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埼玉県虐待禁止条例案について考える-社会でこどもを守るために #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(写真:イメージマート)

 2023年10月13日に、埼玉県議会で、こどもを自宅などに放置したまま外出したり、自動車内に置き去りにしたりする行為を虐待と位置づけて禁止する条例の改正案が審議されると報道された。

 このニュースを聞いて、「日本でも、やっとそういう時代になったのだ」と思った。これまで、こどもの傷害予防に関して発信し続けてきたが、「保護者の責任」について述べることは極力避けてきた。その理由は、保護者の責任を指摘しても、次の同じ事故を予防する効果がないことを嫌というほど味わってきたからだ。「あまり気をつけなくてもいい、少しは目を離してもいい製品や環境を整備することを優先する」、これが傷害予防の原則と考えて活動してきた。

 また、20年以上前のニュースも思い出した。「幼児連れの日本人夫婦がアメリカ西海岸に観光に行った。マーケットの駐車場に車を止め、車中にこどもを残して買い物をしていたところ、こどもを置き去りにしたとして現地の警察に逮捕され、2〜3日、拘留された」というニュースであった。その当時、日本社会の対応とのあまりの違いにびっくりしたことを覚えている。

 2005年に、保護者の責任について自分が書いたものを読み返してみた(資料1))。そこでは、両親が外出中に二人のこどもが火災で焼死した事故を取り上げている。

 『「自分では何もできない小さなこどもだけを残して出かけるなんて考えられない」という指摘がある。一方、「育児に追われる毎日、こどもが寝てからでないと買物も息抜きもできない」のが現実で、買物に出かけたことは非難できないという意見もある。前者の意見を強調していくと「親による虐待(ネグレクト)」となる。後者の意見は「母親をいくら責めても始まらないのではないか」となって、お互いの意見を調整することは不可能である。歴史も異なり、社会システムも異なる外国の一部の国では、一瞬でもこどもだけにして放置すると罰せられる制度がある。現時点のわが国では、そのような法的処置が国民に受け入れられる素地はないと思われる』  

 そして、保護者の責任に対するわが国の考えの例として、熱中症についての対応を取り上げている。

 『読売新聞の社説(資料2))では、熱中症で倒れる人が多発している現状を指摘し、無理と無知から事故が起こっていると述べている。「警察庁のまとめでは、親がパチンコに夢中になるなどして、乳幼児を長時間、車内に置き去りにして死亡させた事故が昨年5件あった。論外のケースだ」となっており、乳幼児の熱中症は「論外」の一言で済まされている。

 今から7〜8年前までは、自動車の中に放置されて熱中症で死亡したこどもについて、その保護者が罰せられることはなかった。乳幼児の車内置き去りが「事件・事故」から「犯罪」へと分類のされ方が変化したのは1997年のことであると述べられている(資料3))。しかし、読売新聞の社説のように、論外という一言で済ませてしまう雰囲気もまだまだ存在している』  

 そして最後に、保護者の責任に対する私の考えを述べている。  

 『こどもは安全に成長する権利があり、それが障害される行為は児童の人権侵害であるという考え方がわが国においても近年広がってきた。今まで、こどもの人権を親権者から守るという発想は日本社会に欠如していたが、児童虐待の頻発により法的にも整備されるようになった。

 今回、法的に「こどもの置き去り防止」について条例で明文化される意義は大きいが、これからいろいろな議論が交わされることになるだろう。そこで、Safe Kids Japanのメンバーで話し合い、現時点での見解をまとめておくことにした。以下にその見解を示す。

埼玉県虐待禁止条例案に関するNPO法人 Safe Kids Japanの見解

                          2023年10月10日

・本条例案を、虐待防止・こどもの傷害予防に向けた新たな取り組みとして評価する。

・但し条例として制定するにあたっては、サポート体制が不可欠である。本条例案に、「(埼玉)県は、市町村と連携し(・・・中略・・・)、児童の放置の防止に資する施策を講ずるものとする」と示されているが、具体的な施策について急ぎ検討を始め、本条例案が可決された場合の施行日である2024年4月1日までに一定の体制を整備しておく必要がある。

・(埼玉)県は、こどもの安全をこどもの保護者や祖父母等に代表される親族にのみ委ねるのではなく、教育・保育施設、学校、学童保育、ベビーシッター等の社会資本の積極的な活用を推進し、それぞれの場の安全な環境整備を支援する必要がある。

・日本では、こどもが自宅や自家用車内等保護者の管理下でケガを負った場合、保護者は「私が見ていなかったから」と考え、その情報を第三者に伝えることをしない傾向がある。今回の条例案を受けて、ネット上では多くの意見が述べられているが、「働いている保護者は対応できないではないか」「シングルの場合はどうするのか」などという批判的な意見が多い。これも上記のケガの問題と同じで、「こどもの問題は保護者が引き受けて解決しなければならない」という考え方が根強いことがうかがえる。もちろんこどもの育ちに関してはどのような内容であっても最終的にはその保護者に責任があるが、こどもの育ちを地域に開く、みんなで育てる、という考え方に基づいて見直してみると、この条例案も実現可能になり、こどもの健やかな育ちを支える社会インフラが整備されていくのではないか。

・本条例案ではこどもを年齢で区切っているが、世界的な流れを見ると、一律に年齢で区切るのではなく、こどもの発達に応じて保護者が判断する、という考え方が主流になりつつある。こどもの発達状況は必ずしも年齢とマッチするものではないので、柔軟な対応が許容されることを求めたい。

 今回の埼玉県の改正案が可決された後は、その条例が適応された例を収集・分析し、その条例の効果と課題を検証していく必要がある。また、このような条例を他の地方自治体でも追随、検証し、ゆくゆくは国として「こどもの人権」を確保する法律として整備する必要があると考える。

■資 料■

1)山中龍宏:「子どもたちを事故から守る」連載第20回、小児内科 37:p.138-142,2005

2) 読売新聞:平成16年7月24日朝刊社説「熱中症 適切な対処さえすれば防げる」2004

3) 品田知美:〈子育て法〉革命。中公新書、中央公論社、東京、2004, p.154

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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