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私立中・高の非正規教員が「学校を超えた」春闘を開始 複数校から賃上げ回答も

今野晴貴NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。
写真はイメージです。(写真:アフロ)

 新年度となる4月に向けて、労働組合が賃上げ等の労働条件の向上を求める「春闘」の季節がやってきた。2月に労働組合側が要求を提出し、使用者側からの回答が3月頃にあるため、春闘と呼ばれている。

 今月8日には、非正規労働者の待遇改善を求め、様々な「ユニオン」(個人で加入できる労働組合)が連携した「非正規春闘」がスタートした。「非正規春闘」は、一般的な春闘とは異なり、職場に労働組合がなくても、一人や数人がユニオンに相談・加入すれば、春闘の賃上げ交渉に参加できる「開かれた春闘」となっている。

参考:賃上げ10%を求める「非正規春闘」が本格化 どうやって参加したらいい?

 その取り組みは各業界へも広がっている。2024年の「非正規春闘」は過去最高益を出すコンビニ業界をはじめとして、「業界ぐるみの非正規の賃上げ」が呼びかけられているのである。

参考:「過去最高益」なら還元せよ! 非正規が「賃上げ10%」を要求して春闘を開始

 そうした中で、私立学校の教員を組織し待遇改善に取り組む「私学教員ユニオン」(総合サポートユニオン私学教員支部)では、加入する「非正規教員」たちが首都圏にある複数の学校に対して横断的に10%の賃上げを求め「私学非正規春闘」にも取り組み始めている

 非正規教員の割合は、公立学校で10〜20%、私立高校では約40%に及ぶなど年々拡大傾向にあり、教育現場にはなくてはならない存在になっている。教員の生活がままならなければ、目の前の生徒の教育に集中できず、結果として教育の質の維持も困難になるだろう。

 本記事では、私学教員ユニオンのスタッフへのインタビューをもとに、私立学校で働く非正規教員の労働実態や、その改善のための賃上げの動きを紹介していきたい。

正規雇用の教員と同じ仕事をしても年収600万円の格差も

 まず、教員の雇用形態についてだが、多くの学校では、正規雇用は「専任教諭」(フルタイム・無期雇用)であるのに対して、非正規雇用は「常勤講師」(フルタイム・1年更新)と「非常勤講師」(パートタイム・1年更新)の2種類あるというのが一般的だ。

 常勤講師は、専任教諭と同じく、クラス担任や部活顧問、学内の校務分掌(例えば、進路指導部など)などを担い、正規と「同一労働」していることが多い。それにもかかわらず、多くの学校で、常勤講師は待遇差別を受けている。

 例えば、私学教員ユニオンが過去に交渉したある学校では、常勤講師(この学校では特任講師という名称)は、担任や部活動の顧問など、専任教諭と同じ業務をしているにもかかわらず、年俸制(定額給与)で、専任教諭に支払われる各種手当や賞与などは一切付かずに働いていたという。

 しかも、長時間労働を強いられていた常勤講師もいたが、それに対する残業代も一切支払われないため、「定額働かせ放題」の状況であった。

 この学校の給与体系は、経験年数に比例して3つの賃金区分があり、①教員経験年数5年まで、②5〜10年まで、③10年以上の3段階の給与設定がなされているという。それぞれ額面で、①420万、②480万、③540万だという。

 一方、専任教諭の基本給は、勤続年数に比例して上昇する「年功賃金」となっており、各種手当や賞与と合わせると、常勤講師との給与格差は、30代で200万円以上、50代で600万程度にも及んでいたという。同じ仕事の範囲や責任を負いながら働いているにもかかわらず、これほどの経済格差が生じていることに合理性があるはずがない。それでも、この学校の非正規の賃金は、他の非正規教員の中ではかなり高い方であり、一般的な相場は300~400万円程度で昇給もほとんどないという。

 このような劣悪な環境や給与水準から精神的にも追い詰められた常勤講師たちもおり、日々接する生徒への教育に集中しづらいとの意見も出ていたという。

参考【大学付属中高一貫校A】非正規雇用教員への差別、人権侵害行為をやめてください!

最低賃金を割ることもある非常勤講師の働き方

 次に、非常勤講師の労働実態を見ていこう。非常勤講師は、原則としてクラス担任や部活顧問等は担当せず、授業を専門に働く時間講師になる。しかし、実際には授業以外にも、授業準備、教材研究、テスト作成・採点など膨大な「付随業務」を任されることが多い。

 非常勤講師の給与体系は、1授業50分(1コマ)に対して、2000円から3000円の賃金が払われることが一般的だという。一見すると時給が高いように見えるが、上述した「付随業務」が膨大にあり、1授業に対して2〜3倍の準備時間を要することもある。そうすると、時給換算では最低賃金を割れるケースも多々見受けられるという。

 例えば、東京都港区にある広尾学園中学校・高等学校では、「授業1コマ(50分)+準備時間(30分)」を原則の契約とする一方で、それ以外にどれだけ働いてもその分の賃金が払われない「定額働かせ放題」の状況が非常勤講師に広がっていた。

 契約上の「準備時間」である30分の中で、授業準備や教材研究、小テストの作問・採点、レポートの課題作成・提出後の評価、生徒の質問対応、定期試験問題の作成・印刷・梱包・採点・平常点の換算、国公立大学二次試験対策のための論述問題の添削など膨大な業務を行うことは事実上不可能であったという。そのため、多くの無償労働が生じていた。

参考:「タイムカード廃止」で無限残業へ?! 有名私学の恐るべき実態とは…

 このように、常勤講師だけではなく非常勤講師も、幅広い業務に従事しているにもかかわらず、低賃金状態におかれている。私学教員ユニオンによると、過去に生活苦から日中は学校として働き、夜は飲食店で働くなどのダブルワークをしていた非常勤講師もいたという。生活することで精一杯の教員が増えては、生徒たちへの教育の質へも悪影響が出てしまうだろう。

3校に10%の賃上げを求め、複数の学校から賃上げに応じるとの回答

 以上のような非正規教員たちの環境及びそれによる教育環境改善を求め、私学教員ユニオンでは、現在労使交渉中の、学校法人順心広尾学園(東京都港区)、学校法人聖学院(東京都北区)、学校法人昌平学園(埼玉県北葛飾郡)の3校に対して非正規教員の10%の賃上げを求めているという。

 3校の非常勤講師たちは、皆1授業(50分ほど)あたりの賃金は2000円から3000円ほどであるが、授業以外の付随業務もその対価が十分に支払われていないため、実際の賃金は半分程度になることもあるという。皆、昨今のインフレによる物価高騰で生活が苦しいため、常勤講師含めた非正規教員全体の「10%賃上げ」を各校へ求め春闘要求をスタートした。

学校法人順心広尾学園に対する春闘要求書の内容 私学教員ユニオン提供
学校法人順心広尾学園に対する春闘要求書の内容 私学教員ユニオン提供

 3校に対して賃上げ要求をしたところ、順心広尾学園は1月の団体交渉にて、パーセンテージは今後検討としたものの賃上げをすると明言をしたという。学内では、これまで非常勤講師の授業単価は1年ごとに50円ほどしか上がらないことが多かったというが、すでに来年度から一気に数百円も上昇する非常勤講師がでてきたそうだ。ユニオンで非正規教員全体の改善要求をしたことで、大幅賃上げが実現し始めており、今後、業界全体へも波及していくことが期待されるだろう。

 また、聖学院は私学教員ユニオンの賃上げ要求に対して、現時点で「1%」の賃上げと回答してきている。もちろん、昨今の物価上昇率に対して低い水準ではあるが、要求をしなければ1%の賃上げさえ実現できていたかはわからない。ユニオンで集団的に権利行使をしたことの結果と言えるだろう。

 一方、昌平学園は財政事情を理由として賃上げを拒否しているという。労働組合から求められた団体交渉に対しては、使用者は誠実に対応する義務があり、賃上げをできないならば財務資料等を開示し具体的に説明をし尽くす必要がある。これから、ユニオンは昌平学園に対して、財務資料を踏まえ賃上げの可否や割合を団体交渉で詰めていく予定だという。

 以上のように、まだまだ学校数は少ないとはいえ、春闘要求をした3校中2校からすでに賃上げの回答がきているのは大きな出来事であろう。今の労働環境は固定的なものではなく、ユニオンで非正規教員同士が助け合い、賃上げを主張することで変化を生み出せることの証左といってもよい。

教育環境の改善のためにも、教員の賃上げが必要

 最近では、インフレによる物価高騰に対して、日本や世界で賃上げを求める教員たちが増えている。中には、ストライキをして声を上げている教員たちも出てきている。

 例えば、昨年末には、東海大学で働く大学非常勤講師たちが、10年以上ベースアップがない状況に対して、15%の賃上げを求めるストライキをした。東海大学は、授業1コマ当たりの賃金は、他大学の4分の3程度と低い状況でもあるという。

参考:「基本給10年以上上がってない」東海大教員らが賃上げ求めストライキへ 「1コマ当たり他大学の4分の3」

 また、アメリカでは、「カリフォルニア教員組合」が、年12%の賃上げなどを大学側へ要求した。大学側の回答は5%の昇給にとどまったため、今年1月に教員たちは抗議のため5日間のストライキを決行したという。このストライキは、アメリカで過去最大の教員のストライキと報道されている。

参考:「全米最大の教員によるストライキ」 カリフォルニア州立大

 日本でも世界でも、賃上げを求める教員たちからよく聞かれるのは、単に「お金」を求めているのではないということだ。アメリカの教員労働組合の主張でよく見るのは、「Teachers' working conditions are students' learning conditions」(「教員の労働条件は生徒の学習環境である」)というスローガンだ。生徒へより良い教育をするために、それを担う教員の劣悪な労働環境を改善することが必要なのだ。

 私学教員ユニオンでは、さらに教育業界全体での賃上げ実現を目指し、「#私学非正規春闘」のキャンペーンを進めている。以下のフォームから相談を受け付け、学校の垣根を越えて非正規教員が繋がり待遇改善を求めていく機会を作っているという。

 冒頭でも述べたように、「非正規春闘」の特徴は、今は組合未加入の非正規労働者にも「開かれた」春闘であるという点だ。今からでも参加を表明すれば、賃上げの流れに乗ることが「一人」からでも可能である。

 フォームからの相談後は、ユニオンの担当者のサポートをうけて、要求書の作成・提出、団体交渉、ときには情報発信やストライキなども行って、賃上げ要求の実現を目指すこととなる。

参考:私学非正規春闘  問い合わせフォーム

おわりに

 インフレが進む中で賃上げはまったなしの状況にある。特に非正規雇用の賃上げは文字通り「死活問題」である。今後も非正規労働者たちの賃上げ要求に注目していきたい。

無料労働相談窓口

私学教員ユニオン

電話:03-6804-7650(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

E-mail:soudan@shigaku-u.jp

公式LINE ID: @437ftuvn

*私立学校の教員の労働事件に対応している労働組合。労働組合法上の権利を用いることで紛争解決に当たっています。

 2月18日(日)には、私学非正規春闘・賃上げ相談ホットラインも開催される予定だ。電話で相談したい場合には、こちらのホットラインも利用するとよいだろう。

名称:非正規春闘・賃上げ相談ホットライン

日時:2月18日(日)13時~17時

番号:0120-333-774 <相談無料・秘密厳守>

主催:私学教員ユニオン

NPO法人POSSE 

電話:03-6699-9359(平日17時~21時 日祝13時~17時 水曜・土曜日定休)

E-mail:soudan@npoposse.jp

公式LINE ID:@613gckxw 

*筆者が代表を務めるNPO法人。労働問題を専門とする研究者、弁護士、行政関係者等が運営しています。訓練を受けたスタッフが労働法・労働契約法など各種の法律や、労働組合・行政等の専門機関の「使い方」をサポートします。

ブラック企業被害対策弁護団

03-3288-0112

*「労働側」の専門的弁護士の団体です。

NPO法人POSSE代表。雇用・労働政策研究者。

NPO法人「POSSE」代表。年間5000件以上の労働・生活相談に関わり、労働・福祉政策について研究・提言している。近著に『賃労働の系譜学 フォーディズムからデジタル封建制へ』(青土社)。その他に『ストライキ2.0』(集英社新書)、『ブラック企業』(文春新書)、『ブラックバイト』(岩波新書)、『生活保護』(ちくま新書)など多数。流行語大賞トップ10(「ブラック企業」)、大佛次郎論壇賞、日本労働社会学会奨励賞などを受賞。一橋大学大学院社会学研究科博士後期課程修了。博士(社会学)。専門社会調査士。

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