな不安を抱いた。
問題は献金の実態を正直に報告すれば罪に問わない姿勢と、献金の金額を規制して罰則を設け、それから逃れるために「嘘」の報告を奨励してしまうことの、どちらが民主主義にとって健全かということだ。
性善説に立って建前を重視する人間には、三木元総理の考えを支持する者も多いだろうが、フーテンが見てきた政治の世界は圧倒的にそれとは真逆の世界である。欲望と欲望の激しいぶつかり合いの中から、政治の帰趨は決まる。それに打ち勝たなければ政治家は自分の理想を達成することができない。
従って政治の理想を実現するためには何が何でも実態を正直に報告せず、「嘘」をついて政治資金の実態を公開しないようにする。つまり「クリーン三木」はとんでもないことを日本の政治に招き入れたようにフーテンには思える。
「クリーン三木」は企業・団体献金を敵視する余り、政治資金パーティを積極的に奨励した。政治資金パーティこそが民主主義に適った政治資金の集め方だという論理だ。しかしこの制度は最初から裏金作りの手段として機能してきた。
そしてそれ以上に問題なのは、政治家がパーティ券の販売を官僚に頼む習慣を植え付けたことである。政治家の秘書に言わせれば、パーティ券の売り上げを自分で開拓するのは難しい。しかし許認可権を持つ役所に頼めば、すぐに企業にパーティ券を売ってくれる。
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