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「未来をつくる実験区」100BANCHの挑戦…則武里恵代表理事に聞く(1)

鈴木崇弘政策研究者、PHP総研特任フェロー
100BANCHのオープニングセレモニーの様子 写真:100BANCH提供

 今、渋谷にある100BANCHという不思議な名称の施設・場所が社会的にも注目を集めてきている。そこでは、若い世代の方々が中心になって、さまざまな活動や取り組みが行われている。その中では、これまでのインキュベーション施設などでは絶対に行われてこなかったことも行われているようだ。

 100BANCHはそのスタートから5年が経ち、先日法人化され、初期的ステージから、次のステージに進展、発展してきている感がある。

 そこで、その設立にかかわり、現在同組織の代表理事である則武里恵さんに、100BANCHのこれまで、現在そして今後について伺ってみた。その成果を、3回の記事に分けて紹介していくことにする。

 なお、100BANCHでは、7月1日~10日にかけて、今年で5回目となる周年イベント「ナナナナ祭2022」を渋谷で開催予定である(注)。100BANCHの5年間の実験成果および今を体感したい方は、ぜひ参加なさってください。

100BANCHについて

鈴木(以下、S):100BANCHは、知っている方はものすごく知っているようになってきていると思いますが、今回のYahoo!に記事を載せたときにはまだ知らない方もいらっしゃるかもしれませんので、まず100BANCHというのは何なのかというのをざっくりと教えていただけますか。

則武里恵さん(以下、則武さん):一言で言うと「未来をつくる実験区」といっています。若い人たち、特に「こういう未来をつくっていきたい」という野心的な若者たちとともに100年先につながる価値創造に挑戦している場所です。U35の若いリーダーが推進する100年先に向けたプロジェクトを採択し、支援する「GARAGE Program」には、これまでに800件以上の応募があり、264のプロジェクトが100BANCHで活動を行ってきました。

100BANCHコンセプトムービー 動画:100BANCH提供

S:では、そのことを踏まえて質問させてください。100年先の未来をつくるというお話なわけですが、一企業であるパナソニックが活動として始めたわけですよね。今度、「一般社団法人百番地」としての法人もつくられました。それらの経緯や背景等を教えていただけますか。

則武さん:法人は設立しましたが、この100BANCHという活動が、パナソニックの支援する事業であるということは、法人ができる前も今も変わっていません。もともとパナソニックが2018年に100周年を迎えることを機に、次の100年につながる活動としてスタートしています。

 創業者の松下幸之助が会社を起こしてからこれまでの100年間は、例えば「モノを豊富にすることで人々を幸せにする」という水道哲学に代表されるように、「モノ」を中心に事業を行い、お客様へのお役立ちを追求してきました。100周年を前に考えてみたとき、「『豊富にする」ことが人の幸せにつながっているのだろうか?」とか、「そもそもお客様は次の時代、どういうことを幸せと考えるのだろうか?」という次の問いが出てきます。

 100周年は、パナソニックにとって、次の100年は何でお客さまにお役立ちしていくのかを考える大きな機会でした。100年前と今とでは社会の環境も幸せのあり方も大きく変わっている中で、私たち(パナソニック)は、今後どう幸せに対して貢献していくのか、どういう幸せをつくるために事業を行っていくのか。そういった中で、100BANCHは、未来の幸せのあり方や社会像を、社外のパートナー、特に次の時代を担っていく人たちと一緒に考え、社会実装を目指していく一つの取り組みとしてスタートしました。

100BANCHのメンバーとともに、大阪・門真市にあるパナソニックの松下幸之助歴史館を訪問 写真:100BANCH提供
100BANCHのメンバーとともに、大阪・門真市にあるパナソニックの松下幸之助歴史館を訪問 写真:100BANCH提供

100BANCH設立の背景について

S:そういう経緯から100BANCHをはじめ、約5年経って、今回法人をつくられたというわけですね。では、相変わらずパナソニックのサポートを受けている中で法人をつくられた理由や背景を教えていただけますか。

則武さん:100BANCHの活動は、先ほど申し上げた通り、パナソニック100周年を契機に検討を始めましたが、実際に立ち上げる時にはロフトワークさんカフェ・カンパニーさんというパートナーを得て、3社共同という形でスタートしました。今年の2月までは、共同プロジェクトとして、法人の組織も持たずに運営をしてきたのです。

 ところが、活動プロジェクトの数も増えてきて、運営3社だけでなく彼らとも一緒に未来に向けたチャレンジをしたり、一歩踏み込んだことをやろうとすると、何らかの法人がないと先に進まないことが増えてきたのです。それは、5年やってきたことでチャレンジできる領域が広がったということだと思います。

 私たちは元々、社会実装までチャレンジしていきたいという気持ちを持っていましたし、それをやりやすくするには法人格が必要だということで、100BANCHのコミュニティとして社団法人という法人格を取得しました。

S:その辺の背景がよく分からなかったので、お話しいただいて、どうもありがとうございました。

則武さん:今の日本の社会の中で何か事を起こそうとすると、法人格のようなものがないと契約もできない、信用もされないし、取引口座も作れないというのが現実です。そこで、5周年を機に法人格を得て組織をつくり、社会実装に向けたチャレンジを加速していきたいという意志の表れでもあるかもしれません。

S:ご存じのように阪神淡路大震災のときにボランティア活動が活発に行われたわけですが、法人格がないためにいろいろできなかったので、それを受けて特定非営利活動促進法が制定されて、特定非営利活動法人(いわゆるNPO法人)がつくれるようになったことと正にオーバーラップしている話だと思います。

則武さん:そう思います。

S:わかりました、ありがとうございます。そういう背景の中で、やはり則武さんの役割が非常に重要だと思うのです。そして一般社団法人になったわけですが、則武さんがその代表理事でいらっしゃいます。則武さんは、100BANCHができる前の構想フェーズからパナソニックの中でこの取り組みを推進されていたかと思いますが、ご自分のこれまでのキャリア、それと共に、なぜパナソニックでこういうことに関わったのか、それは上からの命令だったのかなど、その辺のところを教えていただきたいと思います。

則武さん:100BANCHの構想がどこから始まったかというと、非常に長い話がありますので、どこから行くのがいいのか迷いますね(笑)。

 次の100年をどうつくるかという壮大なテーマを前に、それをどのようにしたらやれるのかを考えたとき、これだけ人々の志向が多岐にわたる中で、自分たちだけでやることはできないという考え方がまずあったかと思います。いろいろな人の知見や多様な視点を入れながら、未来に向けたチャレンジを先に進めていくということがすごく大事だと思っていました。未来をつくるというときに、共に創る、共創の視点は欠かせないということです。

 それで、パナソニックという会社の中で閉じるのではなくて、外に向けて開かれた場所、あるいは外の人も中の人も出入りをしながら未来を考えられるような場所が、パナソニックにもあるといいなぁとは個人的には思っていましたね。

S:月並みな言葉になってしまうかもしれませんが、今で言えばオープンイノベーションみたいなものでしょうか。どうしてそれが大事だと思われていたのですか?

則武さん:そうですね。理由については、私のキャリアが影響していると思います。私はパナソニックでずっと広報という仕事をしてきています。

 広報というのは、外に向けた窓口の仕事ですので、自分は外の人と接する機会が非常に多い環境で育ってきたと思うのです。パナソニックの中にはいろんな要素や側面、人たちがいるのですが、社内の世界だけでもとても大きいが故に外の動きに気付きにくくなることもあれば、パナソニックの持っている良さに中の人が気付いていなくて、十分に外部の人に紹介できていないということがあるわけです。これは、中と外との行き来がないとわからなかったり、気付けないことだと思います。社内の縦割りだけじゃなく、社外ともお互いに持っている良さを掛け合わせていけば、もっといろいろな価値に気付けるし、いろんなチャレンジができるはずなのにと思っていました。

S:そこから実際にそういう場をつくろうという動きになったのは、100周年がきっかけだったのでしょうか?何かタスクフォースのようなものをつくられて、そこに参画されていたのですか。

則武さん:そうですね。2016年の2月、100周年プロジェクトがスタートした頃に、その担当になりました。次代に受け継ぎたいものと、今後未来に向けて変えていかなければいけないことについて、きちんと棚卸しをして未来への仕掛けをしていくのが100周年プロジェクトの目的で、関連プロジェクトは18個ぐらいありました。その中で、未来をつくる活動や特に若い人たちとのコミュニケーションをどうやっていくかということを考えるのが、100BANCHの構想をスタートしたタスクフォースの役割でした。

100BANCHの設立自体について

S:実際にこの100BANCHができたのはいつでしたか。

則武さん:2017年7月です。

S:失礼な言い方ですが、大企業で1年半ほどでできたのは驚異的な速さですね。

則武さん:タスクフォースの初めから見ると1年半なのですが、実は、場をつくるという構想から設立までは8カ月でやっています。

S:大企業の新規の活動としては驚くべきスピードですね。

則武さん:そうですね。そのスピードがあったからこそ、実現できたのではないかという説があります(笑)。

S:そうか、あまりに早過ぎて、みんな気付く前にできちゃった(笑)。

則武さん:もちろん必要な承認は得ながら進めましたが、8カ月というのはパナソニックにとっての常識ではありえないスピードだったと思います。でも、やってみたらできた。「短期集中」を100BANCHでは大事にしていますが、立ち上げのスピードでもそれを体現できたかもしれませんね。

                 …次号に続く…

(注)「ナナナナ祭2022」の詳しい情報は、プレスリリースからも入手できる。

ナナナナ祭2022の告知  写真:100BANCH提供
ナナナナ祭2022の告知  写真:100BANCH提供

「100BANCH 夏の大イベント「ナナナナ祭2022」開催決定 5年間の実験成果を7月1日から渋谷でお披露目」

「未来を育てる夏祭り『ナナナナ祭2022』出展プログラムを公開 会期は7月1日~10日」 

「100BANCH ナナナナ祭2022のキーノートイベントを発表――食、モノづくり、生物多様性などをテーマに17人のゲストが登壇」

則武里恵(のりたけ・りえ)さんについて

則武里恵さん 写真:100BANCH提供
則武里恵さん 写真:100BANCH提供

100BANCH オーガナイザー/一般社団法人百番地 代表理事

 パナソニックホールディングス株式会社 事業開発室 100BANCH リーダー

岐阜県生まれ。神戸大学国際文化学部で途上国におけるジェンダー問題とコミュニティ開発を学ぶ。パナソニックに入社後、広報として社内広報とメディア制作を中心に、対外広報、IR、展示会、イベントの企画・運営など、さまざまなコミュニケーション活動を担当。2016年2月より100周年プロジェクトを担当し、2017年7月、次の100年につながる新しい価値の創造に取り組む「未来をつくる実験区 100BANCH」を立ち上げる。累計250以上の若者たちのプロジェクトの加速支援に携わるとともに、スタートアップと大企業の交流を通じた人材育成や組織開発などを推進し、新しい組織文化の醸成を目指す。

政策研究者、PHP総研特任フェロー

東京大学法学部卒。マラヤ大学、米国EWC奨学生として同センター・ハワイ大学大学院等留学。日本財団等を経て東京財団設立参画し同研究事業部長、大阪大学特任教授・阪大FRC副機構長、自民党系「シンクタンク2005・日本」設立参画し同理事・事務局長、米アーバン・インスティテュート兼任研究員、中央大学客員教授、国会事故調情報統括、厚生労働省総合政策参与、城西国際大学大学院研究科長・教授、沖縄科学技術大学院大学(OIST)客員研究員等を経て現職。経済安全保障経営センター研究主幹等兼任。大阪駅北地区国際コンセプトコンペ優秀賞受賞。著書やメディア出演多数。最新著は『沖縄科学技術大学院大学は東大を超えたのか』

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