Yahoo!ニュース

アメリカの企業や教育現場で「日本茶」が嗜まれていた!【2】

安部かすみニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者
世界の「ブルガリ」のオフィスで、茶の湯? (c)Kasumi Abe

アメリカのお茶事情「大企業の福利厚生で提供される茶の湯」編

世界的ハイブランド「ブルガリ」の社員向けイベント

「今日のバトル(戦い)は終わりましたか?」。武家茶道として知られる上田宗箇流の茶道家で、現在ニューヨークでティーマスターとして活動する長野佳嗣(よしつぐ)さんは、点てたお茶を前にブルガリのスタッフにそう語りかける。

ここはマンハッタンにあるイタリア発ハイブランド「ブルガリ」(BVLGARI)のニューヨークオフィスだ。同社は社員への福利厚生の一環として、これまで国際女性デーの啓蒙イベントやカラオケ大会など、ユニークなソーシャル・イベントを社員のために開いてきた。

そして5月某日のこの日、日本のミニ茶会が催された。

中心地ミッドタウンにある、ブルガリのニューヨークオフィス。(c)Kasumi Abe
中心地ミッドタウンにある、ブルガリのニューヨークオフィス。(c)Kasumi Abe

「今年の4月にブルガリホテル東京がオープンし、その記念も兼ねミニ茶会を企画しました。インテリアデザインチームなどから希望者30名が参加します」と話すのは、同社プロジェクト・マネージャーのフランチェスコ・カイノリさん。

(c)Kasumi Abe
(c)Kasumi Abe

続々と会議室に集まったスタッフに、長野さんは点前を披露し、このように説明をする。「800年前に中国から伝来した抹茶は、日本では茶の湯として600年ほど前に広まったものです」「武士がストレスを解消し心を落ち着かせるため、街の中心地で茶会を開いてきた歴史があります。ニューヨークの中心地で行う茶会も理に適ったものですよね」。参加者は茶を飲みながら、じっと耳を傾ける。

ブルガリの社員に点前を披露した長野さん。(c)Kasumi Abe
ブルガリの社員に点前を披露した長野さん。(c)Kasumi Abe

このミニ茶会に参加したジェイソン・チェベレさんは、「神聖で厳かな雰囲気の中で行われ、素晴らしい体験でした」と感想を寄せた。「めまぐるしい毎日でさっきまで仕事に追われていたけど、こうして途中で立ち止まり一服すると心が落ち着きます。カフェイン効果でエネルギーも湧いてきました」と、足取り軽やかにオフィスに戻って行った。

(c)Kasumi Abe
(c)Kasumi Abe

世界的企業「ビームサントリー」の社員向けイベント

山崎ウイスキーをはじめとするスピリッツを製造・販売するサントリー。そのグループ会社である「ビームサントリー」(Beam Suntory)は、ニューヨークにオフィスを構え、アメリカ国内でバーボンのジムビームなどを製造・販売している。

同社でもこの時期、社員を対象に茶の湯のワークショップが開かれた。6月某日、このワークショップを開いたのは、表千家流茶道の茶道家として当地で活動する北澤恵子さんだ。

(c)Kasumi Abe
(c)Kasumi Abe

「ウイスキーも茶の湯も水潺々(みずせんせん)、つまり綺麗な水があるところで生まれ、水の質がもっとも重要だという共通点があります」と英語で説明する北澤さんに、参加者はふむふむと頷く。

担当者によると、同社が現オフィスに移転したのは昨年秋のこと。社員の交流と日本文化の啓蒙のため、茶室をオフィススペースに設け、このように社員(希望者)に茶の湯を体験してもらっている。ここで茶会イベントを開くのは、移転パーティー以来2回目だ。

北澤さんと、8歳のころから茶の湯を学んでいる息子のマットさんが一服差し上げた。(c)Kasumi Abe
北澤さんと、8歳のころから茶の湯を学んでいる息子のマットさんが一服差し上げた。(c)Kasumi Abe

この日参加希望を出したのは56人のスタッフで、日本にルーツのある会社のため日本の文化にも興味がある人ばかりだ。参加者から「茶碗を時計回りに回す理由は?」「正式な茶の湯はどのくらい時間をかけるの?」「湯呑みを拭く理由は?」など、次々と質問が飛び交った。

例えば、飲む前に茶碗を少し回す理由は、自分が正面を避けることで、茶碗の作者に敬意を表す意味を持つと北澤さんは説明する。このような意味合いを聞いた参加者は、大きく頷いていた。思いやりや相手を敬う日本の心がきちんと伝わり理解されたようだった。

インタラクティブな雰囲気で、参加者から次々と質問が飛び交った。(c)Kasumi Abe
インタラクティブな雰囲気で、参加者から次々と質問が飛び交った。(c)Kasumi Abe

以前日本を旅行中に茶の湯を一度体験したことがあるインガ・ショバーグさんは、「旅行中に体験した時はよくわからなかったけれど、今日やっと、茶碗が壊れないように持つ方法や、いただく前にお辞儀をする理由がわかりました」と、再び体験できたことを喜んだ。

「私の1日の始まりは3杯の紅茶から」と言うのは、イギリス出身のダイ・エクリーさん。コーヒー文化のアメリカと違い、イギリスにも茶の文化がある。「イギリスの紅茶は伝統的に必ずミルクから入れ、その後お茶を注ぐんです。母も祖母も飲むのはアルコールやコーヒーではなく必ずティー(紅茶)でした」。伝統的なものが好きだと言うダイさんは、初体験となった茶の湯に興味津々の様子だった。「いただいた抹茶はちょっとしたミール(食事)のような感触でした。またこのような場を体験したい」と、北澤さんに次回開催されるミニ茶会情報を聞いていた。

(c)Kasumi Abe
(c)Kasumi Abe

筆者自身が今回の取材で学び心に響いた事の1つに、茶の湯の世界の「今に集中」「同時進行しない」がある。参加者がスイーツを食べながら抹茶を飲んでも良いかと聞くと、講師が厳しく禁じた。

確かに。何となくのながら食べ飲みは本来の味がわからないままただ胃に入れる作業であるし、物事に集中しないままでは成果もぼんやりするものだ。

次は「教育現場」編。明日、アップ予定。

アメリカの企業や教育現場で「日本茶」が嗜まれていた!【3】に続く)

(Text and photos by Kasumi Abe)無断転載禁止

ニューヨーク在住ジャーナリスト、編集者

米国務省外国記者組織所属のジャーナリスト。雑誌、ラジオ、テレビ、オンラインメディアを通し、米最新事情やトレンドを「現地発」で届けている。日本の出版社で雑誌編集者、有名アーティストのインタビュアー、ガイドブック編集長を経て、2002年活動拠点をN.Y.に移す。N.Y.の出版社でシニアエディターとして街ネタ、トレンド、環境・社会問題を取材。日米で計13年半の正社員編集者・記者経験を経て、2014年アメリカで独立。著書「NYのクリエイティブ地区ブルックリンへ」イカロス出版。福岡県生まれ

安部かすみの最近の記事