映画や芸能はどこも「ブラック」職場? 芸能関係は3人に1人が過労死ライン超
今月11日に政府が閣議決定した2024年版の過労死等防止対策白書(以下、過労死白書)によれば、脳・心臓疾患および精神疾患による労災請求件数は、どちらも過去最多を更新した。1980年代から「突然死」として社会問題とされ、その後、英語でも通用するようになった「過労死」は、なくなっているどころかむしろ状況は悪化しているとさえ言える。
また今回の過労死白書では、特に芸術・芸能関係の労働環境について取り上げられた。芸術・芸能分野は社会的に注目を集め、一見すると「華やか」にみえる産業であるが、実際に作業に従事する労働者の環境は劣悪であり、過労死ラインを超えて働く人や、殴る蹴るなどの暴力も横行していることが分かっている。
なぜ、日本では未だに過労死が蔓延っているのか。その実態を、過労死白書を踏まえてみていきたい。
労災申請件数は過去最多
国や企業は様々な過労死「対策」をアピールしており、表面上は改善しているかのように見える。しかし、実際には状況は悪化していると言えるだろう。
まず、2023年度の労災の申請件数をみていくと、脳・心臓疾患に係る労災申請件数は1023件と前年度から220件も増加して過去最多を記録した。ここでの脳・心臓疾患とは、くも膜下出血や脳梗塞などの脳血管疾患や、心筋梗塞や心停止などの心疾患などになったケースが含まれる。長時間労働や過労などの仕事が原因でこれらの病気を発症したとなれば(亡くなっていても、亡くなっていなくても)、労災と認定される。なお、脳・心臓疾患の申請で最も多いのは「自動車運転従事者」であり、トラックドライバーなどでの長時間労働と過労死が依然として蔓延していることが明らかになっている。
ドライバーの過労死事件は頻繁に起こっている。一例をあげると、埼玉県上尾市にある「東京デリバリーセンター」でトラック運転手として働いていた当時62歳の男性は、過労死ラインを超える月80時間以上の残業に従事していたことが原因で、急性虚血性心疾患で亡くなり、後に労災と認定されている。
参考:運転手過労死で遺族が提訴、埼玉 上尾市の運送会社に賠償請求(共同2024/7/16)
そして、精神疾患に係る労災申請件数は3575件と、こちらも前年度から892件も増えて過去最多を記録した。精神疾患の労働災害はうつ病などメンタルにかかる病気を仕事が原因で発症した場合に該当するが(うつ病などを発症して自死に至った場合も含む)、ハラスメントや過重労働が広がっていることによって、右肩上がりに増えている。
精神疾患による労災事例としては、例えば私が代表を務めるNPO法人POSSEにはこのような相談も寄せられている。
労災申請件数の増加からわかるのは、過労死やハラスメント自死(それぞれ、病気を発症して存命の場合も含む)はなくなっていないどころか、悪化の一途を辿っているということである。同時に、仕事が原因で脳・心臓疾患や精神疾患などを発症する可能性があるという認識が以前よりも広がったことで、「これは過労死ではないか」「労災なのではないか」と遺族が考えて、申請に至ったケースが増えていることも考えられる。
3人に1人が過労死ライン超えの長時間労働に従事 芸術・芸能分野の働き方
過労死白書では毎年重点的に調査や分析を行う産業を認定して、アンケート調査などを元にその労働実態を明らかにしている。今回の白書では、芸術・芸能分野で働く人たち(個人事業主などフリーランスも含む)が対象となった。調査された職種は、「映画監督」から「技術スタッフ」、「脚本家」、「編集者」などと多岐にわたる。
まず全体的な傾向として、業務の拘束時間が極めて長いことがわかる。拘束時間が週60時間以上になっているのは全体の35.2パーセントと、3人に1人以上がいわゆる過労死ラインを超えて働いている。「技術スタッフ」に限ると46.2パーセントと、約半数が過労による突然死の危険性があるような状況に置かれているのだ。
そして、労働時間の長さだけでなく、職場におけるハラスメントやいじめも見受けられた。「仕事の関係者から殴られた、蹴られた、叩かれた、または怒鳴られた」と回答したのは全体の22.3パーセントと約5人に1人、さらには「仕事の関係者に必要以上に身体を触られた」は42.0パーセント、「性的関係を迫られた」も3.5パーセントと、セクシャルハラスメントや暴力が珍しくないことがわかる。
その結果として、メンタルに支障をきたすケースが多いことが過労死白書から明らかになっている。「うつ・不安障害の疑い」と「重度のうつ・不安障害の疑い」に該当したのは全体の30.5パーセントにものぼり、全就業者平均の27パーセントを上回った。
私も過去に何度か記事で取り上げたが、芸能事務所で働くマネージャーや、映像配給会社のプロデューサー補佐などが、過労死ラインを超えるような長時間労働やハラスメントによってうつ病など精神疾患を発症している。
例えば、音楽アーティスト専属のアシスタントマネージャーを務めていたAさん(20歳代、男性)は、ライブ会場までの運転からライブの準備、宿泊先の手配、レコーディング準備など多岐にわたる業務に従事しており、ある時期には49日間1日も休みがなく、一ヶ月の残業は最長で205時間にもなり、病院を受診したところ抑うつ状態と診断された。
参考:芸能マネージャーの「やりがい搾取」 裁量労働制の悪用が「違法行為」と認定
また、映画製作・配給会社大手の東映でプロデューサー補佐として働いていたBさん(20歳代女性)も、打ち合わせや小道具の手配など幅広い業務に従事しており、月80時間を超える残業もしていたが、加えて複数の男性社員によるセクシャルハラスメントの被害に遭っていた。しかし、東映は特に対応を講じず責任も認めなかったため、Bさんは損害賠償などを求めて会社を訴えた。
参考:度重なるセクハラで「東映」を提訴! 「常習犯だから気にする必要がない」との対応も
これらの事案はあくまで氷山の一角に過ぎない。旧ジャニーズ事務所での性暴力事件は世界的に問題視されたが、これは一事務所にとどまらない業界全体の問題だと考えられる。
フリーランスでも労災と認められる場合がある
なお、芸術・芸能分野における働き方には、フリーランス(個人事業主)が多いという点が特徴的で、そのような働き方に関する様々な問題も過労死白書では明らかになっている。
調査を見ると、半数以上(51パーセント)が「仕事を受ける前に報酬額を提示されない」と回答しており、また36.1パーセントが「無理のある納期を求められた」、19.5パーセントが「仕事を受ける前に提示された報酬額どおりに支払われなかった」と調査に答えている。仕事を請け負う立場であるフリーランスの労働者側からすれば、仕事を発注して割り当てる企業側は「顧客」であるため必然的に立場が弱くなる。そのため、長時間労働につながるような無理な納期を提示されても拒否することが難しく、またハラスメントに対しても声を上げづらい関係のなかで、長時間労働やハラスメントが蔓延していると考えられる。
なお、仮に契約上は個人事業主やフリーランスといった形で「労働者」でなかったとしても、実態が労働者であれば、労災などの労働法が適用され得る。フリーランスという業務請負契約を企業と締結していたとしても、自身で勤務場所や時間を決定できなかったり、業務指示を拒否できない場合は労働者と認められる。事実、今年6月の厚労省の発表では、2023年度の1年間で「偽装フリーランス」が153人確認されている事がわかっている。
参考:「偽装フリーランス」153人 厚労省が初集計、23年度
労働法において重要なのは、契約や呼び名がフリーランスや個人事業主かどうかではなく、実際に自分で働き方を決められているかどうかという実態のほうだ。おそらく多くのフリーランスや「管理監督者」と呼ばれる店長業務などに従事している方が過労死やハラスメント自死に追いやられても、「労災にはあたらない」などと会社に不正確な説明を受けたことで、労災申請を諦めている可能性がある。その場合は、ぜひ一度、無料の相談窓口などにご連絡いただきたい。
無料労働相談窓口
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