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【宝槻泰伸×矢萩邦彦】対談2「中学受験を捉え直す」〜合格・進学をゴールにしないという選択肢

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
左:宝槻泰伸(探究学舎学長) 右:矢萩邦彦(知窓学舎塾長)

今まさに変革期が訪れている教育業界。公教育もようやく「何を学ぶか」だけではなく「いかに学ぶか」に注目し、「アクティブ・ラーニング」や「探究型教育」という言葉も以前よりも頻繁に耳にするようになってきた。また2020年の大学入試改革に伴い、教科横断型や適性検査型の入試を採用する私立中学も目に見えて増加している。一方で、これらの変化に対応できるか不安だという保護者や教育関係者の声も多い。

そこで、この流れに先駆けて、いち早く異色の教育を実践してきた矢萩邦彦と宝槻泰伸が自らの思想や方法をシェアし、民間教育の可能性と今まさに現場で感じている変化について、経験を交えながら対談する。シリーズ第2回は、変わりゆく中学受験をテーマに、その関わり方について考える。

→【宝槻泰伸×矢萩邦彦】対談1「これからの教育を考える」〜興味開発で想像力を育む探究型学習の可能性

●従来型中学受験の問題点

矢萩:こんにちは、早速第2回の対談を始めたいと思いますが、今回はホットな話題ということで「中学受験を捉え直す」というテーマで話したいと思います。よろしくお願いします。

宝槻さんは、中学受験について色々とご意見をお持ちだと思います。僕はずっと業界にいましたので、外側からの印象というか、問題点などどうお考えですか?

宝槻:私の周りにいる保護者の多くの悩みどころが、子供にあった学校を選べる、という意味では私立中学受験に魅力を感じている人はやっぱり多いです。そのまま公立にいくよりは、その子の適性や特性にあった私立学校に行った方が、わが子が伸びるんじゃないか、というふうに考えている保護者は多いです。

矢萩:なるほど。僕自身も決められた学校に行くことが嫌で中学受験をしたのでよく分かります。

宝槻:ですが、そのためには「遊びを犠牲にしてまで、大量の課題をこなす塾に通わせないといけない」というのがネックになっていますね。「うちの子には、そういう勉強のスタイルを強要したくない。でも私立学校には魅力を感じる。うーん、どうしよう」。そういった悩みをよく聞きます。

つまり、自然流の受験というのがあればそれが理想的なんだと思います。ところが現実は、一種の受験システムが確立されてしまっていて、それを通らないとうまくいかないという常識が、大きな壁として立ちはだかっている。そういうところが問題なのかなと思います。実際に、私も子供が受験をしたいと言い出したとしたら、それは子供の選択なので尊重してあげたいと思うでしょうが、大手の塾に4年生から通わせる、という選択には疑問を持つと思います。

矢萩:中学受験でネックになって居るのは、限られた時間の使い方ですね。塾のスケジュールやカリキュラムに合わせなければいけないという現状が、遊びや受験以外の活動との両立を阻んでいます。どうしても画一的になりますからね。合理化の弊害です。生徒の個性に合わせるのではなく、塾のシステムに合わせるというのがスタンダードになってしまっているところに問題があります。実は塾にとって合理的なだけで、それぞれの生徒にとってはもっと良い方法がある。生徒にとって合理的とは言いがたいにもかかわらず、大手塾に乗っかっていた方が結果が出ているように見えてしまっている。僕自身も、大手塾に所属しながら、果たして自分の子どもをここに入れたいだろうか、というのは自問し続けながら授業に臨んでいました。

宝槻:おっしゃる通りですね。塾のシステムにあわせることが合格への近道となる(という常識が存在している)。これが多分中学受験が抱えている問題だと思います。 公立中学に進学したくないという理由は、画一的な公立のスタイルに子どもを無理に合わせたくないということだと思います。だから親は子どもにあったスタイルの学校を選びたいと思っていて、そのために私立中学を考え始めるわけです。つまり私立中学は「多様性」があるところに魅力があるわけです。子供の個性にあった学校を選べるという多様性が。 ところがその受験のプロセスが全く多様ではない。多様性を獲得するために、画一的なルートを歩かなければならない。ここにジレンマが存在しているんじゃないでしょうか?

矢萩:なるほど。実際人生経験としては「画一的なルート」を歩む経験が活きることがあるかも知れません。それも勉強であるとも言えてしまいます。しかもかなり正論っぽく聞こえるんですね。でも、それが許容範囲なのか、あるいはどれくらい合わないのかは個性によります。中にはそういう訓練が合っている生徒も必要な生徒もいるでしょうけど、そうでない生徒だってたくさんいるんです。合わせることが辛すぎるのなら、無理に合わせる事なんてない。

僕自身は、個性に合わせる探究型で中学受験に対応することは十分に可能だと考えています。ただし、少人数制でなければ難しいですし、講師のスキルも求められます。資本主義に乗っかった塾業界のシステムにおいては恐ろしくコスパが悪い。僕がやっている知窓学舎は、とある塾業界のコンサルの方に「なぜそんな授業料で、そんな対応ができるのか、価格を考え直した方がいい」と注意されました(笑)が、やはりそのジレンマを解消するために、新しいスタンダード、というか今まで隠されてきた業界のダメなところをちゃんと見直して、作り直さなければ行けないと思うんですね。 教育業界の悪いところですが、1年回せれば、あとは生徒が入れ替わるだけで同じことをし続けられるところがある。だから講師が成長しにくいし保守的になってしまうんですね。その現状は明らかに時代の要請に合っていないと思います。

●個性に合わせる探究型中学受験指導法

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宝槻:そういう個性に合わせてくれる中学受験を提供してくれるというのは非常に魅力的だと思います。そしてまた大手の塾がそれをしない理由もよくわかります。 ここからはぜひ保護者向けにお話しいただきたいのですが、個性に合わせる中学受験というのは具体的にどういうものなのでしょうか? 大手塾が提供している中学受験との違いをなるべく明確にしながらご説明いただけると嬉しいです! ぶっちゃけ私には全然イメージがつかめないので個人的にも興味があります!(笑)

矢萩:なるほど(笑)。まず大前提として、生徒はみんな違います。例えば得意なことも違いますし、興味の対象も違います。そして、受験という目的があるのですからですから、学校情報や傾向と対策をはじめ教科面についての専門性を持っている必要があります。つまり個性に合わせて受験対策をするならば、「生徒の個性を把握していること」「中学受験を知っていること」が最低限求められます。

その上で、全員が主人公になるように物語的にカリキュラムを進めていく。職人技的に見えますが、少人数で場を作っていくことで、それは可能です。例えば、いま話題になっているニュースや、目の前に居る生徒の興味と、教科書の内容に関係線を引いて繋げながらリアルタイムで場を編集していく、ということをやっています。ニュースとの関係線を引いて自分ごとにする方法は吉田松陰が松下村塾で実践していた方法です。すべてに関係線を発見していくという方法は、僕の師匠の1人である編集者松岡正剛から学んだ方法ですね。受験勉強にワークショップやイベントを仕込む感覚というのもありますね。当然時間通りに終わらなかったりしますが、 定期テストで管理をしないことで、緩やかに調整できます。

宝槻:なるほど! 正直なところ、何か自分の仕事にも役立てそうなヒントが聞けるのではないかと期待しましたが、真逆のお答えにむしろスッキリした気分です!(笑) 「生徒の個性把握×中学受験の把握」という特殊なスキルを発動して、ジャズのように指導をリアルタイム編集していくというのは完全に名人芸ですね。絶対に真似できないなと思いました!

矢萩:(笑)少数ですが、現場レベルではそういう名人芸的な講師もいるんですけれどね。大手塾はテストで管理しています。生徒の個性も入試での出題傾向も平均値をだしてデータ的に処理しています。受験で頻出するテーマや語句、問題をいつのタイミングで何回繰り返すのが平均的に効果的である、とかそういう視点ですね。でも現場で感じてきたのは、平均なんて生徒は幻想なんですね。当たり前のことだけれど「普通」の生徒なんていない。結局、その塾のシステムに合っている生徒と合っていない生徒しかいないんです。 確かに名人芸的なものは経験が重要ですが、「生徒を知ること」と「受験を知ること」をメソッド化すること自体は可能だと思っています。僕自身が辿り着いた方法論の一つが、「少人数制」です。それに講師が「カウンセリング」「ファシリテーション」などのスキルや「ユーモア」のセンス(これが一番難しい!)を身につけることである程度再現ができると考えています。

●中学受験の新しい選択肢

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宝槻:では全く別の角度からの質問ですが、親の立場からすれば、これで「確立された画一的な大手塾の受験」と「個人塾ならではの名人芸の個性的な受験」と大きく二つの選択ができることがわかりました(といっても矢萩さんのような塾はまだまだ少数でしょうが)。それに追加して、親が過程の中でできることってないでしょうか? 中学受験の傾向とか専門的なことはわからないけど、わが子の個性は把握しているつもりだ。例えばこの子は決められた作業を淡々とこなすのが苦手だとか、歴史にはとても興味を持っているが理科はまったくだとか。自分の子供の個性や特性は親として側にいてそれなりに分かっている。そういう親が、少しの工夫でできる個性的な受験みたいなことって選択できないでしょうか? むろん最後は専門家に任せるとしても、例えば3年生や4年生の時に、親子で準備できることなどが理解できれば、親も嬉しいと思います。

矢萩:自分の子どもの個性が分かっているのであれば、可能性はたくさんあると思います。僕自身の経験則ですが、中学受験は次の三つが揃っていることで、自由な方法でチャレンジできると考えています。

・基礎的な学力(論理的な国語力・計算力・図形思考力・集中力)があること

・志望校合格のためにやるべきこと(試験範囲・出題傾向)を知ること

・タイムマネジメント(期間内での学習計画と管理)ができること

ですから、高学年になるまでに、興味がある分野で基礎的な学力を伸ばしておくことで選択肢が増えていきます。例えば、ドリルでも実験でもパズルでも読書でもそろばんでも何でもよいですが、興味を持てる切り口を見つけて、基礎学力をつけておけば、大手塾のカリキュラムに乗らなくても受験に対応することができます。効果を最大化するためには家庭の手助けが必要ですが、大部分はちゃんと「読書」や「遊び」をすることで学ぶことができます。やるべきことやタイムマネジメントは、塾に頼ってもいいですが、学校が出している情報と過去問題などを活用して、家族がサポートすることでも十分可能だと思います。

ただ、これはそもそも論なのですが、僕は中学受験の勉強をすることと、合格すること、実際に進学をすることは、すべてバラバラでも良いと思ってるんです。目的や目標に縛られすぎることに一つの問題があるのではないかと思います。たのしい! と感動してハマっていく感覚こそが大事で、それを養うきっかけが受験勉強でもいいですし、そうで無くてもいいと考えます。 工業の近代化のように、学びというものがシステム化することで疎外されてしまっているのではないか、ということが僕の感じている問題点です。実際大手塾の集団授業でイキイキとしている生徒もいます。そういう生徒はその選択でいいと思うのですが、そうでない生徒もたくさん見てきました。そういう生徒たちの才能の芽、興味の種を摘まずに、どうにかするためにはやはり対話だな、というのが僕の辿り着いた答えの一つです。

宝槻:なるほど。受験勉強をする・合格をゲットする・実際に進学する、この3つはバラバラで良い、というのは保護者にとって力強いメッセージですね。実際に私の周りでも、「何としても合格させたいというわけではなく、中学受験の勉強をすることで基礎学力が少しでも身について、その後の中学高校時代の土台になればいい」というふうに考えている保護者も結構多いです。でもそうはいっても「やるなら合格!!」みたいに思い始めてしまって、軸がぶれていくといったケースもあります。そういう意味で、中学受験という機会を子どもが伸びる機会としてアレンジできるという考え方は、「わが子の個性をそのまま伸ばすための多様性」を重視する親にとって、とても共感されるものだと思います。保護者の考え方、そして選択の仕方含めて、多様な中学受験のあり方が広まっていくといいですね。

矢萩:そうですね。中学受験のカリキュラムって目次としては良くできているんですよ。それを小学生に短期間で全部網羅させようとするからおかしくなっちゃうんです。極端な話、つまみ食いで良いんですよ。色々ある中で、引っかかったテーマを掘り下げて学ぶ。それが中学受験という枠を越えて、人生の糧になる教養になって行くと思うのです。多様な学びの選択肢の1つとして、中学受験の新しい楽しみ方、活かし方を伝えていきたいですね。では、今回はこの辺でお開きにしましょうか。有り難うございました。

第3回に続く

宝槻泰伸(ほうつきやすのぶ)高校退学~大検取得~京都大学という特異な経歴を持つ。東京都三鷹にて学習塾「探究学舎」を運営。著書に『強烈なオヤジが高校にも塾にも通わせずに3人の息子を京都大学に放り込んだ話』『勉強嫌いほどハマる勉強法』がある。

→探究学舎(三鷹)

矢萩邦彦(やはぎくにひこ)学生時代より大手塾の教室長を務め、受験指導に探究を取り入れる異色のスタイルで多くの合格に関わる。教育以外に専門性を持つ大人が教育現場に立つことを推奨し、自らもジャーナリストやクリエイティブディレクターをはじめ多様な仕事を兼任する。

→知窓学舎(横浜

■関連リンク

→芦田愛菜さん最難関私立校合格で考える、中学受験に必要な力と期間

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アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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