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その傷害予防の啓発資料は適正か #こどもをまもる

山中龍宏小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長
思いやり SHARE THE ROAD運動(横浜市)のチラシから(筆者抜粋)

 町中を歩いていたり、車の運転をしている時に、ときどき「おやっ」と思うことがある。

 先日、たまたま路線バスの後ろを見かける機会があった。多くの場合、バスのリアウィンドウには広告が掲示されている。何気なく見ていたら、左の上方にピンク色のステッカーが貼ってあることに気づいた(写真1)。

写真1:バスの後ろに貼られているステッカー(筆者撮影)
写真1:バスの後ろに貼られているステッカー(筆者撮影)

 今まで見たことがないステッカーで、左側には英語で「SHARE THE ROAD」と書いてあり、その下には横浜みなとみらいの景色が描かれている。右側の絵は、自転車に乗った人が、自動車の中の人に「いいね!」というサインを送っている。自動車の中の人も、親指を立てて「いいね!」というサインを送り返している。下方には、自動車と自転車の距離を示す矢印が描かれている。「道を空けて、自転車の安全を確保してくれてありがとう」と言っていると思われる。このステッカーのメッセージは、「狭い道では、自動車は並走して走る自転車との距離を保って、安全な運転をしてください」ということであろう。

このステッカーの問題点

 2023年4月から、自転車に乗るときはヘルメットの着用が全年齢で努力義務となっている。しかしこのステッカーに描かれているイラストでは、自転車に乗っている人がヘルメットを着用していない。簡略化の結果であるとしても、不適切である。また、自動車に乗っている人は、シートベルトを使用しているようには見えない。路線バスという公共交通に貼られているステッカーなので、公的なメッセージと言ってよいだろう。このような媒体には簡略化が必要であることは理解しているが、ヘルメットやシートベルトは必ず描き込む必要がある。また、日本国内で発信しているメッセージが、英語だけで表示されていることについても違和感を覚えた。

ステッカーについて調べてみた

 このステッカーには、右下に「YOKOHAMA」と書かれているので、横浜市のホームページで調べてみたところ、このステッカーは横浜市道路局が実施している「思いやり SHARE THE ROAD運動」という取り組みの一環として作られたものであることがわかった。「思いやり SHARE THE ROAD運動ってなに?」という動画によると、「SHARE THE ROAD」とは、「自転車とクルマがお互いに思いやりを持って道路(ROAD)を共有(SHARE)すること」であり、「お互いに思いやりを持つことで、安全・安心・快適に道路を利用することを目指して」いるということである。

 この「思いやりSHARE THE ROAD運動」に関するポスター類は数種類あり、その中には、下記画像のように、自転車用ヘルメットを着用していることがわかるイラストもある。

「思いやりSHARE THE ROAD運動」チラシ(横浜市)から(筆者抜粋)
「思いやりSHARE THE ROAD運動」チラシ(横浜市)から(筆者抜粋)

 このイラストのように、頭部の上半分の色を変えるだけで、「ヘルメットを着用している」ことがわかる。より多くの人の目に触れると思われる路線バスのステッカーにも、ぜひこのイラストを採用していただきたい。

おわりにー取り組みの方向性

 自転車に乗るときは、ヘルメットの着用が不可欠であり、着用率を上げる活動を優先的に行う必要がある。地方自治体の役割は、「道路のシェア=狭い道での譲り合い」を呼びかけて事故を予防しようとすることではなく、まずは「自転車専用レーンを整備、拡充」することである。

 また、ヘルメット非着用の状態で事故に遭った場合の不利益(重傷を負う、保険の補償対象外となる、など)を周知する、現在「努力義務」とされているヘルメット着用の義務化に向けてパブリック・コメントを募集する、といった取り組みも求められるだろう。

 地方自治体には、「呼びかけ」だけではなく、より実効性の高い施策を実施してほしいと考えている。

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小児科医/NPO法人 Safe Kids Japan 理事長

1974年東京大学医学部卒業。1987年同大学医学部小児科講師。1989年焼津市立総合病院小児科科長。1995年こどもの城小児保健部長を経て、1999年緑園こどもクリニック(横浜市泉区)院長。1985年、プールの排水口に吸い込まれた中学2年生女児を看取ったことから事故予防に取り組み始めた。現在、NPO法人Safe Kids Japan理事長、こども家庭庁教育・保育施設等における重大事故防止策を考える有識者会議委員、国民生活センター商品テスト分析・評価委員会委員、日本スポーツ振興センター学校災害防止調査研究委員会委員。

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