国の機関が「実習生」への違法行為に関与 ついに機構側が問題を認めて和解へ
2024年10月31日、コミュニティユニオンである仙台けやきユニオンが技能実習機構の「団結権侵害」について損害賠償請求をしていた訴訟で和解が成立した。
この裁判は、技能実習制度のもとで横行していた事業主や監理団体による不当労働行為に、取り締まり機関であるはずの技能実習機構が加担していたことについて、被害に遭った仙台けやきユニオンが提訴した裁判である。
これまで、取り締まり機関であるはずの技能実習機構が会社側の違法行為に加担するような事例は数多く、支援団体が改善を求めてきたが、技能実習機構が謝罪したり改善が報告されたことはあまりない。
しかし今回の和解内容では、技能実習機構が自身の行った行為を不適切な行為と認め損害賠償を実施するという内容となっており、技能実習機構が責任をとった点で画期的だ。
また、今回の和解内容は、現実として発生していた、監理団体や技能実習機構による、使用者が行えば「不当労働行為」とみなされるような団結権を侵害する行為について、責任を明確にした点でも大きな意義がある。
これまでは、管理団体や技能実習機構が技能実習生の権利行使を妨害したとしても、労働組合法上の「使用者」ではないとして、不当労働行為救済制度では救済されては来なかった。最近ではウーバーなどプラットフォーム労働において、仲介業者の「使用者性」が大きな問題となっているが、技能実習制度でも類似の問題を抱えていたということだ。
周知のように、外国人労働者への人権侵害がたびたび指摘されてきた技能実習制度は、今後「育成就労制度」へと制度改変が予定されている。しかし、新制度でも技能実習制度と同様に仲介する機関の存在が予定されているため、今回の判断は新しい制度にも影響を及ぼすだろう。
今回の記事では、仙台けやきユニオンや支援団体のメンバーからへのインタビューをもとに、改めて今回の訴訟の経緯と訴訟の成果、意義についてを解説し紹介する。
公的機関が違法行為に加担
今回の事件の概要を改めて紹介する。
2022年2月、宮城県石巻市にある水産加工業者の工場で技能実習生として働いていたベトナム人女性3人は退職強要の被害にあった。その以前からも賃金未払いやパワーハラスメント、労災の被害にもあっていた。働き続けたい実習生たちは、技能実習生を支援する立場にある監理団体に相談したが、当該監理団体は支援を拒否。むしろベトナムに帰国するよう告げられてしまう。
頼るべき存在に裏切られてしまった実習生たちは、技能実習制度の監督機関である外国人技能実習機構へも相談した。しかし技能実習機構は「会社が求めているのは(中略)今後はトラブルを起こさないと反省し、謝罪すること」、「お互いに問題があった」と判断した。監督機関はなんと、会社側の違法行為について実習生側にも非があるように実習生たちに伝えたのである。実習生たちは絶望的な気持ちになっただろう。
監理団体も技能実習機構も違法行為の是正に動かない中で、彼女たちは仙台けやきユニオンに相談した。そして実習生たちが同ユニオンに加入し、ユニオンが会社側と団体交渉を行おうとしたところ、技能実習機構側から「実習生らと話がしたい」と連絡があり、実習生たちと技能実習機構の担当者とで面談をすることになった。そこで担当者は、実習生らに対して次のように発言した。
復職の代わりに労働組合の脱退を求める会社側の行為は、労働組合法に定める「不当労働行為」に該当する明確な違法行為である(労働組合法第7条)。しかし、外国人技能実習機構は、会社や監理団体の行為を是正させるどころか、むしろ労働組合の脱退を促すともとれる発言を実習生に対して行ったのだ。そのあと、脱退したかどうかの確認のためのメールを数回送信している。
このやり取りからは、技能実習機構が、違法行為をおこなう企業やこれを看過する監理団体の側に立ち、さらには違法な労働組合の脱退要求をも代弁しているようにしか見えない。企業や監理団体の違法行為に加担しているといわざるを得ない行為であった。
そもそも技能実習制度(過去の外国人研修制度も)では、「時給300円」と形容されるほどの違法な低賃金で働かされたり、長時間労働やパワーハラスメントが横行する職場であることが多く、来日する前に多額の借金を背負わざるを得ないことから、「奴隷労働」「人身売買」と国際的にも厳しく批判されてきた。そのような問題を是正するとして法改正がなされ、違法行為を取り締まり技能実習生の保護を行う機関として創設されたのが技能実習機構であった。
しかし、今回の事例では同機構もまったく機能しておらず、制度そのものの有効性が疑われる事態となっていた。
特に、今回起きた、実習生が自分たちの労働環境の改善や被害救済を求める行為を妨害した事実は深刻だ。このような行為は、実習生たちの団結権を侵害し権利行使をあきらめさせ、事業主や監理団体の言いなりで働く無権利状態に追いやるものでる。
このような日本政府の態度については、アメリカ国務省が毎年出している「人身売買報告書」でも取り上げられており、技能実習制度のもとでおきる問題についての対策が不十分として指摘され続けている。労働者や性目的の子どもの人身売買について、犯罪の捜査件数や起訴件数がずっと低水準であり、問題の解決に対する政治的意思が欠けていると指摘されてきたのである。
参考:国の機関が「実習生」への違法行為に関与 ユニオンが外国人技能実習機構を提訴(今野晴貴) - エキスパート - Yahoo!ニュース
米国務省が人身売買報告書を公表 日本は「対策不十分」 | 毎日新聞(2024年6月25日)
和解で見えた可能性と今後の制度上の課題
今回の和解の意義の一つは、使用者以外が行う団結権の侵害に対して責任が明確になったことだ。
これまでも似たような事件は存在し、組合側は不当労働行為救済申立で対抗してきた。しかし、実習生の直接の雇用先である使用者ではないとして、監理団体などの行為は不当労働行為として認定されてこなかった(下記の参考事例)。そのような中、仙台けやきユニオンは、不当労働行為救済申し立てではなく、技能実習機構の行為が労働者の団結権(憲法28条)を侵害する「不法行為」であるとして、民事訴訟で責任を追及した。
その結果、以下の和解が成立した。
「1 被告は、原告に対し、被告の職員が、原告組合員である外国人技能実習生らに対し、原告からの脱退を促すかのようなメールを送信して、団結権を脅かしかねない不適切な対応をとったことについて、遺憾の意を表する。」
「2 被告は、原告に対し、本件解決金として、70万円を支払う義務があることを認める。」
(強調:引用者)
この和解内容は、技能実習機構が団結権を尊重しなければならないことを認めていると読むことができる。これは大変大きな一方だ。今回の訴訟の成果も踏まえて、引き続き労働組合などが現場で公的機関の監視も行っていく必要がある。そうでなければ、「奴隷労働」はなくならないだろう。
参考:広島県労委平成30年(不)第3号 中亜国際協同組合外1社不当労働行為審査事件(概要情報)
神奈川県労委平成29年(不)第14号 塚越鉄筋工業等不当労働行為審査事件(概要情報)
これからの支援
今回の事件が解決に至るまでには多くの市民や学生が支援活動に関わった。筆者が代表を務めるNPO法人POSSEの学生たちは失業保障制度の利用をサポートした。また、学生たちはほかにも、実習生たちの国民健康保険加入の手続きを手伝い、フードバンクへの利用申請も手伝って食料支援につなげるなど、様々な生活支援を行った。
これらのような住居や食料の供給、制度へのアクセスを可能にする生活支援がなければ、日本語を十分に理解できておらず支援制度が脆弱な技能実習生たちは、権利行使を継続することは困難であったことは想像に難くない。
とはいえ、今回のような明るみに出た事例は氷山の一角に過ぎない。そこで、仙台けやきユニオンと筆者が代表を務めるNPO法人POSSEは協力して、今週末の11月3日(日)に、技能実習生向けの食料支援会(宮城県石巻市にて実施)と無料相談ホットラインを開催する。
技能実習生自身からの相談だけでなく、技能実習生の職場の同僚や友人、つながっている支援者からも相談を受け付ける。この記事を見る方の多くは技能実習生本人ではないと思うが、周囲の労働問題で困っている技能実習生がいる方は、ぜひこの相談会やホットラインを紹介してほしい。同じ地域に住む隣人に起きている労働問題を解決するための支えあいの輪が広がることを期待している。
【11/3(日)】移民労働者向けフードパントリー・相談会・無料相談ホットラインを実施します!@石巻 – NPO法人POSSE仙台支部