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大都市経営の新たな組織形態を考えよう:都道府県でも市町村でもない第3の組織

上山信一慶應大学名誉教授、経営コンサルタント
出展:エストニア政府

 企業経営の世界ではM&Aによる規模拡大や異業種間の経営統合など、いわば何でもありの業界再編が進む。経営形態も持ち株会社やジョイントベンチャーなど目的に合わせて自由に選べる。そうしなければ生き残れないからだ。都市の経営でも事情は同じだ。小規模の市町村は水道やごみ焼却工場は維持しきれなくなり、民間委託や隣の市町村との共同事業化などが進む。大都市ではどうか。一部で民間委託などが進むが事業規模が大きすぎて引き受け手の企業がいない場合がある。大阪市営の地下鉄・バスのように丸ごと民営化(株式会社化)できる場合はいい。それでも民営化の議決には議会の3分の2の議決が必要という地方自治法由来の規制が障害となり、時間がかかった。あるいは地方の道路の維持管理のように県庁と市町村の共同事業化が理想なのに現行制度のままでは難しい場合もある。国の制度は全国の自治体を一律で扱う。そのためあちこちで不合理が生じる。官から民への規制の弊害が言われて久しいが、官から官への規制(官官規制)も問題だ。

〇政令指定都市と府県の二元行政

そんな中、新たな方策を模索する動きもある。2021年4月に「大阪府市一元化条例(通称)」が施行された。これは大阪府と大阪市(以下府市)の二元行政を解消するため、成長戦略や都市計画の権限の一部を市から府に事務委託するもので、政令指定都市の主要権限を道府県に移管する全国初の条例だ。これは前年11月の住民投票で否決された「大阪都構想」の代案ともいわれる。

条例の目的は政令市の大阪市を存続させつつ、これまで知事と市長の人間関係で行ってきた府市一体の行政運営をルール化することだ。具体的には府市が共同設置する「副首都推進本部会議」で成長戦略や都市計画を協議する。そして府市両議会で府に事務委託する事業を決める。

大阪市と大阪府の広域一体運営は長年の懸案だった。過去、長年にわたって高速道の淀川左岸線、鉄道のなにわ筋線の建設など、特にインフラ関係において大阪市と大阪府の足並みがそろわず、大都市としての大阪の発展が遅れた。そういう意味でこの条例の意義は大きい。

海外の大都市でも広域行政と基礎自治体の役割分担で様々な工夫がされている。例えばフランスでは3万以上もある基礎自治体はそのままにした上で、バーチャルな市町村合併、あるいは都市部の事業を「メトロポール」という広域事業推進体組織に委ねる制度ができた。米国は以前からそうだったが、他の国でも基礎自治体のそれぞれが“フルセット自前主義”ですべての業務を同様にこなす仕組みの見直しが始まっている。

〇都道府県でも市町村でもない事業体に委ねる方法

大都市経営に必要な事業は、上下水道から学校、公衆衛生まで多岐にわたる。従来は、基本的に都道府県と市町村のどちらかが担ってきた。しかし、最近はその中間形態ともいえる複数市町村による合同の業務執行(例えばごみ処理の組合など)が増えている。多くは、複数自治体が合併再編せずにサービスだけを統合する仕組みである一部事務組合や広域連合を使っている。

大阪等では中核市の周りで消防をブロック化していく動きもある。道路の利便性向上やICTインフラを使えば、各市町村がそれぞれ域内でフルセットで事務事業を担う必要はなくなりつつある。民営化はもとより、隣接市への委託、共同事業化、都道府県への委託、共同での大手企業への外注など、なんでもありうる。

〇政令市という受け皿

大阪など政令指定都市を擁する大都市では、一部事業を各市町村から切り出して政令指定都市の出資団体に委託する方法もある。例えば大阪府の市町村の中には、下水事業を大阪市が出資する株式会社であるクリアウォーターOSAKAに任せていく動きがある。あるいは最近、東京都は一般財団法人の「東京学校支援機構」を作り、23区内にとどまらず市町村立の小中学校の支援を始めた。

さらに、これは自治体の業務ではないが、近接する関空、伊丹、神戸の3空港は、ともに民間企業であるオリックス等にコンセッション(公共施設等運営権)の権利を売却し、結果的に広域での大規模な民間業務委託を実現した。また大阪市がすでにやり始めている水道管路の更新の一括民間委託などの方式は、小規模自治体が単独で行うと採算がとりにくいが、複数の市町村が大阪市の指導のもとで一緒になって発注することなどが考えられる。

〇政令指定都市が周辺自治体をけん引する

今後を見据えると大阪市など力のある政令指定都市は実質的に周辺の中小市町村を支え、スケールメリットを追求し、そのことで自らの経営も一層効率化していくのが得策ではないか。

政令指定都市は、古くはこれを市域拡張で達成してきた。だが、もはや周辺市の業務をフルセットで取り込む必要はない。上下水道など一部業務のみ周辺市と連携し、実質的な市域拡張をすればいい。あるいはさきほどのクリアウォーターOSAKAなどの子会社を使って、持てるスキルを広く周辺に提供しその対価を得る。

そういう意味では、府か市町村か、広域か基礎か、という二元論だけで大都市経営は語れない。特に大阪府と大阪市の関係は二者択一ではなく、大阪府が音頭を取って大阪市のスキルや技術を出資団体を通じて、あるいは大阪府を経由して周辺自治体に提供するというシナリオも必要だ。

注目すべきはそのことで大阪市も市域の外から”外貨”を獲得し、いっそう発展できるという点だ。わが国の大都市はフランスなど世界の動きを見据え、またICTがもたらすイノベーションにも目配りしつつ、これからの広域事業の形を見直すべきだろう。

〇時代遅れの国の大都市制度

ところで大阪が住民投票に二度も挑戦して大阪都構想をめざした背景には、大都市制度に関する国の制度の不備があった。地方自治法は東京以外に都区制度を認めていなかった。そこで大阪府市は2012年に大都市法の制定を求めた。

この法律は全国を対象にしつつ、現実には大阪のためにつくられた法律だった。そこではある意味、泥縄式に東京の都区制度が下敷きにされた。それは当時の政治情勢に照らせば現実的だったものの、原理的には大都市にとってベストな法律ではなかった。本来は地方自治法の大都市制度の部分を全面改正すべきだった。あと消防法、水道法がいまだに市町村単位の事業遂行を前提にしているのも時代錯誤だ。

制度の運用もおかしい。例えば「政令指定都市」にするか否かが、なぜ国の政令、つまり中央政府の閣議決定で決まるのか。指定の要件は主に人口要件だが、それだけではない。しかし閣議決定のプロセスは不透明だ。

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慶應大学名誉教授、経営コンサルタント

専門は戦略と改革。国交省(旧運輸省)、マッキンゼー(パートナー)を経て米ジョージタウン大学研究教授、慶應大学総合政策学部教授を歴任。平和堂、スターフライヤー等の社外取締役・監査役、北九州市及び京都市顧問を兼務。東京都・大阪府市・愛知県の3都府県顧問や新潟市都市政策研究所長を歴任。著書に『改革力』『大阪維新』『行政評価の時代』等。京大法、米プリンストン大学院修士卒。これまで世界119か国を旅した。大学院大学至善館特命教授。オンラインサロン「街の未来、日本の未来」主宰 https://lounge.dmm.com/detail/1745/。1957年大阪市生まれ。

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