文科省・主権者教育推進会議の「中間報告」に欠けている視点
これまで度々取り上げてきたように、18歳選挙権実現を契機に主権者教育が広がった一方、中身に関しては現実の政治課題を扱わないなど数多くの課題が指摘されている。
関連記事:10代の投票率は3分の1以下。主権者教育と政治報道を抜本的に見直さないと若者の投票率は上がらない(室橋祐貴)
そうした中、2020年11月2日、文部科学省の「主権者教育推進会議」は中間報告「今後の主権者教育の推進に向けて」を公表した。
小学校から主権者教育を実施していくことや、家庭・地域における主権者教育推進、モデル校での実践研究の推進、児童生徒向け副教材や教師用指導資料の開発などを提言し、社会総がかりでの国民運動として取組みを展開することが重要としている。
最終報告に向けた検討課題として、「大学段階における主権者教育の在り方」、「教員の養成、研修の在り方」、「教育現場における政治的中立性の担保の方策」などを挙げている。
今後の検討課題として挙げられている「政治的中立性の担保の方策」の内容次第によって評価は大きく変わるが、中間報告を見た感想としては、特段目新しいものがなく、現状分析が甘い、物足りないと言わざるを得ない(義務教育課程からの主権者教育実施などは新学習指導要領で掲げられており、新規性はない)。
中でも、これまでの主権者教育が投票人を育てる「選挙教育」になっていた点、日本における大きな課題である「政治的有効性感覚の低さ(私の参加により社会現象を変えられるかもしれないという感覚が少ない)」を省みようとしていないのは、非常に残念な点である。
政治に関心はあっても、「変えられる」と思っていない日本の若者
真に必要な主権者教育の方向性を示す前に、日本の若者の現状を改めて確認しておこう。
若者の投票率の低さから、「日本の若者は政治に関心がない」とよく言われるが、他の先進国と比べて低い訳ではなく、むしろ高いのが実態である。
OECDが2016年に発表したレポートによると、「政治に関心がない」と答えた15~29歳は、OECD平均の26%より少ない11%。31カ国中3番目の低さとなっている。
ちなみに、全世代で見ても、投票率が低下し始めた1990年代以降に、政治関心がとくに低下しているという傾向はみられない(つまり、政治関心は投票率の主要因ではないことがわかる)。
一方、「私の参加により、変えてほしい社会現象が少し変えられるかもしれない」という感覚(政治的有効性感覚)は、他の先進国の若者と比べて、低くなっているのが現状だ。
またルール遵守の意識が強まっているのも、最近の日本の特徴である。
こうした現状を踏まえると、日本の(主権者)教育において決定的に欠けているのは、生徒が主体的にルール(校則・条例・法律等)を考え作っていく経験であり、批判的に物事を考える視点だということがわかる。
生徒の学校参加
地域への参加ももちろん重要であるが、生徒にとってもっとも身近な社会は学校であり、主権者教育が発達している欧米諸国では、学校の一員として、生徒が学校運営に参加している。
具体的な仕組みや背景は、筆者が代表理事を務める日本若者協議会での「学校内民主主義を考える検討会議」による有識者へのヒアリング動画で詳しく載っているためそちらをご覧頂きたいが、例えばアメリカの2000年代以降の市民性教育改革論議を牽引してきた報告書『学校の市民的使命(Civic Mission of Schools)』(2003年)では、特に効果的な実践方法として、政府・歴史・法・民主主義の学習、時事的問題の議論、サービス・ラーニング、課外活動、学校運営への生徒参加、模擬投票等のシミュレーションの6つが示されている。
そして、学校が生徒の声を聞いているかは学校評価の一つの指標になっており、定期的にチェックを受けるようになっている。
一方、日本においては、現在日本若者協議会でも「学校内民主主義」に関する実態調査を行っているが(「学校内民主主義」に関する生徒/教員向けアンケート実施のお知らせ)、熊本市教育委員会が今年8月に実施した、市内の学校や教職員、児童生徒を対象にした「校則・生徒指導のあり方の見直しに係るアンケート」の調査結果を見ると、ほとんどの学校が定期的に校則の見直しを行っている一方、見直しの過程で、教職員のみで作成・検討・決定していたのが115校で、全体の8割を超え、▽児童生徒の意見を聞く 6校▽児童生徒が提案する 3校▽保護者の意見を聞く 2校▽児童生徒・保護者が検討に加わる 2校――と、子どもや保護者の意向を踏まえる学校はごく少数になっている。
このように現状の日本では、学校運営への生徒参加はほとんど見られず(生徒会の権限が弱いとも言い換えることができる)、授業にとどまらず、学校運営自体を見直していくべきである。
選挙以外の政治参加の手段
また、日本だと政治参加=選挙のイメージは強いが、実際に社会を変えるという意味では、他の手段、政策提言(ロビイング・陳情)やデモ、署名の方が効果的なことも多い(=物事を変える経験に結びつきやすいため、社会参画の有効性感覚の醸成につながりやすい)。
関連記事:徐々に広がりつつある「投票」以外の若者の政治参加。政策提言で社会を変える方法(室橋祐貴)
しかしこうした手段についても、日本だと未発達な上に、義務教育で教えられることはないため、投票以外の形態の政治参加の水準は低く、さらに年々低下傾向にある。
これらの点についても「中間報告」で触れられていないのは非常に残念である。
現状の「中間報告」を読む限り、「政治関心向上→活発な政治参加」という単純な図式にとらわれており、これでは成果を期待することは難しいだろう。
現状の「中間報告」は、上述の引用元にあるような(専門家ではない)学生が考えるアイデアとそう変わらない。
政府の有識者会議なのだから、現状の実態や専門的知見に基づいて提言をまとめることを期待したい。