選挙戦に見え隠れする「優生思想」 現場で支援するZ世代からの問題提起とは?
今月15日に公示、27日投開票の衆院選が佳境に入っている。今回の選挙は自民党の裏金問題による政治不信をいかに払拭できるかという点が大きな争点となっている。確かに裏金は問題だが、政治不信は今に始まったことではない。選挙でどんな結果が出ようと、首相が交代しようと、庶民の生活が良くならず、むしろ消費税や社会保険料などの負担ばかりが増えていくということが政治不信の本質的な要因ではないだろうか。
実際、インフレの影響などもあり、生活が苦しい人は多いはずだ。生活保護申請件数が最新の7月で前年同月比11.5%増、実質賃金は今年6月まで27ヶ月連続でマイナスであった。また、「闇バイト」が頻発し、世間を騒然とさせている。逮捕された容疑者の一人は、税金を数十万円滞納していたことが「闇バイト」に応募した動機だと語っている。
実際に、有権者の最大の関心は「景気・物価高対策」だということも示されている。そこで今回は、各党の貧困対策や生活支援を比較検討し、労働・貧困問題の現場目線で問題点を指摘していきたい。
現役世代に偏重した各党の公約
まず、各党の衆院選に向けた公約や政策集から、貧困対策や生活支援に関わるものを一部抜粋すると、以下のとおりとなる。
自民党
- 低所得者世帯への給付金
- 最低賃金の引き上げの加速
- 全世代型社会保障の構築
- 基礎年金の受給額の底上げ
- 児童手当の拡充、高等教育費の負担軽減
公明党
- 最低賃金を5年以内に全国加重平均1500円
- 新たな住宅手当の創設
- 2030年代の大学等の無償化を目指し、修学支援制度の拡充、奨学金の返還免除・減免
児童扶養手当の拡充
立憲民主党
- 最低賃金1500円以上
- 希望すれば正規雇用で働けるようにする
- 低所得の高齢年金に上乗せ給付
- 公立小中学校の給食費無償化
- 国公立大学の授業料無償化、私立大学・専門学校の同額程度の負担軽減
- 18歳までのすべての子どもに1人当たり月1万5000円、年18万円の児童手当
日本維新の会
- 全世代型社会保障の理念の下、現役世代の過度な負担を見直し、年金の積立方式あるいは税方式への改革
- 高齢者の医療費窓口負担を1割から原則3割に
- 負の所得税、給付付き税額控除またはベーシックインカムの導入
- 幼児教育から高校までの完全無償化、教育バウチャーの導入
- 出産費用の保険適用、出産育児バウチャーの支給
国民民主党
- 所得税の基礎控除引き上げ、消費税を一律5%
- ガソリン代、電気代値下げ
- 現役世代の社会保険料軽減、後期高齢者医療の3割負担の対象拡大、高額療養費の自己負担限度額の見直し
日本共産党
- 最低賃金を全国一律1500以上
- 消費税廃止を目指し、当面5%に引き下げ
- マクロ経済スライドなどの年金を減額させる仕組みの凍結・廃止
- 高齢者の医療費負担軽減
- 高等教育無償化を目指し、直ちに高等教育の授業料半額、入学金制度の廃止
- 貸与型奨学金の返済を半額に
- 学校給食費の無償化
社民党
- 高齢者が安心して暮らせる年金に
- 後期高齢者医療費負担を1割に戻す
- 最低賃金を全国一律1500円
- 非正規雇用の正規雇用への転換
- 高等教育までの教育費無償化、給付型奨学金の原則化、一定期間の返済後に残債免除
出産の保険適用、子育て費用の負担軽減
れいわ新選組
- 消費税廃止、法人税や所得税の累進強化
- 社会保険料の引き下げ
- 年金の底上げ
- 季節ごとの10万円インフレ対策給付金、冷暖房補助の緊急給付金
- 高校卒業まで所得制限なし子ども手当月3万円
- 保育料、給食費、学童利用料無償化
- 大学院までの教育無償化
このように並べてみると、党派を超えて大きく類似している点が見いだされる。それは、どの政党も現役世代とりわけ子育て世帯を中心に据えているということだ。スローガンとしても、立憲民主党は「分厚い中間層の復活」を唱えている。具体的には最低賃金引き上げ、税金や社会保険料の負担軽減、子育て世帯への現金給付や教育費の負担軽減といった政策が多かれ少なかれ共通している。主な違いは、給付額や負担度合いなどの量的なものだろう。
中でも現役世代に「特化」しているのは、日本維新の会と国民民主党である。日本維新の会が掲げる「全世代型社会保障」はもともと自民党が近年推進してきた政策であり、「給付は高齢者中心、負担は現役世代中心となっているこれまでの社会保障の構造を見直していく必要がある」として、高齢者の医療費負担増などにより、高齢者に対する国の社会保障負担を削減してきた。
また、国民民主党は「全世代型社会保障」には言及していないものの、政策の内容は同じ方向である。しかも、公約そのものには書いていないが、代表の玉木氏は「尊厳死の法制化」に言及している。この発言に対しては優性思想ではないかという批判を受け、医療費削減のためにやるのではなく、あくまで自己決定の問題であると弁明している。とはいえ、高齢者や障害者の社会保障費が現役世代の負担となり、経済成長の足かせとなっていると有力な政治家が主張すれば、高齢者や障害者自身も生きていることに対して「負い目」を抱かざるをえないだろう。結果として、自己決定の名の下に高齢者や障害者が自ら命を絶っていくことになりかねない。
これまでの学術的な研究で「優生思想」はナチスのような極端な障害者絶命政策だけを意味しているのではないとうことが、繰り返し強調されてきた。労働力として生産性があり、かつ将来の労働力となる子どもを持ち、経済成長に資する現役世代を優先する一方で、生産性もなく、「生きているだけでコストを増やす存在」としての高齢者や障害者を減らしたいという発想は、それ自体「優生思想」の核心部分をなしている。
参考:市野川容孝「第二章 ドイツ―優生学はナチズムか?―」米本昌平ほか『優生学と人間社会―生命科学の世紀は どこへ向かうのか―』講談社
もっと注目されるべき「絶対的貧困」
現役世代を支援し、かつての中間層を復活させ、経済成長を成し遂げる。今回の選挙ではこのような方向性が共通している。そして、この発想が強まり優生思想へと接近する発言も見られるにいたっている。
その背後でもっと重視されるべき問題が、日本社会に広がる「絶対的貧困」の問題である。絶対的貧困とは、そもそも生存さえ困難になるほどの貧困状態を指している。
いわゆる「Z世代」にあたり、フードバンク仙台で活動する鴫原宏一郎氏は、毎日のように生存がギリギリの人々からの支援要請を受ける現場の状況を踏まえ、絶対的貧困の可視化を試みている。
静岡県立大学の中澤氏の最低生計費研究を参照し、本当に「ギリギリ」の生活を算出したものだ。以下の表は宮城県仙台市をケースとして算出したものである。
仙台市では、生存ぎりぎりの所得水準は月収で20万3936円だという。上記の表からは、生活保護も最低賃金も、非正規雇用の平均収入も生存ギリギリの生計費を下回っており、まさに生きるか死ぬかの「絶対的貧困」の状態にあるということがわかる。もちろん、この問題は仙台市だけに限られない(あくまで仙台市はケースとして示している)。「生存ギリギリの目安」である年収244万円を下回るのは、国民生活基礎調査における所得金額階級別世帯数で約25%にも及ぶ。
実際に、フードバンク仙台では電気・ガス・水道といったライフラインの料金を滞納している人が約3割おり、「食事は一日に一回」、「食費とライフライン料金で手元のお金がなくなってしまい、学費が払えない」、「病気を患っているのに病院に行けない」など、たとえライフライン料金が払えていたとしても、生活の異なる部分にしわ寄せが行っているケースも非常に多いのだという。
以上のように、日本に住む4人に1人が「生きるか死ぬか」の絶対的貧困の状態に置かれているという危機感を持った政党はあるだろうか。与党自民党も含めて最低賃金1500円が検討されていることは歓迎すべきことかもしれないが、最低生活保障には遠く及ばない高齢者の年金や、この間引き下げ続けられている生活保護については十分に考慮されているとは言い難い。
鴫原氏は、「生存ギリギリ」のラインを可視化することにより、普段はバラバラに問題化されている最低賃金の非正規雇用、低年金、生活保護引き下げなどの問題を、「絶対的貧困」という共通の問題として取り上げる重要性を説いている。
現場から政治を考える若者たちのプラットフォーム
今回の選挙は、これまでにも増して政策についての議論が低調であるように感じられる。そのためか、SNS上では「白票」を促す投稿が相次いでいるようだ。政治不信が高まり、政策的な違いもよくわからない状況であれば、「投票したい人や政党がない」というのも無理はない。
もちろん、現在の政党政治に期待できるかと言えば疑問符は付くが、「政治」について考え、行動することは重要だ。そもそも、4年に1度投票し、投票した後には政治家にお任せするのが政治ではない。例えば、現場で支援活動をしながら政策提言をしたり、デモや集会をするなど、草の根の取り組みも重要な政治活動だ。
そうした様々な団体で社会運動に携わるZ世代の若者が、「ジェネレーション・レフト」というサイトで今回の衆院選に合わせて政治への提言を行なっている。上で参照した鴫原氏の記事もこのサイトに掲載されているものだ。このような取り組みも重要な「政治」である。有権者の皆さんが投票先を考えたり、「政治」について考える一つのきっかけになるかもしれない。
参考:ジェネレーション・レフト(https://note.com/generationleft)