「保育園落ちた日本死ね!」問題から考える菅総理の発信
菅義偉総理のコロナ禍対策の発信に関する、最近の世論や批判などを聞いていて、思い出すことがある。
それは、筆者が塩崎恭久厚生労働大臣(当時)(注1)の下で、総合政策参与をしていた2016年に起きた「保育園落ちた日本死ね!」問題だ(注2)。
当時、進展する少子高齢化や生産労働人口の減少の状況において、出産・育児や女性の就労への対応が政策的にも進められていた。だが、現実には、保育園の申込みにはずれたある母親がネットに投じた怒りのその書き込みのようなことが多々起こっていた。そのために、この書き込みは多くの方々の共感を得て、瞬く間にネットに広がり、マスメディアや国会審議でも注目され、社会的にも様々な動きが生まれていたのである。
その問題の当時の担当大臣が塩崎厚労大臣であり、筆者は、そのサポートスタッフとして当時大臣室にほぼ毎日日参していた。
そのことが社会的にもメディア的にも大きく問題となり、政治や政策の中枢である永田町(国会)や霞が関(中央省庁)でも問題になりだしたのが、それは確かある金曜日だった。そこで塩崎大臣から、「明日土曜日に中心スタッフだけでこの問題への対処について話をしたい」ということで、筆者らに招集がかかった。
土曜日に大臣の中心スタッフが集まり、突然の招集で参加できなかったコミュニケーションの専門家からの本問題対応へのアイデアメモ等(注3)を基に議論し、今後大臣がどのような対応や発信をしていくべきかについて議論した。
同メモにも指摘されていたし、筆者もネット等で本問題について事前調査をしてわかったことは、本問題は社会問題としてかなり情緒的あるいは感情的になっているということだった。そのことは、そのような問題の場合には、データなどを基にしてどんなに正しい説明や報告をしたとしても、そのネットで発信した方やその発信に共感している方々を含めた社会は、その説明や報告に納得しないし、理解してもらうということは非常に難しいということを意味したのである。
そこで、筆者たちは大臣に対して、「まずはその発信者や同様の境遇にある方々そしてそれらの方々の共感・共鳴する方々に、困難な現状において苦労されていることへの理解や感謝等を、自身の言葉でできるだけわかりやすく話すべきだ」と提案した。それを受けて、国、特に厚労省などが行っている対策の現状がどのようであり、自治体などとの協力も得て、今後どのようにしていくかを説明した方がいいのではないかとも指摘した。
当時厚労省は、実は当初の計画よりも前倒しに保育園の設置や開設をしており、その問題が大きくなることへの対応として、大臣からそのような前倒しの状況を国民に説明させようとしていた。それに対して、筆者らは、今述べたような提案を大臣にしたのである。正に判断を誤れば問題はさらに拡大してしまうようなクルーシャルで重要な場面で、塩崎大臣は、筆者らの提案や指摘を理解し、それに基づいて対応していったのである(注4)。
また当時、上記のような状況を受けて、関連の女性グループ等や野党議員などが中心になり、保育園問題で苦労したりあるいはまたその問題に理解を示す方々から、政府による保育園対応への要望に関する多くの署名が短期間で集まっていた。
そして彼らは、その署名を塩崎大臣に直接渡したいと要望してきた。これに対して、厚労省や自民党などは同署名の厚労大臣の直接受取りに反対だった。しかし先のように筆者らの提案を理解していた塩崎大臣は、この問題に関わる方々に直接お会いし、彼らの意見や考えをまず聞くことが重要であると判断して、独自判断でその署名を持参された方々から直接に受け取ったのである。
このようなことと並行する形で、塩崎大臣は、保育園問題の現状の調査・確認をしながら、スピード感を持ち、諸々の対策を打ち、問題解決に精力的に当たっていったのである。
この保育園問題は、ご存じのように現在もまだ存在しているが、そのような政治や行政の対応や動きのお陰で、当時においてもその後徐々に沈静化していったのである。
筆者は、現在も進展中のコロナ禍問題とその政府の対策・対応および国民の意識の問題と、今説明した保育園問題には非常に共通な要素を感じる。
菅義偉総理の会見等での発言やコロナワクチン楽観論に対して、多くの国民は、違和感や不信感、不安感を感じている。菅総理と国民の間には感情的なギャップがあるのだ。
菅総理も、「こんなに一生懸命頑張っているのに国民はなぜわかってくれないのか」と考えているのではないかと思う。それに対して、国民は、「菅総理は、なぜ同じことを繰り返すだけで、自分たちの現状をわかっていない」と考えている。
詳細なる説明は省くが(注5)、筆者は、自身のこれまでの政策や政治に関わった経験からも、上記で説明させていただいたような提案や指摘などを活かすことで、菅総理と国民との間のそのようなギャップを実はかなり埋めることができるのではないかと考えている(注6)。
本記事の読者の方々はどのように思われるだろうか。
(注1)拙記事「出でよ!令和の政策新人類…塩崎恭久議員の政界引退表明を受けて考えたこと」(Yahoo!ニュース、2021年7月1日)や『「真に」子どもにやさしい国をめざして』(塩崎恭久、未来叢書、2020年7月)などを参照のこと。
(注2)その女性は、ネットに次のようにも書いて訴えた。「なんなんだよ日本。一億総活躍社会じゃねーのかよ。昨日見事に保育園落ちたわ。どうすんだよ私活躍出来ねーじゃねーか」「子供を産んで子育てして社会に出て働いて税金納めてやるって言ってるのに日本は何が不満なんだ? 何が少子化だよクソ。子供産んだはいいけど希望通りに保育園に預けるのほぼ無理だからって言ってて子供産むやつなんかいねーよ」
(注3)同メモは、大臣を通じて、官邸内でも共有されたと聞いている。
(注4)後で考えれば、塩崎大臣のその際の判断と決断が正しかったということがわかる。
(注5)このように考えるのは、筆者の立場は、飽くまで黒子であり、サポート役で政治や政策に関わっているからである。
(注6)別の視点でのアドバイスについて、次の拙記事を参考にしていただきたい。
・「菅総理、今こそ政治家としてのメッセージの発信を!」(Yahoo!ニュース、2021年1月25日)
・「コロナ禍情報の混乱が止まらない。官邸の情報発信の体制および方法の再構築を!」(Yahoo!ニュース、2021年5月16日)