生活保護で「国が敗訴」 判決が「全ての人」に影響する意外な理由とは?
2月22日、大阪地裁は国が生活保護の支給額を2013年から数回に渡って引き下げたことに対して、「違法」であるとの判断を下した。2013年以降の生活保護基準引き下げ関連の訴訟では初の原告側勝訴であり、画期的な判決である。
参考:毎日新聞2月22日配信記事「生活保護費引き下げを取り消し 全国初の判断 大阪地裁判決」
だが、生活保護に対しては、「保護費はむしろ高すぎる。最低水準で働く労働者の賃金よりも支給額を低くするべきである」という考えも一般に根強い。事実、ネット上の一般の人々の反応でも今回の判決に対して同様の否定的な意見が散見された。
しかし実は生活保護基準額(以下保護基準)の引き下げは、生活保護を現に利用している人のみならず、広く労働者一般の生活にもかかわっている。もっともわかりやすい例としては、最低賃金制度あ生活保護の給付水準と直接関連付けられていることが挙げられる。今回の判決は、一般に想像される以上に、幅広い層の人びとにとっても他人事ではないのだ。
本記事では、今回の判決の何が問題だったのかを簡単に解説した上で、生活保護を利用していない労働者の生活にも保護基準が大きくかかわっていることを解説していきたい。
生活保護費はどのように決められるのか
まず、生活保護の基準がどのように決められるのかを確認しておこう。
保護基準は憲法25条に定める「健康で文化的な最低限度の生活」を具体化として位置づけられる。世帯の人数、家賃、子どもの有無、障害の有無、必要な医療費、教育費、住んでいる地域等によって細かく金額の基準が定められており、それらを合算したものがその世帯の「最低生活費」となる。
世帯毎に保護費の額が違ってくるのはこのためだ。この保護基準は、一般勤労者世帯の消費支出の平均に対しておおよそ6割から7割強の水準となるように調整されてきた。
生活保護で実際に支給されるのは、この最低生活費から年金や賃金などの収入額を引いた差額分である。たとえば最低生活費が11万円の世帯にひと月8万円の収入があるなら、差額の3万円が生活保護費から支給される。
なおよく誤解されているが、生活保護制度では、働いていても収入が最低生活費に満たなければ不足分を保護費として受け取ることができる(給与所得についてはその一部をこの計算から控除して手元に残すことができるため、多少金額が異なってくる)。
このように、保護基準は、現代日本での最低限度の生活のために最低限必要な金額として決められている。
「正当性」なき保護費の引き下げ
ところが、2013年から2015年にかけて、国はデフレによる物価の下落を反映させることを理由として生活保護費を段階的に削減していった。引き下げ幅は世帯の人数等によって異なるが、特に子育て世帯の引き下げ幅が大きく、以前より給付額が約10%も削減された。
これによって、生活保護で生活が成り立たない受給世帯も多数発生し、中には食費を一日一食に切り詰める、水道代や電気代を節約するため日中は公共施設や大型店舗で時間を過ごすなどの悲痛な実態を訴える声も上がっていた。
これに対し、今回の大阪地裁の判決では、保護基準の「判断過程や手続きに過誤や欠落」があり、国の「裁量権を逸脱している」と認定されている。判決が指摘する問題点は次の二つである。
第一に、国はデフレによる物価下落を基準引き下げの理由としていた。しかし国が物価下落を算定する起点を国際的な原油高で消費者物価指数が11年ぶりに1%を超える上昇を見せた2008年に設定し、その後物価が落ち着いた年と比較したため、物価の下落幅が最低生活費の実際の変動とは無関係に大きく計算されることになった。
第二に、国は保護受給者が頻繁に購入するとは考えにくいパソコンやテレビなどの物価下落が含まれた指数をもとに基準改定率を定めており、最低生活費の計算方法として妥当でないという問題である。
しかも物価が高騰した2008年には保護基準は特に引き上げられていない。それにもかかわらず、物価の動きだけに着目したりパソコンやテレビ等の物価下落まで考慮して保護基準を下げたことで、単純に生活保護世帯が生活に使えるお金は減ってしまった。このように、2013年以降の保護費の引き下げは、その水準で本当に最低生活が保てるかどうかの慎重な検討抜きに結論ありきで行われたのである。
参考:生活保護問題対策全国会議「生活保護基準引き下げ違憲訴訟・大阪地裁判決(全文・要旨・骨子)」
働ける労働者を生活保護から排除した生活保護バッシング
そもそも、これほど強引な保護費の引き下げが実施された背景には、2012年からのいわゆる「生活保護バッシング」があった。
2008年から2009年にかけては、リーマンショック後の派遣切りや派遣村を契機に、日本社会でそれまで不可視化されていた貧困が大量に存在していることが明らかとなり、「反貧困」がキーワードになった。自民党の麻生政権や民主党政権でも、貧困問題は重要なテーマとなり、失業中の人々が生活保護を受けやすくするための施策も行われた。
しかし2012年に政治家が「不正受給」バッシングを大々的に行ったことを契機に、国、マスコミ、ネットの声でも「働けるはずなのに怠けて生活保護を利用する人がいる」として、生活保護=不正であるかのような印象がつくられ、流れは完全に逆転してしまった。
このような生活保護に対する厳しい取り締まりや基準の引き下げを許容する社会の「空気」の中で、再び労働者を生活保護に流入させないことが政策の第一の関心事になり、申請のハードルを上げるような生活保護法の改悪が行われていった。そして、保護基準の大幅な引き下げも強行されたのである。
だが保護基準が引き下げられても、一般の労働者の生活が向上することは一切なかった。むしろ次に見るように、保護基準の低下は労働者の生活をさらに苦しくしてしまったと考えられる。
保護基準の引き下げが労働者の生活を破壊する
保護基準は「健康で文化的な最低限度の生活」を具体化したナショナルミニマムとして、地方税減免、就学援助などの各種制度がその水準を決定する際にも参照されることになっている。それゆえ、保護基準の低下はこれらの制度が対象とする世帯の範囲や給付水準が狭められることにつながりかねない。
特に労働者の労働条件に直接的に影響が大きいのは、冒頭に述べたように、最低賃金額との関係だろう。最低賃金法では、第九条3前項に「労働者の生計費を考慮するに当たっては、労働者が健康で文化的な最低限度の生活を営むことができるよう、生活保護に係る施策との整合性に配慮する」と明記されており、保護基準との関係が考慮されている。実際、近年、生活保護費よりも最賃の方が低い「逆転現象」がたびたび話題になり、その解消が最賃引き上げの根拠の一つとなっていた。
最賃は多数の労働者の生活に大きな影響を与える。いくつか数字を確認しよう。2016年度の最低賃金近傍の賃金(地域別最低賃金額×1.15未満の賃金)で働く労働者は全国で約890万人、労働力人口の13.4%を占めていた。
また、最低賃金近傍の賃金を最賃の1.3倍まで拡大すると、2001年には12%だったその割合が2017年には28%まで増大している。1.5倍まで拡大すれば、2017年には40.5%もの労働者がその水準未満で働いている状況である(参考:福祉国家構想研究会編『最低賃金1500円がつくる仕事と暮らし 「雇用崩壊」を乗り超える』)。
また正社員であっても、給与を実労働時間で割れば最低賃金だったという場合も珍しくなくなっている。だが、2013年からの保護基準の引き下げがなければ、最賃の上げ幅がより大きくなり、これらの人々の賃金がもっと高くなった可能性が高いのだ。
また保護基準が下がると、本来生保を利用できた保護基準ぎりぎりの収入の層が制度を利用できなくなる。その結果、労働者は「最低限度の生活」を割り込む水準の仕事にしがみつくしかなくなる。
事実、私が代表を務めるNPO法人POSSEには、劣悪な労働環境で無理に働き続けたために結局心身を壊して貧困に陥り、うつ病ゆえに就労が困難となって貧困から抜け出せなくなってしまったという相談が多数寄せられている。本来、生活保護はこうした劣悪労働に労働者を陥らせないためにも重要だったはずだ。
このように、2013年からの保護費の恣意的な引き下げは、多くの労働者にほとんど意識されることなく、労働者の生活を貧困に縛り付ける機能を果たしてしまっていたといえる。
だからこそ今回の判決は、多くの労働者にとっても重要な意味を持つのである。
使いやすい生活保護制度へ転換せよ
とはいえ現行の生活保護制度には、資産の保有や親族への扶養紹介など、労働者に一時的な利用を躊躇させてしまう仕組みが残されている。これらは、生保利用者とワーキングプアを分離し、両者の利害を分断する機能を果たしてしまっている。
現在、コロナ関連の解雇・雇止めや休業により困窮する労働者が大量に発生している。それにもかかわらずコロナ関連の各種生活支援策が期限切れなってきており、もはや生活保護でしか人々の生活を支えられない状況となりつつある。
だからこそ、コロナ禍による生存の危機を乗り越えるため、保護基準の恣意的な引き下げを取り消し、扶養照会を廃止するなど、生活保護を使いやすい制度へと転換していくことが急務だ。
使いやすい生活保護に向けた改革案については筆者の過去の記事もぜひ参照してほしい。
参考:「生活保護の扶養照会の「闇」 行政が大学生や80代の高齢者にも要求」、「生活保護「利用者イメージ」の大転換か? 首相による「利用促進」の発言が波紋」
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