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【マイスター・ハイスクール】世界で活躍するバランス感を養う!都市型専門高校の挑戦(大宮工業高校)

矢萩邦彦アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授
鉄道博物館でミニE7系新幹線を運行する準備を進める生徒たち(写真:著者撮影)

文部科学省が2021年にスタートした地域産業の担い手を育てるプロジェクト「マイスター・ハイスクール」。産官学が連携して、今までの専門高校のイメージをくつがえす最先端の人材育成を目指す。この連載では、そのモデル校に指定された全国の専門高校を取材し、取り組みと効果、課題や展望を整理し、「地域と共創するこれからの学びづくり」という視点で考えたい。(「マイスター・ハイスクール」の概要については『【マイスター・ハイスクール】DX時代の創造的エンジニアを育成(熊本県立八代工業高等学校)』をご覧ください)

●都市型専門高校の挑戦

埼玉県立大宮工業高校は、マイスター・ハイスクール指定校になって間もなく、埼玉県環境科学国際センターとの協働による「埼玉県における高温の出現状況の統計的解析およびモニタリング技術に関する研究」がメディアでも話題になった。また、同校ラジオ部は鉄道博物館に設置する踏切を開発するなど地域と連携した活躍が目に付くが、学校全体の取り組みを見ると、地元密着型というよりは、かなり汎用性の高いプロジェクトが多い。これは他のマイスター・ハイスクール指定校とは一線を画する傾向だ。

大宮工業高校のマイスターハイスクールビジョン(学校提供)
大宮工業高校のマイスターハイスクールビジョン(学校提供)

ほとんどのマイスター・ハイスクールが地域との連携を第一義としているが、大宮工業高校は都市近郊型であり、どこまでが該当地域で、地場産業は何なのかといった境界が曖昧だ。逆に、首都圏をはじめ日本全国をフィールドに活躍の場が開かれているともいえる。

本記事では、関東で唯一マイスター・ハイスクール指定校に認定された工業高校である大宮工業高校の取り組みを紹介し、その意義を考えてみたい。

●取材されることで成長する「雰囲気」

校内を見学して最初に抱いた印象は、工業高校と聞いて思い浮かぶステレオタイプとはまったく違う、明るくて穏やかな生徒たちと、アットホームな雰囲気である。

解体した素材からベンチを作る建築科の生徒(写真:著者撮影)
解体した素材からベンチを作る建築科の生徒(写真:著者撮影)

「挨拶をしっかりできる」などというレベルではない。近づけば「説明しましょうか?」と生徒の方から声を掛けてくれる。取材が来ることなど聞かされてはいない。明らかに特定の生徒だけが目立っているわけでもない。今説明できる状態の生徒が声を掛けてくれるし、逆にこちらから声を掛けても、どの生徒も同じように自分のやっていること、工夫していること、抱えている課題などを教えてくれた。台本や仕込みではなく、一人一人自分の言葉で、伝えてくれているのがよく分かった。ラジオ部の生徒は、説明を褒めると「取材や発表の機会が多いので成長したんだと思います」と照れながら答えてくれた。

台本ではなく、それぞれの個性を活かした活動説明をしてくれるラジオ部の生徒(写真:著者撮影)
台本ではなく、それぞれの個性を活かした活動説明をしてくれるラジオ部の生徒(写真:著者撮影)

この意見は多くのマイスター・ハイスクール指定校で聞かれたものと同じだが、どうしても特定の生徒に偏っている印象があった。マイスター・ハイスクール指定校は発表や協業だけでなく、メディアから取材される機会も少なくない。代表としてプレゼンしたり、インタビューされたりすることが多ければ、その生徒が成長するのは当然であるが、大宮工業高校ではほとんどの生徒が自然体でその状態にあった。とりわけ驚いたのは、「そういう質問をされることがあるのか!」といってその場でメモを取っていた生徒がいたことである。この主体的な雰囲気は、場全体に伝播していた。

「人にやさしいモノづくり」を目指していきたいという野辺純利教頭(写真:著者撮影)
「人にやさしいモノづくり」を目指していきたいという野辺純利教頭(写真:著者撮影)

野辺純利教頭は「マイスター・ハイスクールが始まって、伝えたい気持ちを言葉にする生徒が増えました。それぞれが違うことを言うから、その言葉を聞いた生徒たちの興味も広がって、ものづくりに前向きになったと感じます」と振り返る。

●塗り替えるのが難しい工業高校のイメージ

校内を見学する限り、とても理想的な学び場が形成されているように見えるが、もちろん課題はたくさんある。なかでも学校に対する先入観は大きな問題の一つだ。多くの地域において、工業高校のイメージは決して良いものではない。登下校を取材したが、近隣にある普通科の生徒たちと、雰囲気に違いはない。それどころか、校内では明るく楽しい雰囲気で普通科よりも探究的な学びが実現している。

意見を出し合いながらプロジェクトベースで学んでいく(写真:著者撮影)
意見を出し合いながらプロジェクトベースで学んでいく(写真:著者撮影)

赴任してくる教員でさえ、イメージとの違いに驚くという。前田稔CEO(AGS株式会社 企画管理本部エグゼクティブアドバイザー)は「マンガやドラマの影響もあるのでしょうが、持たれているイメージは驚くほど昭和のママですね。実際に見てもらわないと伝わりません。中高の先生たちですら把握できていないのだから、社会での認知は難しいですよね。それが私の仕事の大部分かも知れません」という。

これまでコンサルタント的な仕事をしてきたが「今が一番楽しい」という前田稔CEO(写真:著者撮影)
これまでコンサルタント的な仕事をしてきたが「今が一番楽しい」という前田稔CEO(写真:著者撮影)

本校で開催した10校以上の合同説明会では、保護者のほうが「私が入りたい」と目を輝かせる場合もあるが、進学校目当てに来た子どもが興味を示しだすと「だって工業高校でしょ」と、その場から引き離そうとする保護者も多い。「少しずつ理解されてきているとは感じますが、まだまだこれからですね」という前田CEOはあくまでもポジティブだ。「確実に生徒たちが成長していくのが分かりますから」。

率先して説明しつつ、仲間を紹介し立てるチームワークも感じる(写真:著者撮影)
率先して説明しつつ、仲間を紹介し立てるチームワークも感じる(写真:著者撮影)

主体性を育む場においては、関わる大人が主体的である必要がある。当たり前のようだが、このことは多くの現場で見て見ぬ振りをされている。コンサルタントなどの業務に携わってきたという前田CEOは、マイスター・ハイスクール事業はやらなければならないことがあまりに多いが、「サラリーマン生活で、今が一番楽しいかもしれない」という。その穏やかな笑顔からは、確かにやりがいを感じていることが伝わってくる。

●「失敗」してもいい環境を活かす

また前田CEOは、もう一つの課題として、先生たちには「失敗できない」という先入観がある、と指摘する。なるべく失敗しないように活動するのは当たり前の感覚だが、こと変革期においては必ずしもそうではない。例えば学校では次々にICTが導入され、生成AIも実用化が進んでいる。私も多くの学校で、「どうしたら良いかわからない」「下手なことはできない」「若手の先生たちに任せるしかない」という不安の声を聴いている。

建築科の和気あいあいとした雰囲気が木工のテイストとマッチしている(写真:著者撮影)
建築科の和気あいあいとした雰囲気が木工のテイストとマッチしている(写真:著者撮影)

大宮工業高校においても、電子機械科には新しいことに抵抗がない先生が多いものの、学科によっての温度差があるという。しかし、黎明期だからこそ失敗は痛手にはなりにくい。まだノウハウの溜まっている現場がないのだから、どうしたら成功するのかだけでなく、どうしたら失敗するのか、という情報に大きな価値がある。

鋳造への情熱と技術は教員も舌を巻く(写真:著者撮影)
鋳造への情熱と技術は教員も舌を巻く(写真:著者撮影)

それだけではない。果敢にチャレンジすることで、主体性も、チャレンジ精神も背中で見せることができる。このマイスター・ハイスクール事業には、それを実現しやすい環境が揃っていると前田CEOは言う。「文科省の指導要領はとても理想的で、良くできていると思います。でも、実現するのは専門高校でないと難しいと思います」。

●生徒に必要な「メタ認知」

2023年11月11日に、外部向けに開催した「マイスター・ハイスクール事業シンポジウム」に参加した生徒のアンケートにこんなことが書かれていた。「マイスター・ハイスクールがどんなことをしているのか知らなかったので知るよい機会になりました」「学校でイベント等を開いて事業のことを話すといいと思います」(原文ママ)。

「マイスター・ハイスクールとは何なのか? 生徒たちは自分がやっていることが何なのか気づいていなかった。そのことに自分たち教員も気づいていなかった」。前田CEOは「生徒たちに大変失礼なことをしてしまった」と反省する。外部から来たCEOだからこそフラットな感覚で生徒たちの意見を聞き、気づくことができたのではないだろうか。

電子機械科の地球温暖化対策班は、埼玉県環境科学国際センターと共に観測装置を開発している(写真:著者撮影)
電子機械科の地球温暖化対策班は、埼玉県環境科学国際センターと共に観測装置を開発している(写真:著者撮影)

私はこの事例の重要度はかなり高いと考える。確かに今まで取材したどの学校でも、生徒の多くはマイスター・ハイスクール指定校「だから」入学してきたわけではないし、今自分たちがマイスター・ハイスクール事業のプログラムの中にいるという認識も薄い印象だった。自分たちの学校のカリキュラムに沿って学び、提示されている具体的な活動に参画しているのであって、その背後にどんな意図があるのか、文科省はおろか、CEOや先生たちの目的や考えを意識して学校生活を送っているわけではない。

目的や目標が共有されていなければ、うまく機能しないのがシステムだ。当たり前を共有できていないことへの気づきは、多くの現場においてヒントになると感じた。

●バランスの大切さを理解してほしい

大宮工業高校の特色の1つとして、教科横断型授業の実践がある。例えば、『イースター島の歴史から「ヒトと生態系の関係」について考える』という取り組みがある。『イースター島になぜ森がないのか』(鷲谷いづみ 著)を共通の教材として、理科ではマイクロプラスチックや外来種、生物濃縮について扱い、家庭科では5Rや再資源化について、機械科では材料の特性について、電気科ではエネルギーの需要と供給について学び、それらをもとに衣食住と文化、持続可能性について国語科の授業で考える、という試みだ。

野辺教頭は「知識と知識をつなぐことで、これはこういうことに使えるんじゃないかな、と気づくようになる。先生方を超えるような発想も出て来ます」という。知識を統合して応用・転用することや自分事として考えることは、現代教育の中心的な目標の一つだが、実践は難しい。大宮工業高校では産業人材を育成しているというが、もっと本質的な高校教育への挑戦といえるだろう。

ロボットコンテストに向けて調整を進める電子機械科の生徒(写真:著者撮影)
ロボットコンテストに向けて調整を進める電子機械科の生徒(写真:著者撮影)

都市型の学校ほど地域や組織、分野にとらわれない越境的な学びが求められるため、汎用性が高くなる。これは結果的にリベラルアーツと一致する。そこに実務家教員が関わり、実験や実習を中心に置くことで、皮肉にも普通科より汎用性の高い学びが実現しているように見えた。

大宮工業高校での学びで、「バランスの大切さ」を理解して欲しいと前田CEOはいう。「自分の生き方を世の中に合わせる必要はないけれど、世の中がどこに注目しているのか。それは知って欲しいですね」。卒業生の多様な活躍に期待したい。

◾関連サイト

マイスター・ハイスクールまとめページ

(本シリーズの他、全取材に同行して頂いている池田哲哉氏による関係者インタビュー動画もまとめてありますのでご覧頂ければ幸いです。)

文部科学省マイスター・ハイスクール(次世代地域産業人材育成刷新事業)

◾シリーズ記事

【マイスター・ハイスクール】DX時代の創造的エンジニアを育成する場作りとは?(熊本県立八代工業高校)

【マイスター・ハイスクール】未来をになう海洋・水産のプロを育成する職業教育とは?(新潟県立海洋高校)

【マイスター・ハイスクール】教育で地域のウェルビーイングを実現するには?(福井県立若狭高校)

【マイスター・ハイスクール】未成年がワイン造り!?若手技術者をいかに育成するか?(山梨県立農林高校)

【マイスター・ハイスクール】馬だけじゃない!驚きと発見の環境でイノベーターを育成(静内農業高校)

【マイスター・ハイスクール】探究的実践でリベラルアーツを身につける! 進化する専門高校の学びに期待

アルスコンビネーター/知窓学舎塾長/多摩大学大学院客員教授

1995年より教育・アート・ジャーナリズムの現場でパラレルキャリア×プレイングマネージャとしてのキャリアを積み、1つの専門分野では得にくい視点と技術の越境統合を探究するアルスコンビネーター。2万人を超える直接指導経験を活かし「受験×探究」をコンセプトにした学習塾『知窓学舎』を運営。主宰する『教養の未来研究所』では企業や学校と連携し、これからの時代を豊かに生きるための「リベラルアーツ」と「日常と非日常の再編集」をテーマに、住まい・学校職場環境・サードプレイス・旅のトータルデザインに取り組んでいる。近著『正解のない教室』(朝日新聞出版)◆ご依頼はこちらまで:yahagi@aftermode.com

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