「未来をつくる実験区」100BANCHの挑戦…則武里恵代表理事に聞く(3)
…前号からの続き…
「クリエイティビティ」について
S:GARAGE Programなどを中心としたいろいろな活動をされているわけですが、その中でまさに「イノベーション」や「クリエイティビティ」の要素などが非常に重要だという印象を受けます。プロジェクトのエントリーも含め、そういうものを増やすために心掛けていることや日頃から考えていたり活動されていたりすることは何かありますか。
則武さん:100BANCHは、「実験区」なので実験を回すことに対しては、常に意識しています。100BANCHはすごく自由で、あまりルールもない場所ですが、「何を実験しているのか」ということは、割と問いかけることが多いかなと思っています。「どんな仮説を持っていて、何を確かめるためにどのような実験をするのか」という問いかけは、メンバーに対しても頻繁にしていると思います。
変わっていくことを良しとするというか、前と同じではないことをすることによって、新しいことがわかるようにしたい。そのことは、メンバーにも求めますが、事務局の中でも同様です。常にその時々に合わせ、時代に対応していける事務局でありたいと思っていますので、今までのやり方にとらわれないということは、いつも心掛けています。
S:それでも、5年間やってくると、やはりある程度経験や知見が蓄積されてきて、ここではこうでなければいけないというようになることは人間の組織では往々にして起こりがちですが、そういうことにならないために、どのように心掛けているのでしょうか。
則武さん:前例はあまり気にしないということでしょうか。いろいろな外部要因などもあるので、前はこうだったが今は違うということは起こると思います。その時々の最善のものや選択肢は何なのかというのをみんなで考えたいと思っています。
S:5年間ぐらいやってきて、「イノベーション」や「クリエイティビティ」にどういう印象を持っているのでしょうか。
則武さん:私は、「イノベーション」という言葉はあまり使わないのですが、なぜかというと、「イノベーション」が何なのかよくわからないからです。「クリエイティビティ」というのは、創造性ですが、先に申し上げたように、誰でも創造的であって、それを発揮できると思っています。
ただ、誰もが本来そうなのに、それを出さないように生きている人はいるんじゃないかと思っていて、その心の壁のようなものを取り払えないだろうか。「人間性の解放」と表現しているのですが、その人の中にある想像力や偏愛みたいなものをもっとむき出しにして生きていけたら、もっと創造的なエネルギーが生まれるんじゃないか。そんなふうに思っています。なので、100BANCHに来ると、そういうものをなぜか出してしまう、あるいはなぜか素直に出せるという雰囲気づくりは大切にしています。
100BANCHには、そのように生きている人がいっぱいいると思うし、自分のウィル(意志)が何なのかという問い掛けが多いというのも、ウィルに基づく活動をしていこうよ、というメッセージでもあると思います。そんな生き方が普通である世界をつくりたいというか、ここではウィルが最重要の場所なのだという認識をいろいろな人の中につくっていきたいと思っていて、それは努力しているかなと思います。
「イノベーション」についてですが、私はそのときすぐにはわからないのではないかと思っています。結果的に振り返った時、何か文化のようになっているものが「イノベーション」なんじゃないか。そんな思いもあり、パナソニックの綱領にも書かれている「世界文化の進展」は目指していきたいと思っています。
「文明」は人々に便利や快適をもたらすと思いますが、「文化」はもっと人の感情や慣習にひも付くものではないかと思います。「世界文化の進展」というわけなので、さらにすごく多様な文化が、それぞれ行きたい方向に発展していく、そういう世界観をつくれるといいなと思っているのです。
文化として根付いていくような何かをアグレッシブに探求しているメンバーやプロジェクトが存分に活動することによって、それらが文化として根差すようなものになっていく。必ずしもそうならないものもあるだろうけれども、それが多方向に広がっていくようなことができるといいと思います。気付いたらそうなっているのが文化なのではないかと思っていて、そういうものが一つでも二つでも出てくるといいと思っています。
S:今おっしゃったようなことは、先のチャンバラやハッカソンなどの経験を通じて実感としてもお持ちで、そういう自分の中の信念というものが多分おありなのでしょうね。
則武さん:普通が変わるのがすごいと思っているのです。普通の状態が変わるというのが何よりすごいと思っています。
ハッカソンやチャンバラもすごく面白かったのですが、1回限りのイベントは、非日常だと考えています。それらのイベントを実施したときに思ったのは、私は「非日常の熱狂」よりも「新しい日常」をつくりたいということなのです。
非日常の熱狂というのはやはりそのときは楽しいし、それをつくること自体も楽しく、お祭りのような感覚です。瞬発力を持って、新しい世界を見ることができるという意味では祭りも大事です。でも祭りを祭りとして終わらせるのではなく、それを通じて日常が変わるというところまで目指さないと何か物足りないと思いました。その考えは100BANCHでも大事にしていて、普通の日が変わるというところを目指したいのです。
だから、「100BANCHがホームだ」とみんながいってくれることは結構うれしく思っています。「ホーム」というのは日常の最たる場所だと思うので、その「ホーム」がこのような新しいカルチャーを持つ場所になってきているので、このホームをもっともっと広げていきたいと思ったりしています。
100BANCHに関わる方法について
S:大変面白い話をいろいろお伺いして、100BANCHは非常に開かれている感じがすごくしたのですが、今関わっていないけれども、これから関わりたい人はどうすればいいでしょうか。
則武さん:100BANCHのメンバーは尖ったプロジェクトが多くて、特に今発信しているものは、どんどん成長もしているし、すごくキラキラ見えているのではないかと思います。でも、彼らの日常の姿を見てみると、めちゃくちゃ悩んだり、何回もくじけたりしているのです。誰でも何かうまくいかない時期や悩む時期はあって、あなたと同じですよ、ということは伝えたいと思っています。
だから、「何かをやってみたい」という自分の中にある思いに対して素直になることで開けてくる未来を考えてみてほしいし、「こういうことをやってみたい」「こういうことが自分は好きだった」という気持ちを大事にしてほしいと思っています。
S:そういう気持ちがある人は、どうすればいいでしょうか。
則武さん:ぜひ、GARAGE Programにエントリーしてください。100BANCHのウェブサイトにGARAGE Programの募集ページがあります。エントリーは常時受け付けています。エントリーはハードルが高いという人は、プレエントリーというのもあります。事前相談できるような機会もありますし、まずイベントに参加してみるという方法もある。何らかの形でまず関わり始めてもらえると、何か次につながっていくのではないかと思っています。
S:わかりました。先ほどの話によると、820件の応募で250採択ということは、結構競争倍率が高いですよね。約3分の1の採択ということですね。これは何回応募してもいいのですか。
則武さん:何回応募しても大丈夫です。どういうものが採られているかというと、こうしたいというウィルや、誰がなんといってもそうしてしまうというような偏愛を持っているチームのものです。それに向けて実践をしていける、行動しているところが大事かと思います。
S:採択されて3カ月頑張って、それで駄目だったときにペナルティーとかはあるのですか。
則武さん:ないです。ただ、うまくいってもいかなくても、3カ月目には実験報告会(注)でプレゼンしていただきます。実験の結果、何か思っていた結果ではなかったとしても、そこからわかったことを発表してもらう。発表することがないのは、何もやらなかった場合かなと思うので、100BANCHにおける失敗は、何もやらないということかもしれません。
S:エジソンが言っている、「私は失敗したことがない。ただ、1万通りのうまくいかない方法を見つけただけだ」という言葉に近いですね。
則武さん:そうですね。発表するということはシンプルですが、やってきたことはよくわかります。
S:そうですね。たとえ失敗していてもやっていれば、次の機会にこうすればいいということがわかっているという経験は積んでいるわけですからね。
則武さん:そうですね。わかったことがどんどん増えて、成功に近づいているのだと思います。
「コミュニティ」あるいは「プラットフォーム」について
S:これもすでにお話しされているのですが、100BANCHは「コミュニティ」を大切にしていると思います。すでに250のプロジェクトがあって、1,000人ぐらいの方々の何らかの蓄積があるわけですよね。その点に関して改めてどのように考えていたり、そのためにどのような工夫や心がけをされているのでしょうか。
則武さん:月並みな言葉ですが、「人を大事にしている」ということです。例えば採択のときには、プロジェクトを採択しているのですが、関わり始めたら、やはり人と人との関わりなのです。例えばその人が採択したプロジェクトから違うプロジェクトになったとしても、私たちとの関係は変わっていなくて、その人の真ん中にどのような気持ちがあって、その人がなぜそうするのかというのをきちんと見て関わっていきたいということを、いつも思っています。
たとえあるプロジェクトのチームが結果的には崩壊したとしても、チームメンバーのその方とこの方にはその真ん中にこういう気持ちがあった。だからうまくいかなかったのだろうというのがみえたら、「なんでチームが崩壊したんだ!事業がうまくいかないじゃないか」という気持ちには全くならないわけです。こういう方向性の違いで別あるいは次の道を行くことになったのかということが理解できて、心に本当にすとんと落ちるのです。その人とその相手方、あるいはコミュニティ・メンバーのそれぞれの中にどういうウィルがあるかというところをみて関わっていくことを、一番意識しています。
S:その関係からすると、プロジェクトが幾つもあったり、OB・OGなども出入りしているというお話を聞きましたが、1回やったプロジェクトだけではなくて、またそういう新しい人間関係で新しいプロジェクトの申請や動きはあるのでしょうか。
則武さん:たくさんあります。Aプロジェクトで入居していた若い方が別の人たちと組んでBプロジェクトで応募してきてというのもあるし、メンターさんが一緒になってプロジェクトとして応募されるというのもあります。
S:なるほど。そういうものを多様に生かしながら、いいものであれば自然に受け入れるという感じなのですか。
則武さん:そうですね。だからその線引きが結構難しいです。どこからどこまでが100BANCHの活動やプロジェクトなのかは、あまりわからなくなってきているけれども、何か同じ思想というかウィルを大事に関わり合う人たちが何らかの未来をつくる目標に向かっていける人たちのことをいうのであれば、それはきっと「コミュニティ」なのだろうと思ったりしています。
S:「コミュニティ」よりどちらかというと、「プラットフォーム」や「フォーラム」に近いのでしょうかね。
則武さん:そうかもしれないです。
100BANCHの今後について
S:わかりました、ありがとうございます。では次に、100BANCHはこの5年間やってきたということで今法人化されて、次のステージにある意味で来ているのかと思います。この100BANCHの今後についてどのようにお考えなのか、これは則武さん個人のご意見でもいいですし、組織の意見でも何でもいいのですが、お聞かせいただければと思います。
則武さん:次のチャレンジや冒頭にも少し関わることをお話ししたと思うのですが、個人が活躍していくという時代になって、それぞれのいろいろな得意なところを発揮して何らかのことを成し遂げていくというのが、もっと進んでくるといいなと思っています。そのときにこの100BANCHで出会った人たちや、100BANCHから何か世間や社会に対して投げ掛けられるようなことが増えるような試みをたくさん打っていけるといいなと思います。
そうした実験がもっとライト(簡単・気軽)にたくさんなされるような社会になるように、私たちも負けないようにその球を打ち続けたいと思っています。
100BANCHのサポートについて
S:そのこととも関係することで、先ほどは十分にお伺いしていなかったのですが、例えばGARAGE Programに採択されたときには、どのようなサポートや協力が得られるのかについてもう少し教えていただけますか。
則武さん:サポートは3つあります。採択されると、まず「場所」です。24時間365日使えるプロジェクトスペースをフリーレントできます。2つ目が「メンタリングアドバイス」です。そうそうたるメンターさんたちに事業やプロジェクトに関するアドバイスを受けることができます。3つ目は「PRやネットワーキングの支援」です。自分たちがどういう気持ちを持って活動しているのかということを100BANCHのメディアで取り上げたり、いろいろなメディアリレーションの機会をつくって紹介させていただいたりしていますし、展示会のような機会もあるので、そういうもので発表していくという機会を提供していったりということです。
S:ある意味でややひねくれた質問をすると、資金的な支援はされないわけですね。
則武さん:はい。
S:それは何か理由がありますか。
則武さん:資金支援などをすると、変な足かせになってしまう可能性もあると思うからです。GARAGE Programというのは、まず思う存分、彼らの思う未来を追求してもらいたいからです。
また対象になっているジャンルもあまりに多様でお金を出したいと思う人も多分すごく幅広い方々になると思います。だから、やはりそれが足かせにならない相手からお金は調達していくほうがいいと思うのです。逆にそれがあることによって多様性が失われるところがあるのではないかと思って、そういうやり方はしていません。
S:逆に言うと、100BANCHは財政的には支援しないけれども、各プロジェクトが自分で稼いできたり、クラウドファンディング(クラファン)をしたりというのは全然構わないわけですか。
則武さん:構わないし、むしろそれを支援しています。お金は出しませんが、お金の稼ぎ方はアドバイスしています。だから、このプロジェクトはクラファン(クラウドファンディング)のほうがいろいろな人の支援が受けられるのではというものや、ここはもしかしたらベンチャーキャピタル(VC)さんから調達できるかもしれない、あるいは支援金がいただけることもありますよね。その意味からも、お金を出すのではなくて、お金の稼ぎ方を教えたり、一緒に考えていくほうがいいという考え方がベースにはあります。
伝えたいことについて
S:本当はまだまだお伺いしたいのですが、最後の質問をしようと思います。則武さんが今までやってきた経験、パナソニックの中でのことを踏まえて、若い世代やこれからの社会に伝えたいメッセージはありますか。あるいは今の日本に対する何とかしてほしいことでも何でもいいです。100BANCHをやっているということは、何かあると思うのです。
則武さん:自分にわからないものがあることを受け入れていきたいという気持ちがあります。全部をわかろうとしないほうがいいのではないかと思っているかもしれません。
全部自分のわかる範囲で動こうとすると、結局すごく面白い場所まで行けないのではないかと思っています。特に若い世代も、例えばレビューをみてからご飯を食べに行くのをやめた方がいいのではないかと思っています。
S:グルメサイトのいいねボタンに100いいねがあったら行く、あるいは評価が5点満点で3.5以上でなかったら行かないというようなことですね。
則武さん:それよりも目をつぶって歩くような感覚でやってみてほしいと思ったりします。
S:それはご自分がやられてきた経験からの皮膚感覚のようなものでしょうかね。
則武さん:そうせざるを得なかったのかもしれませんが、自分的にはそうしてきたことで面白かったのです。結局何でもわかると思ったら終わりじゃないですか。わからないことがあるから何か面白いのだと思います。
S:人間はどれほど能力があっても、どれほど頑張っても、1人の人間ではたかが知れていますからね。
則武さん:そうです。また相手のことを例えばわかっていると思ったら、もうそれ以上コミュニケーションもしないことになりますよね。
S:別に知りたくもならないから。
則武さん:そうです。わからないことがあるから知りたくなると思うから、わからないことに出合うことをもっと大事にしてほしいと思っています。
S:それは素晴らしい、素敵なメッセージですね。わからないことがあるから、生きていて、次にもっと楽しいことがあるのではというワクワク感や期待が生まれてきますよね。
則武さん:そうだと思います。私も、毎日関わっていても100BANCHのメンバーがやっていることはわからないことだらけです。さっぱりわからないし、何がいいのかもあまりよくわからないと思っているけれども、この人がこういうことを大事にしたいのだということはわかったというか、何をやっているかわからないけれども、わからないなりに受け入れることはできる気がしています。そして、そういう感覚があるほうが、社会はもっと優しくなるのではないかと思ったりしています。
S:今の日本とは全然違う話ですね。日本はわからないことは認めない社会になってしまいましたね。
則武さん:そうかもしれません。
S:昔はそうではなかったと思うのですが、社会からいかがわしさのようなものがなくなってしまいましたね。だからつまらない。
則武さん:わかります。何かもっと「あの人、何をやっているのだろう」というような変わり者が、以前はもっといたと思うのですが、最近はあまりいなくなってしまっている感じがあります。
S: 映画「男はつらいよ」シリーズのフーテンの寅さんのような方ですね。どうやって食べているのかという感じです。
則武さん:無責任な発言に聞こえるかもしれませんが、実は社会が動いていくためには、どうやって食べているのか必ずしもよくわからないけど、あるときに俄然力を発揮し、活躍するという人がいたほうが面白いし、ずっと可能性が広がる気がしています。
S:本当はもっと伺いたいことがあるのですが、それはまた別の機会にしたいと思います。本日はお忙しいところ、ありがとうございました。
(注)実験報告会については、例えば次のURLの情報などを参考のこと。
・100BANCH 7月実験報告会(2022年7月26日開催、8月19日記事掲載)
則武里恵(のりたけ・りえ)さんについて
100BANCH オーガナイザー/一般社団法人百番地 代表理事
パナソニックホールディングス株式会社 事業開発室 100BANCH リーダー
岐阜県生まれ。神戸大学国際文化学部で途上国におけるジェンダー問題とコミュニティ開発を学ぶ。パナソニックに入社後、広報として社内広報とメディア制作を中心に、対外広報、IR、展示会、イベントの企画・運営など、さまざまなコミュニケーション活動を担当。2016年2月より100周年プロジェクトを担当し、2017年7月、次の100年につながる新しい価値の創造に取り組む「未来をつくる実験区 100BANCH」を立ち上げる。累計250以上の若者たちのプロジェクトの加速支援に携わるとともに、スタートアップと大企業の交流を通じた人材育成や組織開発などを推進し、新しい組織文化の醸成を目指す。