生活保護の扶養照会の「闇」 行政が大学生や80代の高齢者にも要求
新型コロナの感染が急激に拡大し、今月8日より緊急事態宣言が発出されている。夜20時までの営業時間短縮を要請されている飲食業を中心に、雇用への影響は避けられないだろう。
厚労省の調べによると、1月15日までにすでに8万2050人が解雇・雇止めされており、緊急事態宣言下でさらに増加することが予想される(ただし、これはハローワークなどに相談に訪れた労働者の数であり、実数はさらに多い)。
コロナ関連の生活困窮に対応する生活支援策として、社会福祉協議会の特例貸付や住居確保給付金の要件緩和が行われてきたが、いずれも期限付きの制度であり、すでに貸付や給付が終了してしまったという相談も少なくない。
そうすると、生活困窮の拡大を受け止めることのできる制度は、ほぼ生活保護だけということになる。しかし、生活保護の捕捉率(受給資格のある人のうち、実際に受給している人の割合)は2割程度と言われており、かなり多くの人たちは保護申請を避けている現状がある。
その要因の一つとして、保護申請時に行われることの多い扶養照会の存在が挙げられる。扶養照会は申請者の親族に対し、扶養(金銭的援助など)の可能性についての文書を送付する制度だ。生活保護申請を家族に知られることを恥だと思う人も多く、保護申請の大きな障害となっている。
しかも、日本の扶養照会は世界的に見ても「異様」に執拗なうえに、まったく効果がなく、無駄な行政経費の代表格といってもよいほどなのだ。
そこで今回は、生活保護における扶養照会について解説していきたい。
扶養照会とは
扶養照会とは、民法で定める扶養義務に基づいた生活保護制度上の実務である。扶養義務について、法律上は以下の通り定められている。
つまり、申請者にとっての「配偶者」「親」「子ども」「兄弟姉妹」に扶養義務があり、家庭裁判所が認めるときには、「叔父叔母」「配偶者の兄弟姉妹」も扶養義務を負うことになる。
ただし、配偶者と未成年の子供に対してはより強い「生活保持義務」が存在する一方で、それ以外の親族に対しては、生活に余裕がある場合に、その限度で扶助する義務(生活扶助義務)を負うに過ぎない。
扶養義務と生活保護との関係については、生活保護法で、「民法に定める扶養義務者の扶養は保護に優先して行われるものとする」と定められている。これは、保護受給者に対して扶養義務者から仕送りなどが行われた場合には、収入として認定し、その金額分だけ保護費を減額するということだ。
ここで注意しなければならないのは、民法上の扶養義務が保護を受給する上での「要件」とはなっていないということだ。そのため、扶養が実際に行われなくても保護を受給することは可能である。
生活保護制度は憲法に定められた「生存権」を実現するための法律であり、親族が扶養の義務を果たしていないことで、この「人権」の実現が妨害されるのは明らかに不合理である。後述するように、海外ではそもそも生活保護の要件に親族の扶養を設けていない場合も多いのだ。
しかし、日本の生活保護法では、扶養の可能性についての照会自体は行われてしまうため、保護申請を親族に知られることになる。これが保護申請の大きなハードルとなっているのだ。
世界的にも稀に見る扶養義務の広さ
上で見てきたような日本の扶養義務は、世界的にはどの程度の広さなのだろうか。下表を参照していただきたい。
配偶者や親子以外にまで扶養義務が及んでおり、圧倒的に日本の扶養義務が広いことがわかる。
また、ドイツを除く各国では、配偶者間と子どもに対する扶養義務ですら「同居」を前提としているため、そもそも同居していない人に扶養照会を行う必要性すらない。
他方、ドイツでも日本と同様に扶養義務は生活保護に「優先」する関係にある。しかし、扶養を求めるかどうかを一義的には保護申請者に委ねているため、日本のように申請者の意に反して扶養照会を行うことはできないのである。
保護申請を妨げる扶養照会
次に、日本の「広すぎる扶養義務」と扶養照会によって、生活保護の申請を妨げている実態を見ていこう。
一般社団法人つくろい東京ファンドの調査によると、現在もしくは過去に生活保護の利用歴のある人の中で、扶養照会に抵抗感が「あった」と回答した人は54.2%と半数以上となっている。また、現在生活保護を利用していない人のうち34.4%が「家族に知られるのが嫌」だと回答している。
NPO法人POSSEの生活相談窓口にも、新型コロナ禍であるにかかわらず、扶養照会があるために生活保護申請を躊躇している方からの相談が寄せられている。例えば、次のようなものだ。
東京都内の24歳男性は、転職先の企業でコロナ感染者が発生し、新規採用をすべて取り消すと言い渡された。単発の仕事でしのいできたが、コロナの影響で仕事が入らなくなった。そのため、家賃や携帯代を滞納してしまっている。
生活保護の申請も考えたが、父親に扶養照会を送ってほしくないため断念した。父親が子どものために貯めたお金を使いこむなどの金銭関係で両親が離婚しており、離婚後も養育費を払わないうえ、家を継げなどとしつこく言われて上京してきたという経緯があるからだ。
佐賀県の54歳女性は、コロナの影響で介護の仕事が減ったことをきっかけに退職した。社会福祉協議会の特例貸付を借りて生活してきたが、期限切れとなってしまった。家賃や水道代を滞納している。
生活保護も考えているが、兄弟に扶養照会をしてほしくないので躊躇している。実家住まいで看護の仕事をしていた時に、残業が多いことに対して「遊んでいる」「だらしない」などと悪口を言われるなど嫌な思いをしたからだ。
不合理な扶養照会
さらに、扶養照会は生活保護申請を妨げる要因であるだけでなく、制度として不合理だと言わざるを得ない。
つくろい東京ファンドが都内の自治体(足立区、台東区、大田区、荒川区、あきる野市など)を対象に調査したところ、行政による扶養照会が実際の扶養に結びついたのはわずか0~0.4%だったという。
POSSEにも、年金生活をしている80代の高齢者や、大学生に扶養照会が送られたというケースが寄せられている。いずれも、明らかに扶養が履行できるとは到底思えない人たちに照会を行っているわけだ。
つまり、扶養照会は保護申請を妨げる要因であるとともに、扶養の履行可能性もほとんどなく、職員の無駄な労働を費やしている有害無益な制度であるということだ。
特に都内のケースワーカーは100世帯以上の受給者を担当していることも珍しくなく、長時間労働を強いられている上に、このような「ブルシットジョブ」(くそどうでもいい仕事)までも担わされている。
労働者が「出入り」しやすい制度のために、扶養照会は廃止を
以上のように、日本では世界的に見ても異様なまでに広範な扶養義務を求められ、扶養照会が生活保護の申請を妨げる大きな障害となっている。しかもそれは、ほとんど扶養の履行可能性のない、無益な制度ですらあった。
こうした不合理な制度に対し、つくろい東京ファンドが「扶養照会を実施するのは、申請者が事前に承諾し、明らかに扶養が期待される場合のみに限る」よう、署名活動を展開している。
署名サイト「困窮者を生活保護制度から遠ざける不要で有害な扶養照会をやめてください!」
筆者としても、このような政策提言を支持する。そして、さらに一歩進んで「扶養照会の廃止」を求めたい。
なぜなら、休業や解雇・雇止めが頻発するコロナ禍において、緊急避難的に「普通の労働者」が活用しやすくすることが、今まで以上に求められているからである。非正規雇用が増加する中で、こうした傾向は今後も続くだろう。
参考:生活保護制度の「抜本的な改革」を 「出入り」しやすい制度へ
生活に困窮した労働者が生活保護を使うことができなければ、消費者金融やカードローンなどで借金を重ねてしまったり、劣悪な環境の労働を強いられ、心身ともに消耗させられてしまうなど、より一層追い詰められ、再起不能な状況になってしまいかねない。
さらに、これまでは「特殊な貧困者」に限定されていた生活保護は、ワーキングプアの人たちにとっては「特権的」なものにすら映ってしまっていた。「働かずに税金で生活できるのはずるい」というわけだ。こうした不公平感も、多くの労働者が利用しやすくすることで、緩和されるだろう。
災害や感染、経済危機が頻繁に起きる現代においては、多くの人にとっていざというときに「生存権」が保障されることが、ますます重要になっている。
現在も緊急事態宣言で「普通の労働者」の生活が脅かされる中、扶養照会の廃止は待ったなしだ。
無料生活相談窓口
電話:03-6693-6313
メール:seikatsusoudan@npoposse.jp
受付日時:水曜18時~21時、土日13時~17時、メールはいつでも可
*社会福祉士や行政書士の有資格者を中心に、研修を受けたスタッフが福祉制度の利用をサポートします。