「過去最高益」なら還元せよ! 非正規が「賃上げ10%」を要求して春闘を開始
インフレ情勢が継続する中、1月24日、今年の春闘がスタートした。これに先立って連合は「前年を上回る5%以上の賃上げを目安とする」との闘争方針を掲げ、それに対し経団連も「労使での交渉・議論に資する」と評価した。経団連はまた交渉指針として、構造的な賃上げのためには非正規雇用の処遇改善が欠かせないと言及している。
インフレ情勢下で行われた昨年の春闘では、「30年ぶり高水準」「満額回答続出」などの景気の良い言葉が並んだが、実質賃金は最新のデータである昨年11月まで20ヶ月連続マイナスを記録しており、労働者の実際の生活は悪化していると言っていい。
一方で、非正規雇用の賃金を実質的に規制している最低賃金は昨年10月に引き上げられ、全国加重平均で1004円となっている。金額、上昇率ともに過去最大であったが、翌月の実質賃金もマイナスだったわけである。
こうした状況を受け、非正規労働者を組織する各地のユニオン・労組等が労働組合のナショナルセンターの潮流を超えて立ち上げた非正規春闘実行委員会は、2024年の春闘方針として、10%以上の賃上げ(ベースアップ)、正規・非正規の均等待遇や全国一律最低賃金1500円の実現を求めている。
参考:「非正規雇用に「10%以上」の賃上げを! 2024年の春闘は歴史的な大転換へ」
同春闘では、1月から2月にかけて経営側に要求書を順次提出し、回答次第では、3月以降、ストライキを構えて賃上げを求める方針だという。非正規春闘実行委員会によれば、すでに要求書が多数提出され、賃上げへの回答も出始めているとのことだ。
そこで本記事では、「非正規春闘」の最新情勢をレポートしていきたい。
「非正規春闘」の特徴
本題に入る前に、「非正規春闘」について改めて解説をしておこう。
非正規春闘実行委員会は、労働組合の全国組織であるナショナルセンター(現在、日本には連合・全労連・全労協の三つがある)の潮流を超えて、非正規労働者を組織する各地のユニオン・労組等(現時点で20団体)が協力して、非正規労働者の賃上げを目指す運動団体だ。
昨年、同団体の取り組みによって、これまで大手企業の正規雇用労働者に限られてきた「春闘」が、一人でも、どんな企業で働いていても参加できるように間口が広げられた。多くの人にとって縁遠かった春闘が、あらゆる労働者に開かれたのである。
もちろん、企業別労組が存在する職場であっても、同実行委員会への労働相談を通じて、「非正規春闘実行委員会」の枠組みから交渉を行うこともできる。同春闘には個別の労働相談を通じて「誰でも」参加できる。
例えば、昨年の非正規春闘では、ABCマートから一人の労働者が加入して交渉した結果、全パート・アルバイト約5000人の賃金を「6%」引き上げる回答を得ることができた。たった一人から始まった声が、大企業の方針も動かしたのだ。
参考:非正規が33社に「一斉に賃上げ」を要求 「非正規春闘」の背景とは?
はじまる交渉、さっそく賃上げ回答も
今年の非正規春闘の口火を切ったのは、今月13日に行われたコールセンター大手のアルティウスリンク株式会社への申し入れだ。
組合側によれば、コールセンター業界は、多くの非正規雇用労働者(契約社員など)が働いており、コールセンターは非正規雇用労働者の「労働」なくしては成り立たないほどその労働に依存している一方で、会社側は増収となっている。こうした増収は、「コールセンターのオペレーターを担う非正規雇用労働者が稼ぎ出したものであり、労働者へと還元すべき」だとしている。
また、同社は経営統合を経て業界2位の売上高を上げる「リーディング企業」であり、コールセンター業界の賃上げを主導していくべきとも指摘。雇用されている全ての非正規雇用労働者(組合員を含む)の賃金を、来年度から一律10%引き上げることを求めている。要求書への回答期限は、2月2日(金)だという。
次に、1月16日には複数の私立学校への申し入れが相次いだ。女子聖学院、広尾学園の両校に対し、組合側は次のように要求を立てている。
両校には「全ての非正規雇用労働者(組合員を含む)の賃金を、来年度から一律10%引き上げること」を求め、2月2日までの回答を求めている。
この要求に対し、すでに広尾学園は団体交渉の場で、「賃上げをする方向で検討する」という発言をしており、さっそく非正規春闘の成果が期待できる状況にあるということだ。
そのほかにも、現時点で英会話のシェーンとGABAには10%賃上げ要求が、ALT(外国語指導助手)のインタラックには20%の賃上げ要求が出されている。
コンビニ業界の賃上げ
今年の「非正規春闘」で特に意識されているのは「業界」ごとの賃上げである。先に見たコールセンターや私立学校の事例でも、業界の体質を改善していくことを春闘の課題としていることがわかる。特に、コールセンターでは業界のリーディングカンパニーの交渉を業界全体へも波及させようとしていた。
組合側としては、業界全体で企業側が増収であるなら、低賃金の非正規雇用への依存を解消すべく賃金を上げるべきだという「社会的な公正の論理」によって交渉を進めたい考えだろう。
同じように、各社が軒並み過去最高益を記録するなど産業全体で利益体質を確保していながら、非正規雇用への依存がひときわ大きいのがコンビニ業界である。
例えば、ファミリーマートが発表した23年3〜8月期の連結決算(国際会計基準)では、本業のもうけを示す事業利益が33%増の517億円となり、コンビニ事業単体の事業利益は31%増の506億円となった。この期間としては19年以来4年ぶりの過去最高の事業利益の更新となっている。
コンビニの利益体質の背景には、ロイヤリティーを通じたフランチャイズオーナーからの過酷な搾取や、非正規雇用労働依存が以前から指摘されてきた。非正規労働者の中でもとりわけコンビニの労働者は賃金が相対的に低いといわれる。
これに対して、非正規春闘に参加する労働者たちは利益を「パート・アルバイトにも分配するべきだ」と声を挙げているのだ。
今回賃上げを要求しているのは、仙台にあるファミリーマートで働く、学生アルバイトのAさんだ。Aさんは、「シフトは2人で回しており、品出しやレジ、掃除などをやらなければならない。水分補給をしてもよいと言われているが、忙しくてその時間さえとることは難しい」と訴える。
そして、そんな様々な仕事をこなさなければならない一方で、時給は950円で、まったく仕事に見合った賃金ではないという。
そこでAさんは、自分の雇用主のフランチャイズ会社に時給200円の賃上げを求めることにした。さらに、フランチャイズの店舗で働く労働者とコンビニ本部に契約関係がなくとも、各店舗が従業員の賃上げをできるように、コンビニ本部も賃上げのための原資を補助すべきだとの提案もしている。
具体的には、今回の非正規春闘を通じ、ファミリーマートで働く全非正規労働者の時給を200円引き上げるためにファミリーマート本部が賃上げの”原資”を補助するよう求めて #コンビニ非正規春闘 というキャンペーンも開始している。
このキャンペーンが広がり、本部が賃上げの原資を補助する動きが広がれば、まさに業界全体の非正規労働の改善へとつながっていくことになるだろう。
利用者の命を守るための介護職の賃上げ要求
次に、産業レベルの賃下が特に低調なのが介護や公務などあらかじめサービスに対する報酬が公定されており、価格転嫁が難しい業界である。民間の賃上げが進めば進むほど、これらの業界との格差が広がってしまう構図になっている。
介護業界では長らく低賃金と人手不足が問題になってきた。介護職の平均賃金は全産業平均より月額約7万円低くなっている。しかし、そのことが顧みられることはなく、先日発表された介護報酬改定でもベースアップは6000円程度にとどまっており、賃上げでも完全に取り残されている。
報道によれば、2023年は介護報酬の改定もなかったため、春闘の賃上げ率は民間一般の企業が3・58%であるのに対して、介護事業所は1・42%にとどまっている。
また、介護業界における人材不足は、利用者の命を直接奪う結果にも結びついている。具体的な数字を見てみよう。東京都で特養を運営する施設・事業所(481施設)を対象とした東京都社会福祉協議会・ 東京都高齢者福祉施設協議会・介護人材対策委員会の3団体による2018年の調査によれば、「人員配置基準を満たしていない施設」が53.6%にも上っていることが明らかにされた。人手不足を埋めるための対策として、最も多いのが「派遣職員の雇用」、その次が「職員の超過勤務」となっている。
さらに、読売新聞の独自調査によると、全国106自治体で2021年に介護施設で起きた事故で死亡した高齢者の数は計1159人。「介護事故で死亡した1159人の原因の内訳は、食事介助中に食べ物が気管に入る 誤嚥ごえん が679人(59%)と最多で、転倒・転落が159人(14%)だった」。事故の起きる背景として、75%の自治体が、介護現場の「人手不足」を挙げており、文字通り、介護職不足が利用者の命を奪う状況に直結しているのだ。
その上、人手不足が深刻化し、倒産する介護施設や病院も出始めている。
そこで非正規春闘に参加する総合サポートユニオンでは、非正規春闘に合わせ、介護施設を運営する4社に対して賃上げを求めるとともに、賃上げ分を確保するための介護報酬改定を国に求める予定だ。
非正規の賃上げから業界改善へ
以上のように、今年の「非正規春闘」は非正規労働者の賃上げを加速させるだけではなく、業界の「非正規依存体質」の改善や、業界間の不均衡の解消をも求めていく流れとなっている。
日本の低賃金を創り出してきた「依存体質」からの脱却や、今日大きな課題となっているエッセンシャルワークの人手不足の解消は、日本全体の経済構造の改革をも迫るものだ。
本来、労使交渉は社会全体の改革と利益の追求を目指すものである。これまでの個別の大企業正社員の「企業内賃上げ」に限定された春闘では、こうした課題に応えられない。非正規春闘の拡大は日本における労使関係の機能不全を解決していくうえでも重要な役割を果たそうとしている。
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