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保護者の車に轢かれる-死角の存在を大前提に #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
(提供:イメージマート)

 保護者等の車にこどもが轢かれる事故が多発している。この悲劇を繰り返さないためには、どうしたらいいのだろうか?

 今から6年前、このYahoo!ニュース(エキスパート)に「保護者や知人に子どもが轢かれる事故について考える」(2018年7月14日)と題した記事を書いた。

保護者や知人に子どもが轢かれる事故について考える(山中龍宏) - エキスパート - Yahoo!ニュース

 この記事では、交通事故総合分析センターイタルダ・インフォメーション交通事故分析レポートNo.115と、アメリカのこどもの交通事故予防活動を行っている団体「Kids and Car Safety」のデータを引用して考察した。

保護者の運転する車に幼児が轢かれる事故の実態

 1年くらい前、風邪をひいて私のクリニックを受診した3歳女児の鼻の頭に絆創膏が貼られていた。私が「転んだの?」と聞くと、母親が「父親の車の前に居て轢かれ、車の下から出てきたんです」と言う。こういう事例はニュースにはならず、同じような事故は多発していると思われる。

 前回書いた記事(上記)の後に起こった同様の事故について、ニュースからメモしておいたものを列記してみた。私が気づいたものだけなので、抜けているものも多いと思う。発生年月日も若干ずれているかもしれないが、参照していただきたい。

2018年7月以降の事故の実態

報道等を参照し、筆者がまとめた
報道等を参照し、筆者がまとめた

 前回の記事を書いてから6年経っても、状況はまったく変わっておらず、保護者や知人の運転で幼児が轢かれる事故が続いている。ニュースでは、「一瞬の気の緩みが事故につながった」と指摘され、その言葉で皆が納得して一件落着となっているが、それはコメントであって、予防にはまったくつながらない。

 自動車には必ず「どうしても見えない範囲」=死角が生ずる。死角は、前方、側方、後方、ピラー(ルーフを支えている車の支柱)などがある。上記Kids and Car Safetyの調査によると、自動車から見えない領域(Blind zone)は、平均で4.6~7.6mで、運転者の体格や車体の大きさ、形状によっては、見えにくい領域はさらに広くなるという。

これまでの予防策

 これまで指摘されてきた予防法を挙げてみると、交通事故総合分析センターでは、「車の近くでは保護者が手をつなぐことを習慣に」、「発進前の周囲(死角)確認を習慣に」と指摘している。「助手席側まで身体を乗り出して確認、運転席側の窓を開けて様子を見る、声が聞こえればこどもが近くにいることに気づける」などの指摘もある。警察は「慎重な運転」を呼び掛けている。それらを確実に実行すれば、事故は起きないかもしれないが、実際の生活場面でこれらを常に実行することはできない。これら「できないこと」、「しないこと」を指示、指摘してきただけなので何の効果もなかったのだ。

これからの予防策

 同じ事故が続いているということは、これまでの対策、対応が不十分であるということの証拠である。そこで、どうしたらいいかについて考えてみた。

①より詳しい実態の把握

 交通事故総合分析センターのイタルダ・インフォメーションNo.115(再掲)の「駐車場等における歩行者対四輪車の事故」によると、事故が起こった人的要因として、6歳以下では「保護者等の不注意」が73%を占め、この不注意の70%は「手をつないでいなかった」とされている。手をつないでいなかった理由の28%は「安全だと思った」となっているが、この設問を立てても予防を考えることはできない。大きな駐車場の場合の設問であると思われるが、自宅の駐車場の場合では手をつなぐことなどできない。急いでいる時などに事故が起きることが多く、次回、同様の調査を行う場合は調査項目、設問について十分検討する必要がある。

 また、事故が起こった車種、運転者の身長、こどもの身長、運転者席から見た視野範囲、死角の具体的な領域や角度を記録して分析する必要がある。これらのデータをもとに、自動車に取り付けた場合に死角が生じないような機器の規格を設定する必要がある。

②メディアの役割

 事故が起こったという事実を広報するのがメディアの役割である。上記の表で示したように、保護者や知人の運転によるこどもの轢死事故は時々しか起こらないので、その場限りの報道になってしまう場合がほとんどである。地方版の1回限りのニュースで終わってしまうものも多いと思われるが、そのようなニュースも記録として残す必要がある。これについては、ニュースをくまなく検索できるAIに頼るしかないだろう。定期的に検索してデータベース化し、事故が起こった時には、最近1年間の同じ事故を列記するとよい。事実を事実として示し続ければ、新たな対策が必要ということを社会に示すことができる。

 園バス置き去り事故死の事例でも、信じられない事故死が続けて起こった。そこで、ヒトの努力だけによる予防から、ヒトが注意しなくてもいい置き去り防止装置の設置が国によって義務付けられた。園バス置き去り事故死の遺族は「死んで、法律を作るために生まれてきたわけではない」と語っていた。死亡例が多発しないと予防策まで進まない社会であってはならない。

③確実な予防対策となる機器を開発する

 ヒトの目は、頭部の前方に位置していて、前方を見ることはできるが、頭の後ろ側は見ることができない。極端な言い方をすれば、ヒトには常に死角があるということだ。ヒトの努力だけで死角をなくすことは不可能で、機器による補完、支援が不可欠である。幼児やペットは、自動車が動くことを認識せず、衝動的に動き、運転席の人に近づきたがる。

 車のエンジンをかけると同時に、「車の周りに子どもやペットがいないことを確認してください」と音声が流れるようにする。この音声は強制的に設置し、設定を解除することができないようにする。また、後付けすることができる装置を開発する。

 自動車を発進させようとするとき、死角になりやすい車の前下方、後方に熱を持った物体(人体や犬、猫など)がいると、赤外線のセンサーでキャッチして「後方にこどもがいます」などの警告を出す仕掛けを自動車に内蔵、あるいは後付けで設置し、センサーが物体をキャッチした場合は自動車が発進できないようにするとよい。このような対策を行えば、予防できる可能性が高くなる。

④すべての自動車にセンサーの設置を義務付ける

 国土交通省は保安基準を一部改正し、2024年11月以降に発売されるすべての新車にバックカメラや障害物を検知するシステム、もしくは車両後方に取り付けるミラーの設置を義務付けた。

 しかし、予防のためには、既存の車も含めたすべての車に検知システムの設置を義務付けなければならない。そのためには、事故の危険性について社会的な認知度を上げる必要がある。メディアが事故の報道をする時は、必ず、数年前からの同様の事故例のリストを掲載し、同じ事故が起こり続けていること、現在の対策は不十分であることを指摘し続ける。これらのデータをもとに、事故予防活動を行っている団体から自動車業界や、国会議員に対して義務化の働きかけを継続して行う必要がある。

⑤遺族への公的な支援が必要

 こどもを轢いてしまった保護者は、こどもを亡くした悲しみと、自分の責任を強く感じて、立ち上がることができない。この複雑性悲嘆をサポートする公的な支援が不可欠である。この支援は長期にわたるので、継続性がある公的な支援のシステムを作る必要がある。

 ヒトが「できないこと」、「しないこと」を指摘し続けても予防にはつながらない。ヒトの死角を補うためには機器による援助を受けるしかない。この考え方を基本にして「重傷事故」対策を考える必要がある。

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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