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食べ物によるこどもの窒息の責任を考える #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
この画像はイメージであり、本件とは無関係です(筆者)(写真:イメージマート)

 保育や学校の管理下で食べ物によるこどもの窒息が起こっている。死亡例もあるが、自発呼吸が戻らず、医療的ケア児となって長期に療養しているこどももいる。刑事事件として扱われることはほとんどないが、民事訴訟となり、ニュースでその判決を見ることがある。

 2017年2月、千葉県の3歳2か月児が、市立保育所で出されたホットドッグのウインナーで窒息し、医療的ケア児になった。2024年9月、その二審の判決が出た。

一審判決:2022年10月の東京地方裁判所の判決では、ホットドッグを提供したこと、その提供方法、監視体制などが争われたが、すべて違法性はなく、保育所側に落ち度はないとされた。

二審判決:2024年9月の東京高等裁判所の判決では、男児は噛む力が弱く、事前に両親から硬いものが食べられないなどの情報が園側にあったこと、9cm長のウインナーの調理法が不適切であったこと、管理者がホットドッグの危険性について調理担当者や保育士に十分認識させていなかったことなど保育所側の落ち度が指摘されて、約1億800万円の賠償金の支払いが命じられた。

 一審と二審の判決は、相反する意見を代表するかたちとなった。保育管理下の食べ物によるこどもの窒息に対して、社会はどのような対応をとることが望ましいかについて考えてみた。

食べ物の危険性

 食べ物による窒息については、こどもの年齢と発達段階を考慮する必要がある。

① それぞれの月齢、年齢で、年齢相当に摂食できるこども

1 食べ物

 正常発達のこどもでは、それぞれの月齢、年齢で窒息の危険性がある食べ物はある程度わかっており、その危険性を排除するための調理法もわかっている。それらの情報は、いろいろなところで公開されている。

〜食品による窒息 子どもをまもるためにできること〜(日本小児科学会 こどもの生活環境改善委員会 2023年11月改訂 ver.2)

食品による子どもの窒息・誤嚥事故に注意! ―気管支炎や肺炎を起こすおそれも、硬い豆やナッツ類等は 5歳以下の子どもには食べさせないで―(消費者庁 2021年1月20日)

教育・保育施設等における事故防止及び事故発生時の対応のためのガイドライン(内閣府他 2016年3月31日)

 こどもに関わっていて、食事を提供する機会がある場合には、これらのガイドラインを遵守しなければならない。それを守らず、こどもが窒息した場合には社会的責任をとる必要がある。また、正常児で、これまでに危険性が指摘されていない食べ物で窒息した場合は、窒息のメカニズムを詳細に検討する必要がある。

2 食べ方

 食べ方による窒息も起こっている。典型例は早食い競争である。10歳以上では、早食いや、物を放り上げて口で受ける食べ方などは危険であることを教育する必要がある。

② 嚥下機能に問題があるこども

 嚥下機能に問題があるこどもでは、どのような機能に問題があるかについては個別性が強く、一般論では対応できないが、少なくとも正常発達のこどもで推奨されている年齢、調理法は守る必要がある。障害児では、あらゆるもので窒息する可能性がある。食事中、隣のこどものお皿から危険性がある食べ物をつまんで食べて窒息する例もある。

判決についての私見

 保護者側は、「食材を適切に調理し、保育士がきちんと見ていれば、こんなことは起こらなかったはず」、「窒息さえ起こらなかったら、こどもは今も元気でいるはず」と思っている。保護者の生活は一変し、こどもの将来についての不安に襲われる。

 保育士側は、「細心の注意を払っても、ずっと一人のこどもの食事に付き合うことはできない。大泣きした後、大きく息を吸い込むことはよくあり、そこまでコントロールできない」、「そこまで要求されたら、保育士になる人はいなくなる」と思っている。

 それぞれの思いは平行線状態で、接点を持つことはできない。裁判の場では、原告と被告に分かれ、それぞれ相手の非を挙げて、相手方の責任を問うことに終始し、最後に裁判官が判決を下すことになる。判決では、いくつか項目が挙げられ、それぞれについて法的な非の説明があり、それに相当する賠償金額が示される。判決が出ても、多くの場合、問題が解決することはなく、原告、被告双方とも判決結果をそのまま受け入れることができない。審議には少なくとも数年かかり、控訴するとさらに年月がかかる。今回取り上げたケースでも二審の判決までに7年以上かかっている。「勝訴」、「敗訴」という言葉があるが、「勝った」、「負けた」という言葉遣いは、私には違和感がある。これらの状況から、裁判の場で争うことは避け、それ以外の方法による解決を考える時ではないか、と考える次第である。

無過失補償制度

 一審と二審の判決は、どちらの立場を尊重するかで判決が分かれたのだと思う。そして、ふと、産科医療補償制度のことを思い出した。

 生まれるとき、ヒトはすぐに肺で呼吸する状態に移行する必要があるが、それがうまくできない状況は常に存在する。すなわち、出産時は常に低酸素性脳症となる危険性がある。

 ものを食べたり、飲んだりするとき、どの年齢層のヒトでも、毎回、のどの奥にものが詰まったり、気道に入ったりする可能性がある。すなわち、摂食時は常に低酸素性脳症となる危険性がある。

 この状況を認識できれば、出産時も摂食時も100%安全であるとはいえない。現在行われている係争は「100%の安全」を前提にして議論が行われており、社会システムとして無理がある。

 2004年12月に起こった福島県立大野病院事件では、帝王切開手術を受けた妊婦が死亡し、執刀医が逮捕された。これを機に、出生時の司法リスクを避けるため、産科は萎縮医療になり、お産できる施設、医師が減少して医療崩壊が起こった。そこで2009年から、早期の補償、紛争の防止、医療安全を目的に産科医療補償制度が創設された(参照:下記文献)。

 この制度が創設された動機となった状況は、現在の保育管理下で重傷事故が起こった後の状況によく似ている。今回取り上げたウインナーによる窒息事故について、保育側の過失を大きく取り上げて保育側を責め続ければ、「食事に問題があるこどもは引き受けない」、「食事は家庭で作ったもののみの提供とする」、「食事の提供、介助は一切しない」など、保育側は腰が引けた状況になり、こどもを預けたい保護者が困ることになる。

 保育管理下の重傷事故の問題を解決するためには、産科医療補償制度に倣って、保育管理下の重傷事故の補償制度を創設する必要がある。具体的には、日本スポーツ振興センターの災害共済給付システムを拡大して、保育管理下の全てのこどもにこのシステムを適用し、保育管理下で起こる「食う(食べ物による窒息)」、「寝る(睡眠中の突然死)」、「水遊び(溺れ)」などの死亡・重傷事故に対応するとよい。現時点では、保育管理下の窒息死は年に1〜2例であり、医療的ケア児になるような窒息は、年に10例もない。この制度にかかる費用は簡単に試算することができ、実現可能性が高いシステムであると考えている。

おわりに

 窒息しやすい食べ物やその調理法は、誰もが知っておくべき生活上の基本的な知識である。今回は、保育管理下で起こった裁判事例を取り上げたが、一般家庭や実家、知人宅でも食べ物によるこどもの窒息は発生している。それらはニュースで取り上げられることはなく、法的責任を問われることもないが、一旦発生すると悲惨な状況になる。今回、保育管理下での窒息について相反する判決内容を紹介し、社会としてどう対応するのが適切かについて私見を述べた。この社会システムについて早急に検討していただきたいと考えている。

【文 献】

大磯義一郎:無過失保証制度への期待と展望:医療補償制度創設に向けて 日本医師会雑誌152:20-24, 2023

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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