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甘利明氏は学術会議自身が総理の人事選択権を認めていたと発言した

田中良紹ジャーナリスト

フーテン老人世直し録(542)

神無月某日

 甘利明自民党税制調査会長が22日に日本記者クラブで会見を行い、その中で日本学術会議の6名拒否問題について、「日本学術会議の推薦制と総理の任命権について論争が続いてきたが、2年前に日本学術会議自身が総理に選択権があることを認め、今回の6名拒否はその結果だ」と発言した。日本学術会議が批判するのはおかしいという口ぶりだ。

 それを聞くと、甘利氏は菅総理のやったことは日本学術会議が認めた通りのことだと考えている。しかし日本学術会議の梶田会長は16日に6名拒否を撤回するよう要望書を菅総理に手渡した。まるで日本学術会議が2つあるような話である。一体この国はどうなっているのかと思わざるを得ない。

 甘利氏が指摘しているのは、2018年に内閣府の日本学術会議事務局が作成した内部文書のことだと思う。内部文書は「内閣総理大臣は行政各部を指揮監督する」という憲法の規定を引っ張り出し、それを根拠に「内閣総理大臣は任命権者であるから日本学術会議に対し監督権を行使できる」とし、「総理は学術会議の推薦通りに任命する義務があるとまでは言えない」と結論付けている。

 問題はこの内部文書がどのような手続きを経て作成されたかということだ。作成したのは日本学術会議の事務局というから内閣府の官僚である。内閣法制局と相談しながら作成したものと考えられる。「推薦通りに任命する義務はない」と言うべきところを、「義務があるとまでは言えない」としているのは「義務はない」と断言できない弱さを伺わせる。

 この事務局作成の内部文書は日本学術会議の会員たちの総意を得て作成されたのか。それとも会員の知らないところで作成されたのか。知らないところで作成されたとすれば大問題である。また作成された時点で公表されなかったのはなぜか。この国が民主主義国家であるなら当然国会は知らなければならないが、国会に報告はされたのか。数々の疑問が湧く。

 我々が驚いたのは突然に6名拒否の事実が報道されたからだ。それまで甘利氏の言う「論争」が続いてきたことも、推薦拒否は安倍政権の2016年からあったようだが、その経緯も知らなかった。それが菅政権になって突然6名拒否という誰が見ても乱暴な人事を初めて我々は知った。

 菅総理を批判罵倒する論調が多いが、フーテンの見方はそれとは異なる。無論、理由を示さない6名拒否は言語道断だが、この乱暴な人事が表に出たため、2016年から「論争」が続いてきたこと、既に政治が人事に介入してきたこと、2018年に日本学術会議事務局が内部文書を作成したことなどを我々は知ることが出来た。この乱暴な人事がなければその一々を再検証することはできなかった。再検証できるのは菅総理のおかげである。

 内部文書では「内閣総理大臣に監督権がある」とされているが、日本学術会議法には「内閣総理大臣が所轄する」となっていて「所管」ではない。「所管」なら監督権はあるが「所轄」に監督権は含まれないという説もある。法律の専門家に解説してもらいたいところだ。

 そうやって学問と政治との関係を一つ一つ検証する機会に恵まれたとフーテンは考えている。それにしても日本政府は政治が学者の世界に強権を発動してどんな利益が得られると思っているのだろうか。フーテンはそちらの方がよほど気になる。

 甘利氏はSNSで日本学術会議が中国の軍事研究に協力しているとデマを書き込み問題になった。フーテンに言わせれば、政治が学者を抑圧すれば、学者は日本を捨て外国に拠点を移して研究を続ける。招いてくれる国があれば可能である。

 中国だけでなくあらゆる国が日本の頭脳を狙っている。資源のないシンガポールは世界各国から学者を集め、特許を取らせるなどして利益を得ている。それが世界の趨勢で、それに日本政治はどう対応するのか。日本の学者がノーベル賞を取れるのは間もなく終わると言われたり、論文数で他国に追い抜かれるニュースを見ると、推薦を拒否するよりそちらの方がよほど重大だ。

 日本学術会議を巡る「論争」が2016年から始まったと聞くと、その前年の安倍政権の集団的自衛権行使容認に対し、国会で2人の憲法学者が「憲法違反」と発言したことから大衆運動が起き、国会を取り巻くデモになった。

 それに腹を立てた安倍前総理が「学者を何とかしろ」と言い出し、それに菅官房長官をはじめとする官邸官僚が、政府を批判する学者の洗い出しに入ったとフーテンは想像するが、そうだとすれば何とケツの穴の小さなことかと思う。

 戦前の陸軍や戦後の吉田茂は、特高警察に共産主義者として逮捕された学者や官僚を重要な政策の遂行に使った。政治が学者を使うのに大事なことは、思想信条に関係なくその学問的能力を優先することだということが分かる。

 昭和14年に陸軍内部にできた通称「秋丸機関」は、経済学者を動員して英米ソ独の国力分析をやらせたが、リーダーを務めたのはその前年に人民戦線事件で特高警察に逮捕され被告の身であった有沢広巳だ。

 有沢は労農派マルクス経済学者大内兵衛の弟子で東大助教授だったが、ソ連共産党の反ファシズム戦線統一の呼びかけに呼応したとして大内と共に治安維持法違反で逮捕起訴され、東大から休職処分を受けていた。その時に陸軍から招かれ、200名からなる研究チームのリーダーを任された。

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ジャーナリスト

1969年TBS入社。ドキュメンタリー・ディレクターや放送記者としてロッキード事件、田中角栄、日米摩擦などを取材。90年 米国の政治専門テレビC-SPANの配給権を取得。日本に米議会情報を紹介しながら国会の映像公開を提案。98年CS放送で「国会TV」を開局。07年退職し現在はブログ執筆と政治塾を主宰■オンライン「田中塾」の次回日時:11月24日(日)午後3時から4時半まで。パソコンかスマホでご覧いただけます。世界と日本の政治の動きを講義し、皆様からの質問を受け付けます。参加ご希望の方は https://bit.ly/2WUhRgg までお申し込みください。

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