「未来をつくる実験区」100BANCHの挑戦…則武里恵代表理事に聞く(2)
…前号から続く…
則武さんの関わりについて
S:100BANCHはパナソニックのほかの仕事とだいぶ違うように思いますが、どの部門に付いているのですか?
則武さん:設立時は経営企画部、今はCTO(Chief Technology Officer)傘下についています。もともと100周年プロジェクトの事務局が経営企画部にあり、100BANCHのプロジェクトも人事と経営企画の共同プロジェクトとして検討がスタートしました。100BANCHの構想がまとまった頃、どの部門にあるのがいいのかということも議論になりましたが、人事部門、イノベーション部門など、どの部門にとっても新規領域だったこともあり、ならば企画した経営企画の主導のもとで進めていこうという話になりました。
S:則武さんとしてもまったく新しいお仕事だったのではないですか?
則武さん:そうですね。広報や社内コミュニケーションの仕事の経験があったので、なんとかやってこられたと思います。社外の方とのつながりや、多くの人たちと接しながら何かをつくりあげること、踏み込んでいくうちに取り組むようになった組織開発の経験など、いろんな要素が100BANCHにつながっているなと思います。また広報というのは、比較的トップや経営幹部に近いポジションで仕事ができるため、トップが感じるいろいろな課題や新しい事業などに触れられたというのも大きかったと思います。
あと、IT化の過渡期に入社しているのですが、上の世代がわからない時などに、「則武さん、行ってきて」と、新しいプロジェクトに放り込まれることも多かったのです。なので、新しい仕事とか、わからないものに対して、割と耐性があったのかもしれません。
S: 新しいプロジェクトで印象に残っているものはありますか?
則武さん:そうですね。パナソニックは、2012年に松下電器・松下電工・三洋電機が統合され、4つのカンパニーに再編されました。その中の、パナソニックの車載やデバイスなどを扱うカンパニー(オートモーティブ&インダストリアルシステムズ社:AIS)で広報をしていたのですが、その会社は、いろんな出自の人が集まっている会社でした。他の会社は、母体となる会社を引き継いだ各々の文化のようなものがあったのですが、この会社だけは何もなかったのです。
そのために、同社の幹部は、共通の話題となることが欲しいと「運動会をやりたい」なんてことを言われていました。その実行委員を打診されたのですが、「普通の運動会ではなくて、もっと面白いことをやらせてもらえるならば…」ということで、企画させてもらったのが「1,000人でチャンバラをやる」という運動会でした。
S:それがこの画像ですね。
則武さん:はい、そうです。その画像の中心にいるのが社長です。「言ったからには何でも協力する」と社長も言ってくれていたので、遠慮なく社長には甲冑(かっちゅう)を着ていただき、プロモーションビデオを撮ったりもしました。
S:そのようなことを経験する場所にいたから、異なる背景の方々や外部とコミュニケーションや対応をする訓練も積んでいたということですね。
則武さん:そうですね。チャンバラのプログラムは社外のパートナーさんにお願いをしたのですが、それに向けて社内を盛り上げていくのは私たちの役目。いろんな背景とか、過去のしがらみがあっても、チャンバラ大会くらいはみんなで楽しめたらいいなぁって…。イントラネットをジャックして「本気で戦え!」みたいな告知をしたり、幹部にも「ご自身の会社の軍をまとめるためには大将自ら切り込んでいってもらわないと!」とお願いしたりもしていました。
S:こういうと失礼ないい方になりますが、それはやはり則武さんのような女性でないといえないですね。
則武さん:いえないかもしれないですね。確かに当時の上司から、経営会議の場でチャンバラのことを説明するようにバトンをパスされたこともありました。真面目な経営会議の場でチャンバラのことを説明するわけです。一気に空気を変えないと…と考えて、「刀」を持って会議室に入っていきました(笑)。
S:度胸がありましたね。則武さんには度胸と覚悟があった。
則武さん:今までの議題と同じモードで議論されたら困りますから。この問題は全然違うということを演出しなければと思ったので、3人のプレゼンテーターがそれぞれに大会用にスポンジでつくられた「刀」を持って「参戦」しました。緊張しましたが、みんなが面白がってやってくれるなら、それもいいかと思いました。運動会となると、「今さら?」みたいな声も出るかなと思ったのですが、「チャンバラやろう」となったら、「え?何それ?」みたいになるんじゃないかなと思ったわけです。
S:確かに。
則武さん:実際に話題にもなりましたし、「私たちもやりたい」と他カンパニーの人が通勤中に話しているのを聞いたときには、にやけました(笑)。大会の時にも、事業部ごとに軍を成すのですが、それぞれのチームがTシャツなどのユニフォームをつくって臨んでくれたのです。事業部の実行委員も頑張って、それぞれ盛り上げてくれていることがうれしかったし、三洋と電工と電器産業のカルチャーの違いが会社の中でも課題になっているなかで、たとえチャンバラ大会でもみんなで取り組めることがすごくうれしかった。「陰口言うな。表で戦え」というのが裏テーマでもあったので、体育館にみんなが並んでいる姿だけでも感無量でした
S:そのように、まさに100BANCH戦記ともいえるさまざまな出来事や事件があったのですね。
則武さん:このことは、100BANCHの前史として、とても大事なことだったのです。そのときの社長は、「金は出しても口は出さん」といってくれました。そして「頼んだからには自分は頼まれたことは全部やるから」ともいってくれました。
S:そういってくれる人がそこにいたというのもすごく重要なことですね。
則武さん:そうですね。その言葉通り、当時の社長にはもう一つ、貴重な経験をさせていただきました。同じ一体感醸成プロジェクトの中で実施した「旅するハッカソンin浅草」という取り組みです。AISというのはオートモーティブ、車載事業をやっているので、直接顧客に接しない仕事が多いのです。そうすると、自分が何のために仕事をしているか、自分が企画したものがどのようにお客さまに使われているかというところを意識できる機会が非常に少ないのですが、やはりメーカーの社員なわけですから、モノをつくるのが好きだし、楽しいわけです。そんなモノづくりの原点ともいえる喜びやワクワクを思い出してもらえないかと考えて企画しました。
この画像には、130人ぐらい写っているのですが、全部パナソニックの人たちです。自分たちでユーザーにヒアリングをして、何かプロトタイプをつくり、もう一回ユーザーヒアリングをするという活動を3日間で行いました。当時、新しいモノづくりの潮流をつくっていたメイカースペース、DMM.make AKIBAを貸し切って、即席のチームが与えられたテーマの下、短期間集中で、サービスやアプリケーションを開発、その成果を競います。
これもまた初めての試みでした。私が、その時にすごく感じたのは、参加された方々の普段とは異なる別の面やポテンシャルでした。たとえば仕事の時には、すごくまじめでおとなしい様子で仕事をしている方が、わいわい議論し、モノづくりに熱中していたりするわけです。また、初日にクラブを借りて懇親会をやったのですが、そこに小さいステージがあったので、1日目に自分たちが考えたことを、1分間でピッチしてもらうことになりました。
そうすると、普段の会議室で見せる顔とは全然違う、とても面白いピッチをしてくれたのです。こういう場があればこういう顔を見せるのか、というパナソニックの社員に対しての私の見方が変わった瞬間だったかと思います。
真面目にしか見えないパナソニックの社員にも、普段は見せないものすごいポテンシャルがある。ちょっとしたきっかけで、想像を超えるクリエイティビティを発揮するんだとわかった出来事でした。
パナソニックとの関係性について
S:100BANCHができてお会いした時に、則武さんが、「やはりパナソニックのような大組織だからできることがある」といっていたのを今でも覚えているのですが、多分そういうことなのだと思います。
則武さん:そうだと思います。誰でも人間としてのいろいろな気持ちがあるはずだし、誰でもクリエイティビティや創造できる力があるけど、それをうまく発揮できていないでいる方が多いんじゃないかと感じたのです。当時から、それをもっと解放すれば、世の中がもっともっと面白くなるのではないかという気持ちはずっと持っていました。
それは、100BANCHメンバーに対してもそうだし、パナソニックメンバーに対しても同じです。その意味で、もっと解放してほしいという気持ちは強いかもしれないですね。
S:なるほど、そういうことがあったのですね。
則武さん:人間としての体験をどれだけしてもらえるようにするかということは、私の中でずっと考えてきたテーマです。「人間性の解放」っていっています。
S:この100BANCHをつくる前にも、則武さん自身がそういう形の新しい気付きであったり、成長などがあったのですね。
則武さん:いろんなことが蓄積されてきたのだと思います。
S:それとこの100BANCHができて、それがまた成長のための経験になり、今につながっているかと思います。則武さんが、単にアウトプットをしているだけではなくて、インプットもあって、それが今につながっているということですね。今のお話を聞いているとそう思いました。
則武さん:本当にそうですね。人には、いつも見せている顔と見せていない顔があって、その見せていない顔のところでもっともっと爆発的なエネルギーを持っている人が多いのだということを信じているところがあるかなと思います。こういう場を通じてそういうものが解放されていくといいなと思っています。そのような場での経験などが、リアルな場につながると思います。
S:後でお話を聞くことにも関係すると思いますが、そういう話を聞いていると、100BANCHは若い人たちとの関係ではそれができているというのは感じるのですが、逆にそれを今度はパナソニックにどのように生かしたり持ち帰ったりすることなどの点については、どのようになっているのでしょうか。
則武さん:パナソニックとの仕掛けはすでにいくつもやっていて、年にもよりますが、50~100くらいの共創の種を仕込んでいます。狙い過ぎると良くないと思っているのですが、関わることによってお互いが変化するようなことは、どんどん起こしていきたいと思っています。カルチャーとして新しいものをどんどん生み出せていることをお見せするのがいいかと思うのです。
GARAGE Programなど100BANCH自体の独立性というのは、しっかり担保していきたいと思っています。100BANCHは、若い人たちの活動がエネルギーの源泉。多様な人が集まって魅力的な取り組みが推進できるというのが、まずベースです。
GARAGE Programとは、「U35の若者を対象に、次の100年につながる実験ブロジェクトを公募。毎月、各分野のトップランナーであるメンターが審査を行い、誰か一人でも応援すると言えば採択。採択されたプロジェクトには『プロジェクトスペース』『トップランナーのメンタリング』『多様なネットワーク』を提供」しているものです。
その上で、ここに集まってきている250のプロジェクトを見ることで、どういう未来が見えてくるのかというところを、継続的にモニタリングしながら、社内にもフィードバックしていくことをやっています。それがあるので、今私たち100BANCHは、先にも申し上げたように、CTO傘下のR&D部門に位置づけられているのです。
幾つかの実例のご紹介をすると、本当に大小さまざまなのですが、パナソニックが長期戦略を考えるときに100BANCHメンバーにディスカッションに入ってもらったり、気軽なミートアップのようなものを頻繁に開催したり、新入社員教育や幹部育成研修などでコマをもらって、100BANCHのメンバーがしているような、自分のウィル(意志)に基づく未来づくりというのは自分にもできるのではないかと思ってもらえるような、何らかの気付きを促すようなワークショップを実施させてもらったりしています。
そういった社外人材との共創活動はもちろんですが、100BANCHのメンターさんとのつながりで、新しいチャレンジが起こっている部分であったり、メンバーのプロトタイプの商品化にパナソニックメンバーに協力してもらったり、さらに社内で挑戦しているイントレプレナーの支援も行っています。
あとはもう少し進んだ例で言うと、100BANCHのメンバーの一人がパナソニックの新規事業部門に出向して、そこの事業と自分たちの事業をコラボさせながら事業創造に挑んだ事例などが、パナソニックに対しての実績としてあります。
全てがパナソニックのためではないということが大事なポイントです。そこのメリハリといいますか、100BANCHには100BANCHとしての社会に対してのミッションがありますし、それがあるからこそ、パナソニックに対してできることも増えていくのではないかと思っています。
S:バランスが大事ですね。
則武さん:そこを間違ってしまうと、いろいろなことが崩壊するだろうと思っています。
S:そうですね。パナソニックからの支援もなくなってしまうし、逆に外からの人も、「なんだ、パナソニックに利用されるために私たちは知恵を出しているのか」と思われたら、もうアウトですからね。
則武さん:本当にそのとおりで、そんなことをしたら、きっと蜘蛛の子を散らすようにいなくなってしまうだろうと思うわけです。
S:そうですよ。他方、パナソニックがやっているから、参加したいという話ももちろんあると思います。
則武さん:それもあります。
S:訳の分からない会社よりは、安心できる。でも単に利用されるだけだったら、今の若い人は絶対参加しないですね。
則武さん:そうですね。パナソニックのやっている100BANCHに採択されたと聞いたら、親が泣いて喜んだと言っていたメンバーもいます。それに、100BANCHのメンバーも、これほど何でもありな100BANCHを許しているパナソニックの姿勢を不思議に思っているし、リスペクトもしてくれていると思います。
S:それは則武さんがいるからではないですか。
則武さん:いや、そういうことはなくて、パナソニックは、これまで何かをやるなと100BANCHにいわなかったことは事実なのです。懐の深い会社だと思います。
100BANCHの具体的な活動等について
S:先ほど既に少しお話しいただいているので、話がまた行ったり来たりしてしまうのですが、100BANCHのこれまでと現在の具体的な活動についてお話しください。
則武さん:コアになっているのはGARAGE Programといって、U35の若い人たちが100年先に向けてこういう社会をつくりたい、こういう未来をつくりたいと思う、そういう意思に基づく活動を広く公募しているものです。素晴らしいメンターの方々にご協力を頂いて、その方々が1人でもいいので応援しようと決めたものがあれば、採択いただいて支援しています。この4年半ほどで大体820件の応募があって、250件のプロジェクトを採択しています。
これがGARAGE Programというプログラムです。採択された各活動の通常の活動期間は3カ月になります。3カ月間こういう活動をやりますという宣言し、その活動を行い、支援を受けられるものです。そのプログラムのOB・OGになってもコミュニティのメンバーとしての関わりは続きます。そういう人たちと継続的にいろいろな実験を一緒にやったり、各活動同士がお互いにコラボしてそれを推進したり、それをサポートする活動などを行っています。
S:対象分野の制限はないですか。
則武さん:ありません。ジャンルは本当に多岐にわたっていて、ジャンルもステージもばらばらです。一般的には企業がやっている、短期間で事業を成長(スケール)させるためのプログラムであるアクセラレーションプログラムではビジネスに限っていることが多いと思いますが、100BANCHの場合は、会社にしなくても別にいいですし、事業だけではなくて、デザインプロジェクト、アートプロジェクトや社会運動のようなものも含んでいます。そのことが結果的にこの場の多様性を生み出しているのかなと思っています。
S:分かりました、ありがとうございます。先ほども出てきた話ですが、100BANCHの活動を考えた場合、全体としてはどのように運営されているのですか。
則武さん:現状でいいますと、日常の運営というのはパナソニックのメンバーを中心に、社団法人のスタッフとともに日々の運営に当たっています。あと、重要で欠かせないのはメンターさんたちで、今21名の方々がいます。毎月審査会を開催し採択をするかどうかの判断やサポートなどをしてくださっています。それがコアで、あとはメンバーたちが自分たちで自走して、このコミュニティのために貢献してくれることなどで運営が成り立っている感じです。
S:メンターさんたちは、どのような感じで選ばれていますか。
則武さん:私たちスタッフなどが日常的に対応するところもあります。その壁の大きさにもよりますが、話を聞いてほしいときはあるし、まず一次的な相談というか、少し壁にぶつかったときに壁打ちの相手になるようなことはやったりします。
S:スタッフの方々が対応するのですね。
則武さん:専門家ではないので、すごく有益なアドバイスができるわけではありませんが、例えばこのプロジェクトも同じようなことをやっていたから、そのメンバーに1回聞いてみたらというようなアドバイスをしたりします。今では250チームいるので、前に似た領域のことをやっているチームがいるような場合、お互いにサポートし合えるような機会は増えてきているかと思います。
S:確かにそうですね。それにそういう動きというのは、100パーセント先例があるということもないですから。たとえその分野の専門家といっても答えられるかというと、答えられない部分ということもありますからね。
則武さん:そうなのです。
S:最後は自分で考えてもらわないといけないということですね。
則武さん:思考のプロセスだけでも整理してあげれば解決することはよくあります。「すごく目先のことばかりに一生懸命になっているけれども、あなたは元々こういっていたよね」というと、「そうだった」という感じでぶつかっていた壁から抜けていくときもあったりします。少し離れたところにずっといるというような存在だからこそ、話し合えたりすることもあるのかと思います。
…次号に続く…
則武里恵(のりたけ・りえ)さんについて
100BANCH オーガナイザー/一般社団法人百番地 代表理事
パナソニックホールディングス株式会社 事業開発室 100BANCH リーダー
岐阜県生まれ。神戸大学国際文化学部で途上国におけるジェンダー問題とコミュニティ開発を学ぶ。パナソニックに入社後、広報として社内広報とメディア制作を中心に、対外広報、IR、展示会、イベントの企画・運営など、さまざまなコミュニケーション活動を担当。2016年2月より100周年プロジェクトを担当し、2017年7月、次の100年につながる新しい価値の創造に取り組む「未来をつくる実験区 100BANCH」を立ち上げる。累計250以上の若者たちのプロジェクトの加速支援に携わるとともに、スタートアップと大企業の交流を通じた人材育成や組織開発などを推進し、新しい組織文化の醸成を目指す。